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027 オジサンと山での出来事(1)

「だぁ~! もーっ、歩けない! 休憩しよ、休憩!」

「いやいや、まだ登り始めたばかりだぞ」

「ミィもごはん食べたいニャ!」


 陽の光が木々の間を抜けて降り注ぎ、新緑を照らす。

 お陰で、山の中であっても随分と明るい。


 登山道の入り口までゴンスケに乗ってきた俺達は、早速山の中を歩いていた。

 山道は舗装されてはいないものの、地面はしっかり均してあって歩きやすい。しかし、どうやら聖女さんは山道に不慣れな様子で、まだ半分も進んでいない内にへたり込んでしまっていた。


 せめて休憩はもう少し進んでから。と言おうとして、頭を抱える。

 座るには丁度いい感じの岩に腰を掛け、聖女さんとタマがリュックサックに詰めたオニギリを食べ始めていたのだ。


 オニギリは元々この世界には存在しなかった料理の一つでもある。何代も前の聖女さんが広めたこの料理は、お手軽美味しいともっぱらの評判であり、気が付けば俺も良く作るようになっていた。

 このオニギリはシノ特製オニギリだ。王都を出る間際、見送りがてらにわざわざ届けてくれたのだ。

 

「志乃さんが作ってくれたおにぎり、美味しいーっ!」

「ニャーっ! ミィのオニギリ、おさかニャ入ってるニャ! 嬉しいニャ~」

「君達ねぇ……」


 遠足じゃないんだからと言い掛けて、しかしこれくらいの気楽さがあった方が良いのかもしれないと思い直す。何分、まだ先は長い。張りつめたままでは気持ちも持たないだろう。

 折角だから俺も一つ食べようかと二人に近寄りかけて、足を止めた。


 二人が腰かける岩の直ぐ側、無造作に伸ばされた草が揺れる。

 聖女さんとタマも葉が擦れる音に気が付いたのか、びくりとして動きを止めた。

 漂うのはあまりにも弱々しい魔物の気配。だが、二人に危害を加えるのであればと剣に手を伸ばす。が……。


「……キュッ!」


 草むらから顔を覗かせた魔物の姿に、そんな気もあっという間に消え失せた。

 全身蒼緑の、タマよりも小さな二頭身の魔物。短い手足にはびっしりとうろこが生え、頭から背中にかけてはヒレが伸びている。指の間には水かきがあり、水棲の魔物であることを主張していた。

 ぷっくりと膨らんだ唇に、大きく丸いぎょろりとした目玉。魚に近しい顔をしたその魔物は、サハギンと呼ばれる水域の魔物。その子供だった。


「え~! 可愛いっ! 何々!? この子、魔物なの?」

「サハギンニャ! お前、おさかニャ持ってニャいか?」


 オニギリを手に、聖女さんとタマが岩から飛び降りる。

 サハギンの子供に出来ることは特にない。魔物であっても攻撃性は皆無であり、放っておいても害はないだろう。


 目をキラキラと輝かせながら、聖女さんはサハギンの前でしゃがみ込んだ。

 子サハギンの警戒心が薄いらしい。目の前に聖女さんとタマが迫っても、逃げる様子を見せない。


「可愛い~。あ、これ食べる? おにぎり! 美味しいよ~」

「おぉぃ、野生の魔物に餌付けしちゃ駄目だぞー」

「餌付けじゃないよ! おすそ分け~っ」


 そんな屁理屈言われましても……。

 あまり魔物と絡んでほしくは無いのだが、幼い魔物というのはどれもこれも可愛いフォルムをしているので、餌付けしたくなる気持ちも分からないでもない。

 ビーチェも良く、子コーチンに可愛い可愛いとおやつをあげまくっていたなぁ。いや、大きくなってもあげ続けていたな……?


「キュッキュッ!」

「わ~っ! おにぎりあげたら踊り出したよ!」

「ニャー! ミィも踊りたいニャ! 踊るニャ!」

「タマも上手~!」


 ……ン? 踊り出した? サハギンが?


「まずい! 早く荷物を纏めるんだ!」

「へ? どうして?」

「サハギンの踊りは雨乞いの踊りとも言われていて……っ」


 言うが早いか、水滴が頬を濡らす。

 つい先ほどまでの晴天が嘘のように曇天雲が広がり、陽の光が遮られた山は薄暗く一気に冷え込む。

 ぽつぽつと雫が落ちたと思えば、次の瞬間にはザッ! という音を立てて強烈な雨が降り始めてしまった。


「ギャー! こんなの聞いてなーい!」

「ニャー! 雨嫌いニャー!」

「んもー! まだ山登り始めたばっかりなんだけどなぁ!? どこか雨宿りできる場所まで走るぞ!」


 きょとんとした様子のサハギンの子を置いて、ギャアギャアと声を上げる聖女さんとタマを連れ山道を走る。



 強い雨に打たれながら走っていると、道を少し外れた場所に山小屋が見えて来た。

 すっかりぬかるんだ土に足を取られながらも、俺達は山小屋へ飛び込んだ。


「すみません! 急な雨で、避難させてもらいます!」


 緊急事態とは言え、勝手に屋内に上がり込んだことを詫びる。

 すると奥の方から人の気配がやってきた。姿を現したのは、シンプルな作業着に身を包んだ恰幅の良い女性だった。


「構わないよ。……あら、随分びしょ濡れじゃない! ちょっと待ってな」


 赤褐色の長いポニーテールを揺らして踵を返すと、わざわざバスタオルを手に戻ってきてくれた。

 山の天気は気紛れだからねと軽快に笑い、女性は自らの名をヘレナと名乗った。


 ヘレナさんは俺達に向けて手の平を向ける。

 火と風の魔法を組み合わせ、熱風を起こしたのだ。

 ブォンと吹く熱風に煽られて、雨で濡れそぼっていた髪も衣服もあっという間に乾く。


「凄い! ドライヤーじゃん!」

「ニャー! ぽかぽか気持ちいいニャ!」

「いや、どうもすみません。突然押し掛けたにもかかわらず、こんなに良くして頂いて」

「良いって。山は助け合いが基本さ。雨が止むまで、上がっておいき」


 外からはまだ雨が地面を叩く音が響いている。

 ヘレナさんの好意に甘え、俺達は山小屋に上がらせてもらうことにした。


 広間に通され、設置された長椅子に腰を掛ける。

 生活に必要な必要最低限を備えたシンプルな造りの山小屋に、ヘレナさんは一人で住んでいるのだという。それを聞いて俺は思わず顔をしかめてしまった。


「ここら辺は魔物も生息している。一人で住むには危ないのでは……?」

「危ないだのなんだの言っていたら、アイツは倒せない」

「アイツ……?」

「この山の実質的な支配者、アウルベアさ」


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