029 オジサンと聖女さんと魔銃
聖女さんが真剣な顔つきで、魔銃エンジェルの銃口を大木へ向けている。
ヘレナさんから頂いた魔銃は、俺の判断で聖女さんに持たせることにした。
護身用としてというよりも、まだ魔力の扱いに慣れていない聖女さんにとって、魔力で弾丸を作るという工程は丁度いい訓練になるのではないかと踏んだのだ。
ヘレナさんの山小屋で世話になった後、再び山道を歩き始めた俺達は湖のほとりに辿り着いていた。
魚を捕まえるニャとタマは張り切って走り出し、俺は岩場に腰かけ一休み。
周囲に誰もいない事を確認して早速魔銃の扱いに励む聖女さんだが、一朝一夕に出来ることではない。引き金を引いても出てくるのはポンポンという軽い音ばかり。弾丸は出てこない。
本人も鳴り響く軽い音を気にしているのか、頭を抱えて唸りだした。
「ぽんぽんって! どう考えても銃の音じゃないっしょっ!」
「魔力が上手く練れていないからそうなるのさ。女王様とした練習、思い出してみなよ」
「んー……。意識を集中させて……イメージする、だったか」
ぶつぶつと言いながら聖女さんが目を閉じる。
聖女さんの魔力量の規模の大きさは既に証明済みだ。それを上手くコントロールできるようになれば、回復魔法の使い手としても活躍の場が広がるかもしれない。
……まぁ、そもそも聖女さんなのだから祈りに特化していてくれれば、それで問題は無いのだが。
「おっ、良い感じに集中出来てるな」
「ちょっと話掛けないでぇー……そぉいっ!」
やたらと気合の入った掛け声と共に引き金が引かれる。
ドゴォォオオオォンッ!!
小口径の銃口から、木々を揺らすほどの爆発音が響き渡った。
極度の集中で高まった魔力が弾丸……というか、砲弾となって発射されたのだった。嘘だろ~?
反動がすさまじかったのか、聖女さんはその場に尻もちをついていた。
お互いに呆然としながら見た先には、太い幹を丸く抉り取られた木の残骸が立っていた。その直径はタマ一匹分はありそうだ。聖女さんに魔銃は早すぎたか……。
「聖女さん。ちょっと魔銃返してもらっても良い?」
「うん」
聖女さんが素直にうなずいた。
「ニャー! 敵襲ニャー!?」
爆音に驚いたタマが慌てた様子で駆けてくる。
事情を説明すると、何だそんな事かと平然とした様子でまた湖へ駆けて行こうとする。と、その足を止めて、くるりとこちらへ振り向いた。
「ニャッ! そうだニャ。湖にさっきのサハギン落ちてたニャ」
「落ちてた?」
奇妙な言い回しに聖女さんと顔を見合わせて、二人揃ってタマの後ろを付いていく。
子サハギンはすぐに見つかった。確かにタマの言う通り、湖畔に打ち上げられるようにして倒れていたのだ。
「大丈夫っ!?」
顔を真っ青にした聖女さんは、足元が濡れるのも厭わずに子サハギンに駆け寄る。
ぐったりとした子サハギンを抱え上げ、陸地に仰向けに横たえた。
子サハギンは打撲に裂傷、あちこちに傷を負いぴくりとも動かない。かろうじてまだ息はあるようだが、今にも絶えてしまいそうなほどに弱々しいものだった。
この傷痕は魔物同士の戦いによるものではない。……人間の手によるものだろう。
その事実に聖女さんが気付くかは分からないが、これ以上、深追いさせたくはないと思ってしまった。
「聖女さん、もうこいつは……」
「分かってるよ。きっと野生の動物に手を出したらいけないのと一緒なんでしょ? 叔母さんに散々言われてきたし、分かってる、けどさぁ……!」
子サハギンの胸の上に添えた聖女さんの手が強張る。
心配そうな顔をしたタマが、聖女さんにそっと寄り添った。
今にも消え入りそうな子サハギンの冷たさと、タマのぬくもりに挟まれて、聖女さんは瞳を大きく見開いた。
「私は今ッ、聖女だから! やれることがあるならやる!」
聖女さんの宣言と共に、子サハギンの胸の上に置いた手の平が淡く輝きを放つ。
柔らかな光が一気に溢れ出て、子サハギンの体全体を包み込む。
真剣な顔つきな聖女さんの額から汗が滴っていた。
魔法の出力は上手く制御できている。
強すぎず、弱すぎず。
目に見えてサハギンの傷が癒えていくのが分かる。
聖女さんが治癒という行為に対し、真剣に向き合っているのだと理解出来た。
聖女さんの手の平から放たれた光が、粒子となって宙を舞う。
大気に溶けるように消えて、静寂が満ちた。
「……キュ」
子サハギンが小さな声を上げた。
閉じられていた目蓋がゆるゆると持ち上げられ、丸い目が開かれていく。
思わずいつの間にか詰めていた息をほぅと吐き出した。
「良かった~……」
聖女さんからも安堵の息が漏れていた。
張り詰めていた空気が弛緩して、誰もがほっと肩の力を抜いていた。
しばらくして子サハギンは元気に跳ね起き、喜びの舞を踊ろうとするものだから慌てて止める。
「良いよ!? 気持ちは十分伝わってるから! 踊らなくても大丈夫っ、ねっ!!」
「そうそう! 元気になったならそれで良いから!」
「雨はイヤにゃ、勘弁ニャ!」
俺達の必死さに不思議そうな顔をして、子サハギンはそれならばと俺達に背を向け湖に飛び込んだ。
帰るのだろうかと後ろ姿を眺めていると、一定の場所にしばらく停滞してからこちらへ戻ってくる。どうしたのかと様子を伺っていれば、子サハギンが陸に上がった途端にタマが大きな歓声を上げた。
「おさかニャ! たくさんニャー!」
子サハギンは両手に一杯の魚を抱えてにっこりと笑った。
それを聖女さんの前に差し出すと、今度こそ、その場から立ち去ったのだった。
子サハギンが見えなくなるまでその背を見つめ、聖女さんがぽつりと呟く。
「なんか良いよね、こういうの」
「そうだな。君の行為、とても聖女らしいと感じたよ」
もちろん、聖女の仕事に治療なんて含まれてはいない。
それでも今の聖女さんの行いは、間違いなく聖なる者と呼ばれるに相応しい行為だったと俺は思う。何故ならば――今の聖女さんに在りし日の、ビーチェの姿が脳裏を過ったのだから。
「でっしょー! 絵に描いたような聖女。パーフェクト聖女と呼んでもらっても構わないのだよぉ~?」
「それは盛り過ぎ。でも、魔法の出力調整が上手く出来たのは素晴らしいことだな」
「うん。自分でも上手く出来た自信あるよ。あっ、銃貸してくれる? 今なら上手く出来そうな気がする!」
そうか? と疑問を持ちながらも、俺も少しばかりの期待を抱いてしまっていた。
魔銃を手渡すと、聖女さんは早速正面の湖に向けて構えを取った。
「心を落ち着けて……集中して……そぉい!」
やっぱりやけに気合の入った掛け声と共に、引き金か引かれる。
ドゴォォオオオォンッ!!
爆音と共に放たれた魔力の砲弾が、湖の水面を裂いた。
……冒頭に戻る。




