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033 オジサンと守るべき二人

 聖女さんの放つ回復魔法の光が治まってしばらく。

 閉じられていたルナーの目蓋がゆるゆると持ち上り、唇から小さな吐息が漏れたのが聞こえた。


「なん、で……」


 開口一番、ルナーは疑問を口にした。

 きっと先ほどまでの聖女さんと俺のやり取りが聞こえていたのだろう。


 ルナーは体を気だるげな様子で起こし、聖女さんを見据えた。聖女さん射抜くように睨む深紅の瞳は、涙の膜で濡れていた。


「殺そうとしたのに……どうして……っ」


 絞りだす様に吐き出された言葉に胸が痛む。

 それは、と口に仕掛けて、それよりも早く聖女さんが声を荒げた。


「どーしてもこーしてもない! 知ってる話、洗いざらい聞かせてもらうために決まってんじゃん!」

「お前……っ、お前が死ねば全部解決なんだっ! 聖女が死ねば! 話すこともない……ッ!」


 ワッと倒れ込むようにして聖女さんにルナーが襲い掛かる!

 まずい! 止めないと!


「ふッざけんなぁーっ!」


 が、聖女さんも負けじとルナーを襲い返す!

 お互いに縺れるようにして転がって、互いの両手を組み宛がっぷりと組み合う。どちらからともなくパンッと勢いよく組んだ手を弾き、伸ばした手で相手の髪を引っ張ったり、頬を抓ったり。


 あ、あれ……なんだか様子がおかしいぞ……?


「なぁーにが死ねだっ! 強い言葉使えば、どーにかなるとでも思ってんの!?」

「うるさいっ! 聖女は死ねっ!」

「死ね言われて死ぬわけないだろーっ!」

「ひゃぁあ! やめっ! バカっ! ツノ握るなっ! ツノ握るなぁ~!」


 聖女さんが両手でルナーのツノを握って、ルナーの頭をブンブンと振り回す。

 実はツノというものは非常に繊細な器官なのである。

 ちゃんと神経も通っているらしく、触れられるとわりとくすぐったいらしい。

 そんな繊細な器官を両手で握られ、振り回され。ルナーの顔色はすぐに真っ青になっていた。


「せ、聖女さん、その辺に……」


 流石に止めに入ろうとして、俺は聖女さんの迫力にびくりと体を震わせた。


「いーいっ!? 何の説明もなしに死ねだの殺すだのなんだのっ、そんなの通るワケないっしょ!? まずは理由を話しなよ! 喋れンでしょ、アンタ!」

「わかった! 分かったからっ、ツノ……放してぇ……っ」

「分かればいいよ、分かればさ」


 ふんっと鼻を鳴らして、聖女さんが漸くルナーのツノから手を離した。

 おっかなさ過ぎて何も出来なかった……! 情けないオジサンですまん……!


 ようやく解放されたルナーは、肩で荒い息をしながら聖女さんと俺を睨みつけた。流石、魔王の妹だ。これだけのことをされても、まだ強気でいられるとは……。


「あの女……烏滸がましいあの女。あの女が魔王になる為には、聖女の力が必要なのよ……」

「聖女の力だって?」

「そう……。星に祈る聖女の力を利用するの。魂の欠片が完全体になった時、魂に魔王の血肉と聖女の力を捧げる。そうすることで、魔王の魂は真に力を得るの……」

「成程。だから、聖女を殺そうとしたのか。魔王復活に必要な、鍵を減らすために」


 ルナーが小さく首を縦に振った。

 ルナーにしてみれば、魔王という存在は兄以外には有り得ないのだろう。その座をフルムーンが奪おうとしている。どうにか阻止しようと考えた末の行動だったのだと察しがついた。


 そしてもう一つの鍵、魔王の血肉……。

 魔王と血を分けた兄妹であるルナーならば、その条件に当てはまるのだろう。


「ふふ……驚いたよね? 私、こんな弱くなっていて。あの女に、魔力の全てを奪われた……っ! 今の私は、魔王復活の贄として生かされているだけ。自ら死ぬことも出来ない呪いを掛けられてっ、生かされているだけ……っ!」

「自らは死ねない……。つまり魔王の血肉をこの世から消せない代わりに、聖女さんを殺しに来たのか?」

「違う。お前たちに会ったのは、偶然よ……」


 そう言って、ルナーは力なく項垂れた。

 ルナーが聖女さんを殺そうとした理由は明らかとなった。

 しかしだからと言って、聖女さんを殺させるわけにはいかない。


 それに身も蓋もない話なのだが、聖女さんを殺したところでこの世界は即座に新たな聖女を呼び出すだけだ。世界の仕組みがそうである以上、聖女という鍵を消すことは不可能だろう。


 魂の欠片がまだ完全に集まっていないことが救いだが、もしも完全に集まってしまった時。

 魔王の血肉。

 聖女。

 この二つの鍵を死守する必要がある……ということか。


「なーんだ。だったら簡単じゃん。オジサンが、私とこの子を守ればいいだけだね!」


 うーーーーんっ! それはそうなんだけれども!


「もちろん君のことは守る。命に代えてもだ。ただ、君達二人が魔王復活において重要な要素だとなると、二人一緒にいれば余計に狙われやすくなる可能性が高い」

「狙われる可能性が高いだけで、守れないってワケじゃないんだよね?」

「それは、まぁ、オーガレベルの相手が来ない限りは何とか」

「言うじゃん! 流石、オジサン! だったら一緒の方が良いと思う。だってこの子、ボロボロじゃん。きっとあのフルムーンってガキんちょに酷い扱いされてるんだよ」


 真面目な顔をして、聖女さんはルナーに右手を差し出した。


「私、小鳥遊(たかなし)桜。さっきはツノ引っ張って、ごめんね」


 差し出された手にルナーは戸惑いを隠せない様子だった。

 殺意を向けた相手から、一緒に来いと言われている。

 ルナーにしてみれば、長い事生きていて初めての経験なのだろう。 


 恐る恐るといった様子で顔を上げたルナーは、俺の顔をちらりと見た。

 ……そう。聖女さんの手を取るという事は、兄を殺した相手と共に行動することを意味する。ルナーにしてみれば、耐えがたい程の苦痛だろう。

 そう思えば聖女さんの手を取れずとも、仕方がない……。


「お前が、守るの? この聖女と……私を」

「ルナーが望むなら」

「……そう」


 しかしルナーは聖女さんの手を取った。

 しずしずと、少し怯えた様子で右手を伸ばし、聖女さんの手の平にそっと重ねたのだった。


「私は、ルナー。……謝らないから」

「いいよー。別にもう気にしてないし」


 へらりと浮かんだいつもの聖女さんの笑顔に、俺はようやく胸を撫で下ろすのだった。


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