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028 オジサンと山での出来事(2)

 鋭く尖った口ばしに、ギョロリと獲物を捕らえる丸い瞳。コカトリスに似た頭部を持ち、鋭い爪と巨大な肉体を持つ怪物。それがアウルベアだ。

 山や森の奥地に生息し、夜目を利かせて狩りをする魔物と言われいる。

 個体によっては上位種に分類される場合もあり、凶暴性の高い危険な魔物だ。


「三年前。この山に住むアウルベアにアタシの夫は殺された。仕事で王都まで出向いた帰り……あの日もこんな雨だったっけね」


 手にしたマグカップに視線を落とし、ヘレナさんは静かに唇を噛んでいた。

 ヘレナさんの悲しい告白に、真横に座る聖女さんは口を閉ざしたままだった。


「アタシはね、夫の仇を取る為にここに住んでるんだ。あのアウルベアを仕留めなきゃ、死ぬに死ねないよ……!」


 魔物が人を襲うことは少なくはない。

 犠牲が出ることもある。理不尽に奪われた命に対し、怒りを燃やす気持ちは痛い程に分かるつもりだ。

 だが実際問題として、アウルベアクラスの魔物にただの女性が対抗できるとは到底思えなかった。


「何か、倒す為の用意はあるんですか? ご存知だとは思うが、アウルベアは魔法耐性が高い。並みの魔法ではアイツに通りませんよ」

「もちろん研究済みさ。アタシの魔法はさっき見せたのが関の山。通じるとはこれっぽっちも思っちゃいないよ。こいつを使うのさ」


 マグカップをテーブルに置いて、ヘレナさんは腰にぶら下げていた革製の袋に手を突っ込んだ。

 取り出したのは一丁の小型の魔銃で、それを目にした途端、聖女さんがびくりと肩を跳ね上げた。


「そっ、それ、ピストル……」

「ピストル? これはそんな名前じゃないよ。魔銃エンジェル、夫の形見さ。こいつなら私の魔力でも十分な威力が出せる」


 確かにと頷く。

 魔銃とは、魔力で練った弾を打ち出す魔道具のことだ。使用者の魔力を装填し引き金を引けば、筒から魔力で出来た弾丸が発射されるという代物だ。

 魔銃には加速の魔法陣が刻まれており、引き金を引くと同時に発動。魔力の弾丸が爆発的な勢いで加速して飛び出す、という仕組みになっている。


 誰でも簡単に扱える反面、個人の魔力量により使用できる回数に制限が付く。安定性に欠ける武器故に、国の正式な兵器として採用されることは少ないと聞いた。


「この間、初めて右目を潰してやったんだ。次はもう左目を潰してやる!」


 ヘレナさんの顔には鬼気迫るものが浮かんでいた。

 大切な相手を殺された怒りと悲しみ。それは簡単に拭い去れるものではないだろう。

 事故で御両親を亡くした聖女さんにも思うところがあるのだろうか。眉根を下げて、ただ静かにマグカップに視線を落としていた。


 様子が変わらないのはタマだけで、窓に張り付き外を眺めている。耳が時折ぴくぴくと動いているのは、外の物音に耳を傾けている証拠だ。


「ニャニャニャ……。ご主人、にゃんか音がするニャ」

「どんな?」

「雨の向こうから、ドスンドスンっ! 遠くから迫って来てる気がするニャ」


 タマの言葉を聞くなり、俺とヘレナさんは慌てて腰を上げた。

 噂をすれば何とやら。アウルベアのお出ましだとヘレナさんと顔を見合わせる。


「アンタら、絶対にここから出るんじゃないよ!」

「俺も手伝います」

「結構だよ! これはアタシの復讐さ!」

「ヘレナさんっ!」


 語気を荒げたヘレナさんは、魔銃を握り締めて山小屋を飛び出した。

 あっという間に遠ざかる背を追おうとするが、躊躇して振り返る。すると既に立ち上がり、駆け出す気満々の聖女さんと目が合った。


「行こっ! ヘレナさんを助けなきゃ!」

「ああ。 タマ、留守を頼む!」


 タマのニャッと短い返事を耳にして、俺達も山小屋を飛び出した。



 ヘレナさんの走っていた方角へ向けて駆けて行く。

 まだ雨脚は強く、ぬかるんだ道に足を取られかける。何度かつまずく聖女さんを支えながら、木々の間を抜けた。


「いたっ! ヘレナさん! と、何あれ……あれがアウルベアって奴!?」

「そうだ。……デカいな」


 木立に囲まれた広い原っぱ。そこでヘレナさんとアウルベアが向き合っていた。

 片目を潰されたアウルベアは、4~5メートルはあるかという巨体で見る者を圧倒する。体に刻まれた幾重もの傷が、奴が幾つもの修羅場を潜り抜けた強者であることを物語っていた。


「今日こそアンタを殺すッ!」


 ヘレナさんが構えた魔銃の引き金を引いた。

 バンッ! という破裂音と共に、筒から魔力の弾丸が打ち出される。

 弾丸は目にも止まらぬ速さで一直線に飛び、アウルベアの左肩に当たった。

 アウルベアの体が揺れる。しかしそれ以外に変化は見えない。


 ヘレナさんは休む間もなく、次の一発を放った。

 足、胴、腕。確かに当たっている筈なのに、アウルベアに動じる様子はない。顔面に向けて放たれた弾丸は、掲げた肉厚な手の平によって着弾することなく遮られた。


「当たってるのになんで!?」

「アウルベアの皮が分厚すぎるんだ。天然の鎧になってる。聖女さん、そこの木の陰に隠れててくれ」

「分かったっ」


 サッと聖女さんが身を隠したことを確認して、俺は剣を引き抜いた。


「ヘレナさん! 助太刀する!」

「よっ、余計なお世話だよ! っあぁ!」


 俺に気を取られたヘレナさんは、四足で駆け寄るアウルベアに驚きの声を上げた。

 アウルベアには、スピードを落とす様子が一切ない。

 そのままの勢いで突進をするつもりなのだ……!


「させるかッ!」


 身を低くして足の裏に力を籠める。

 出だしから最高速度で駆け出して、ヘレナさんの前に躍り出る。

 剣を横に構えると共に、アウルベアがその巨体をぶつけてきた。

 ズンと圧し掛かる重量。

 だが、先の戦いで受けたオーガの踵に比べれば羽のように軽い。


 両膝をバネにしてアウルベアを跳ね飛ばす。勢いに押されたアウルベアが二本足で立ち上がった。


「ゴアァァァアッ!!」


 怒りに満ちた咆哮が、アウルベアの嘴から衝いて出る。太く、鋭く尖った爪が付いた左手を振り上げて、俺の頭上目掛けて振り下ろしてきた。


 爪を迎え撃つように剣を振り上げる。

 軽く魔力を纏わせた剣の刃が、アウルベアの手首にスッと入り込む。

 そのまま振り向き、アウルベアの手首を切断した。


「ガァッ! ガァァアアァッ!!」


 左手が転がる間に、次いで振り上げられた右手も同様に斬り落とす。

 過去、これ程までの深手を負ったことが無いのだろう。

 両腕を失ったアウルベアは、困惑した様子で後ろに後退った。


「今だ! 残った目を撃て! 大量にぶち込んで、頭蓋の中に届かせろ!!」


 如何に頑丈な鎧を纏っていたとしても、その内側は脆い。

 俺の言葉に弾かれたように、ヘレナさんが再び魔銃を構えた。

 彼女から溢れる魔力が、これまでで一番の強さになる。


「うあぁぁあぁあっ!」


 雄叫びと共に、幾つもの破裂音が耳を劈く。

 放たれた弾丸は、その全てがアウルベアの左目に吸い込まれて消えていった。




 倒れ伏したアウルベアを見下ろし、ヘレナさんは肩で荒い息を繰り返す。

 アウルベアはもう動かない。完全にその命を絶ったのだ。


「……終わったんだね」


 小さく呟かれた声を耳にしながら、俺は空を見上げた。

 雨はようやく止み、雲の間からは日が射しこみ始めている。


「アンタ、これ受け取ってくれないかい?」


 俺の方を向いて、ヘレナさんは魔銃エンジェルを差し出してきた。

 旦那さんの形見なのだから受け取れないと断ると、ヘレナさんは再び軽快な笑みを浮かべてこう言った。


「助け合いって言っただろ? 助けてもらったそのお礼だよ。それに、アタシにはもう必要ないさ」


 その言葉が本心であることは、まるで憑き物が落ちた様に笑うヘレナさんの顔を見れば一目瞭然のことだった。

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