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003 オジサンと友達の巨鳥

 上着を手渡すと、聖女さんは喜んで身に着けてくれた。

 真っ白で少し分厚い生地で出来ているそれは、聖女さんの注文とは少し違うかもしれないが、上から被ってすっぽりと上半身を覆い隠せる優れモノだ。脇の部分が縫われているので、腕を通せば機動性も確保される。


「わっ、可愛い! お借りしまーす。あのさ、奥さん今、出掛けてるんだよね? 後でお礼伝えたいんだけど会えるかな?」

「ンン?」


 思わず驚きに身体がびくりと跳ね上がる。

 お、おかしい。ビーチェの話なんてしてないぞ……!?


「いや、オジサン。こんな女ものの上着があって、家具も食器も二人分あるなら奥さんがいるって思うのが普通っしょ」

「あ。なるほど、そりゃそうか」


 動揺したのが恥ずかしくて笑ってごまかす。

 聖女さんも笑ってくれたので良しとしよう。


「妻には先立たれててな。気にせず使ってくれ」

「はァ!? ちょちょちょっ、そんな大事なもの借りれないって!」


 着たばかりの上着を慌てて脱ごうとする聖女さんを引き留める。


「いやいやっ、本当に大丈夫なんだ。彼女も喜ぶよ。聖女である君に着てもらえたのならさ」

「えぇー……、そういうもん?」

「そういうもん。この世界にとって聖女ってのは特別なんだよ。それに、妻の頼みでもあるんだ」

「奥さんの?」

「ああ。これから現れる聖女様が困っていたら、助けてあげてね……ってな」

「んー……、じゃ、有難くお借りします。ありがとうございます、奥さん!」


 両手を合わせた聖女さんは、天高くにその手を掲げて礼を告げた。

 ビーチェに感謝を告げてくれるのは、正直とても嬉しい。

 俄然この聖女さんの為に、全力で事に当たらねばという思いに満ちる。


「それじゃ、聖女さんは寝室で休んでくれ。妻のベッドを使ってくれて構わないよ」

「オジサンは?」

「俺は勿論、寝ずの番だ。なに、一晩二晩寝ないなんてざらにあることさ。安心してくれ」

「えー、その年で寝ないのヤバくない? 明日に響くって」

「こう見えてもオジサン、護衛部隊隊長。鍛え方が違うんでね」

「ヒューヒュー、オジサンかっこいい! あ、でも私、あれでいいよ。むしろあれで寝たい」


 聖女さんの視線は部屋の奥、窓際に向けられていた。

 壁一面に張られた大きな窓ガラス。そこから月明かりが薄っすらと射し込んでいる。


 どうやら窓辺に置いたロッキングチェアが聖女さんの心を掴んだらしい。

 たっぷりとした大きなクッションが乗っかったそれは、確かに座り心地も寝心地も最高に良い。


 俺の返事を聞く前に、聖女さんは小走りに窓辺へ寄る。

 ハンギングチェアに飛び乗ると、嬉しそうな声を上げた。


「最高っ! てか、オジサン。夫婦の寝室に他人入れちゃ駄目だよ。いくら相手が右も左も分からない無垢な絶世の美少女聖女だからってそれはアウト」

「盛るね!? でも……、仰る通りで。ほら」


 上着と一緒に持ってきた毛布を聖女さんへ投げて渡す。

 見事にキャッチした聖女さんはいそいそと毛布にくるまると、おやすみなさいと小さく呟いてすぐに寝入ってしまった。


 ……やれやれ。全くもって聖女さんの言うとおりだ。少しばかり舞い上がっていたのかもしれない。


 聖女という存在は特別なのだと痛感する。




 ――翌朝。

 魔物の襲撃もなく、聖女さんも無事目覚める。

 朝ごはんに軽くパンと卵を焼いて食べて、身支度を整えると俺達は早々に外へ出た。……次ここへ戻ってくるのは、いつになるのやら。


 家を後にしてしばらく歩く。

 草木の茂った森を歩くこと暫く。木々の間を抜けると視界が開けて、大きく開けた池に出た。

 遮蔽物もない広々としたこの場所こそ、アイツを呼び出すにはぴったりだ。


「ねぇ、こんなところでなにすんの?」

「友達を呼ぶのさ」

「友達?」


 首を傾げる聖女さんに、まぁ見ててくれと胸を張る。

 胸元のポケットから手のひらに収まる大きさの鳥笛を取り出して、一息に吹いた。

 ビーィと甲高い音が鳴り響き、遠くから鳥の羽音が近づいてくる。


「お、来た来た」

「なに? なに?」


 きょろきょろと空を見渡す聖女さんと俺の頭上に影がかかる。


「うわっ! でッッッかッ!!」


 両翼を広げた巨大な鳥が頭上を飛ぶ。

 はるか上空で翼をはためかせているにも関わらず、地上にまで風が吹く。

 この風がなんとも気持ちがいい。

 

 「ちょっとっ! スカート(まく)れるっ!」 


 聖女さんには、ちと強すぎるみたいだけど。


 巨大な鳥が遠くでぐるりと旋回して、ゆっくりと滑り降りてくる。

 俺達の目の前。つまりは池の淵に降り立つと、その翼を静かに折りたたんだ。


 赤いトサカに黄色い口ばし、顎にはトサカと同じ色の垂れた肉。頭を支える首は太く、胴体は立派な大木の様に分厚く逞しい。長く伸びた尾が特徴的な、巨大な魔物だ。


「クソデカニワトリじゃん……」

「おっ、聖女さんのとこにもコイツがいるのかい?」

「似たような鳥はいるよ。こんなでっかくないけど」

「へぇ。良かったな、コーチン! お前の仲間、他所(よそ)の世界にもいるみたいだぞ!」

「コーチン!? えっ、名古屋コーチンなの!?」

「ナゴヤ? いや、コカトリスのコーチンだな」


 両手を広げながらコーチンに近寄る。

 コーチンとはもう随分と長い付き合いになる。なんたって子コカトリスの時から育てて来たんだ。コーチンも俺に懐いているし、俺もコーチンに愛着を抱いている。いわゆるツーカーの仲というやつだ。


 しかし……コーチンの様子がいつもと違う。

 いつもは俺の姿を見るなり両翼をばたつかせ、全身で喜びを表してくれるというのに。


「コーチン、どうした。どこか具合が悪いのか?」

「グゥ……、グギ……、ギィイイィィ!!」

「コーチン!?」


 耳をつんざく奇声を上げたかと思えば、大きく両翼を広げてコーチンが上空に舞う。

 翼が動く度に強烈な風が吹き、池の水面と周囲の木々を大きく揺らす。

 その勢いは凄まじく、両足に力を入れて踏ん張るがそれでも後退させられてしまうほどだ。


「聖女さんッ! 姿勢を低くして、何かしがみつけそうなものにしがみつくんだ!」

「なんなのーっ! ていうかあの鳥っ、オジサンの友達じゃないの!?」

「そうなんだが……。コーチン! どうした、コーチン!」


 俺の呼び掛けは風に掻き消される。


「ギエェェェエエェッ!」


 再び雄たけびを上げたコーチンが、一際強く翼を羽ばたかせた。

 まずい! コーチンの奴、本気で戦う気だ――!

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