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037 オジサンと司祭殿

 ヒュッと空気を裂く音と共に、サハギンの首が飛ぶ。

 返す刀で大型の魔物・トロールの体を袈裟に斬った。


 周囲を見渡せば、タルフの斬撃で翼をもがれたハーピーが地に落ちるのが見えた。

 下位種程度に負ける様な剣を教えたつもりは無いので、これくらいは出来て当然だろう。

 良し、と更に状況確認を急いでいると、ドァンッ! と轟音が響き、少し離れた場所から様子を伺っていたゴブリンが倒れるのが見えた。


 音の出所を探れば、魔銃を構えた聖女さんと目が合って思わず苦笑してしまう。

 護身用にと事前に魔銃を渡してはいたが、どうやら聖女さん自身の判断で魔物を倒すと決めたらしい。

 聖女さんの背後で、ルナーとタマが驚いた顔をしている。どうやら聖女さんは、戦う力を持たない二人を守ろうとしたようだ。

 誰かを守ろうと行動するのは立派だが、聖女さん、もしかして自分が守られるべき存在だって忘れてないか……?


「たっ、倒したー!」

「上出来だが、無茶せんでくれよ……っと!」


 身を翻し、聖女さんの元へ向かおうとするコボルドを両断する。

 その横を並走するもう一体コボルドは、一歩踏み込み強く突き出した剣で串刺しにした。


 多種多様な魔物による襲撃だが、数が多いだけなので苦労することは無い。

 しかし、東の神殿を前にしてこの敵の数は嫌な予感しかしなかった。


 周囲から魔物の気配が消えたことを確認して剣を収める。

 聖女さん達に怪我はない様子で、ホッと詰めていた息を吐いた。


「無事だな?」

「うん。ねぇ、なんか魔物の数、めっちゃ多くない? 大丈夫なのコレ……」


 魔銃を上着のポケットにしまい、聖女さんは不安げな顔をした。


「大丈夫とは言い難いな。……とにかく、神殿へ急ごう」


 首を縦に振った聖女さん達を連れて、急ぎその場を後にした。



 川を上った先に、村一つ分程度の大きさの湖がある。

 その湖の中心に浮かぶようにして、東の神殿はそびえ立っていた。

 縦に成人男性二人並ぶかという高さの土台の上に、横に長い長方形の建物が乗っている。巨大な円柱状の柱が建物を囲み、それに支えられた三角形の屋根が正面に突き出すように伸びていた。

 正面入り口の大きな扉に続く石階段を前にして、俺達は言葉を失っていた。


 石階段の前に詰まれた、文字通り山積みの魔物達。

 その全てが情けなく口を開いて白目を剥き、息絶えていた。


 その山の上で、白磁の法衣に身を包んだ女が胡坐(あぐら)をかいて座っている。

 丈の長い法衣と燃えるように赤い髪を風になびかせて、気怠そうな女はこちらを見た。


「よう、遅かったじゃねぇか」


 すっかり聞き慣れたハスキーな声が響く。

 乱雑な物言いが特徴のその女こそ、祈りの塔の最高責任者である大司祭ヌエ・スチールだった。


「ニャー! 司祭どのニャ!」


 司祭殿の顔を見るなり、タマが嬉しそうにその場で跳ねた。

 塔に住み着いているタマも当然ながら司祭殿を知っている。その性格の苛烈さも知っている筈なのだが、まるで意に介せずといったところがタマの凄いところだ。

 司祭殿は跳ねるタマに片手を上げて返事をすると、再び俺に視線を向けた。


「どうも、色々とありましてね。でも、無事に聖女さんをお連れしましたよ」

「そこに関しては評価する。が」


 強い口調で言うと、司祭殿は鋭い目つきで俺の後ろに立つルナーとタルフを睨みつけた。元々目付きが悪いだけあって、その迫力は中々のものだ。


 ちらりと背後のルナーとタルフ見ると、司祭殿の殺気すら籠った視線に身動きが取れずにいる。未だに魔物の山の上に鎮座する司祭殿に視線を戻し、俺は司祭殿に事情を話そうと試みた。


 だが、俺が口を開くよりも早く、それまで黙って様子を見ていた聖女さんが口を開いたのだった。


「あのっ、この二人は悪い魔物じゃありません! タマみたいなもんです! 聖女の私が保証しますっ!」

「ちょっと! タマと同列扱いなんて止してくれる!?」

「オレ、流石にタマよりは強いっスよ!?」

「ニャー! ルナーもタルフもミィと一緒ニャ!」

「違うわよっ!」


 聖女さんの一言で、俺以外の全員が騒然とし始める。

 ンー、緊張感が消えた……。


 わぁわぁと三人と一匹が騒いでいると、魔物の山の上に座った司祭殿が動き出した。横たわった魔物の上に器用に立ち上がると、軽い足取りで蹴って飛び降りる。

 重力に沿って落ちてきたかと思えば、まるで重さを感じさせないふわりとした着地で俺達の前に舞い降りた。


 司祭殿は無言のまま、ツカツカと聖女さんに歩み寄る。

 すっかり声を潜めた聖女さんは、目の前に立つ司祭殿に戸惑いを浮かべていた。

 それもそのはずである。

 司祭という言葉からは想像がつかないような厳つい見た目に、俺とあまり変わらない高身長。目の前に立たれれば、それだけで威圧感が半端ないのだ。


「あっ、あの、えと、本当にこの二人は悪くなくて、ですね……」


 しどろもどろになりながらも説得を続けようとする聖女さんの前で、司祭殿は勢いよく(ひざまず)いた。


「聖女様。ご無事の到着、何よりで御座います。この度は私共の不手際でご迷惑をお掛けし、申し訳ございませんでした」

「へっ、えっ、いえっ! 大丈夫ですっ、大丈夫ですよ!?」


 先程までとは一転した司祭殿の雰囲気に、聖女さんは目を白黒とさせていた。

 必要な場面で態度を大きく切り替えるこの状態を、ビジネスモード司祭殿と俺は密かに呼んでいる。


「我々の役割は、聖女様が心穏やかに祈りを捧げる環境を維持する事にあります。それを役割としながら、召喚の直後にこのような事態に巻き込んでしまった事、深くお詫び申し上げます」

「問題ないですっ、大丈夫だから立って下さい~っ!」

「承知」


 さらっと返事をすると司祭殿はスッと立ち上がり、困惑する聖女さんの前で肩をぐるりと回し始めた。


「聖女様、悪いが楽にしても構わんか?」

「えっ、へぇ、そりゃ、どうぞ」

「どーも。さて、改めて自己紹介だ。拙僧は祈りの塔の管理を任されている大神官ヌエと申す。本来であれば、聖女である貴殿の身の上を任される立場にある者だ」

「私、小鳥遊(たかなし)桜です。聖女についての話は女王陛下から一通り聞いてます」

「そいつは重畳。なら祈りはどうしている?」

「毎日寝る前とか、手が空いたときに」

「素晴らしいな。このような状況下においても、聖女としての務めを果たされている事に感謝する」


 司祭殿は聖女さんに向け、深々と頭を下げた。

 それからゆっくり体を起こし、徐に指を広げた手を神殿を囲む水辺に向けた。


 途端、手の平に赤い光が生じ、球体状に変化する。

 火球と化した光は一瞬の静止の後、目にも止まらぬ速さで水中から顔を覗かせたサハギンに直撃した。


 轟ッと音を立て、サハギンが火柱となって燃え上がる。


「だが、この有様だ。碌な持て成しが出来そうにも無くてな、すまない」


 いえいえと、ぎこちない笑顔を浮かべて聖女さんが首を横に振っていた。

 俺はと言えば、相も変わらず大司祭の肩書に恥じぬ魔法の使い手っぷりに、うんうんと首を縦にして頷くのだった。


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