EX episode1 とある昼下がりの出来事
後頭部で丸く一纏めにされた柔らかな茶色の髪。
好んで身に纏っているのは、厚みのある生地で作られたシンプルな黒のワンピース。
いつもやわく微笑む彼女を忘れたことは、一度たりともない。
『EX episode1 とある昼下がりの出来事』
ビーチェがその子コカトリスを見つけたのは、穏やかな昼下がりの事だった。
「まぁ、どうしたのかしら。迷子?」
乱雑に茂った草木の上で、ぴぃぴぃとか細い声を上げるコカトリスの雛が落ちていた。手の平に乗ってしまうほどの大きさで、まだ生まれて間もないことが察せられる。
コカトリスと言えば、赤いトサカに同色の垂れた顎の肉が特徴的な魔物だ。本来であれば威圧感を放つそれらの特徴も、まだ可愛らしく主張する程度にしかない。
周囲を見渡すも親鳥の姿はない。どうやら完全にこの森に迷い込んでしまったようだ。
「可哀想になぁ。こいつが野生の魔物である以上、俺達に出来ることは……」
「さ、一緒に家に帰りましょうね」
出来ることは無いと言う前に、ビーチェは子コカトリスを両手で拾い上げてしまっていた。
いくら可哀想でもそれはダメだと首を横に振るも、ビーチェに子コカトリスを放す様子はない。
「分かってる。野生の生き物に手を出すことは良くない事よね。それが魔物であれ、なんであれ」
分かっているならどうして。
そう視線で問えば、ビーチェは柔らかな微笑みを向けた。
「でも、困っている子を放っておくことも出来ないでしょう? エゴだと分かっていても助けたい。……うん、これは私の我儘ね」
ビーチェの手の平の上で子コカトリスが声を上げる。
必死に生きようとする子コカトリスの頭を、ビーチェは指先で優しく撫でた。
……はぁ。どうしても彼女には甘くなってしまうなぁ。
頭を乱雑に掻いて、俺は分かったと頷いた。
「ありがとう、あなた。我儘の責任をもってして育てるわ」
花が咲いたかのように満面の笑みを浮かべるビーチェに、俺はどうしようもない気恥ずかしさが湧いてしまう。
ビーチェと一緒に暮らす様になってまだ間もないというのもあるが、彼女の笑顔の愛らしさには、何時になっても愛おしさを強く感じてしまう。
「いいさ。ただ……一つ知っておいて欲しいんだが……」
「何かしら」
「コカトリスは成長が早い。多分、君の常識には存在しない速度だ」
「まぁ。それなら、すぐに飛び立って行けるかもしれないのね」
「そう言うことだ。別れは思いのほかに早いかもしれない。それでもいいのか?」
言って、まるで自分自身に言い聞かせているかのような錯覚に陥る。
思わず湧いた胸の痛みに眉をひそめると、ビーチェが目を細めて笑った。
ビーチェは片手で子コカトリスを胸元に抱え直し、空いた手を俺に伸ばす。細く長い指先でオレの頬に触れ、それから手の平をそっと宛がった。
「愛情を沢山注ぐわ。別れの時が来ても、この子が寂しくないように。沢山、沢山」
彼女の言葉が染みいって、手の平の温かさに心が乱される。
ビーチェの手に自身の手を重ね、そうだなと少し掠れた声で返すのが精一杯だった。
俺とビーチェに残された時間は少ない。
異世界から召喚された時点で不治の病を患っていた彼女は、その僅かな命をも、この星の人類を救う為に使い尽くしてしまった。
残された少ない時間を俺と共に在ると決めてくれた彼女に、俺は何が出来るのだろうかと考え続けている。
思うよりも彼女の為に俺が出来ることは少ないだろう。
けれども、いつかその時が来ても寂しくないように。
せめて俺も沢山の愛情を注いでいたい。
「ところで、あなた。コカトリスの子って何を食べるのかしら? やっぱりミルクかしら?」
「確かにミルクも必要だが、超小型のワームも好んで食べるな」
「巨大芋虫の小さい版ね。それはもう芋虫じゃないかしら。分かったわ、捕まえに行ってくる」
ずいっと、ビーチェに子コカトリスを突き出され、呆けながらも思わず受け取ってしまう。先程までの柔らかさから一転して、ビーチェの顔が凛と引き締まったものになっていた。
聖女然としたこの顔付きも、またたまらなく好きなんだよなぁ~~!
「あなたはその子にミルクを上げてちょうだいね。少し温めた方がきっと喜ぶわ」
「って、ビーチェ!?」
「すぐ戻るわ、よろしくね~」
すたすたと振り返ることなくビーチェが歩き出す。
有言実行、即断即決。彼女は何事にも迷いが無い。
「まぁ、戻ってるか」
「ピッ」
魔王を打ち倒したとはいえ、魔物の全てが滅んだわけではない。
故に、この森が百パーセント安全とは言い難いのだが、ビーチェ一人で歩き回るくらいは何ということは無い。彼女は元とはいえ聖女である。規格外の力は今も健在で、森に出る魔物程度ならば心配することも無いだろう。
だから俺は子コカトリスを抱えて彼女の指示に従うことにした。
その方がきっと、彼女も喜ぶだろうから。
END
「ただいま~。見て! 沢山捕まえられたわっ」
「うぉっ!? こ、これは取り過ぎではないでしょーか……」
「そうかしら? きっと沢山食べてくれるわよ。ね?」
「ピ……ピィ……」
こんもりと積まれた超小型ワームを前にして、俺と子コカトリスは震え上がるのだった。




