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023 オジサンの後悔と元聖女

 聖女さんとタマを背に乗せたゴンスケが降りてきたのは、それからすぐの事だった。


「ご主人ー! 大変ニャーッ!」


 タマがいつも以上に声を張り上げている。

 どうかしたのかと急いで駆け寄ると、俺は驚きに目を見張った。


「聖女さんッ!!」


 目を閉じ、ぐったりとした聖女さんがタマに寄りかかっていた。

 急いでゴンスケの背から降ろし、聖女さんを抱きかかえる。


「聖女さんっ、聖女さん!」


 大きな声で呼びかけても、体を揺すっても目を覚ます気配がない。

 臓腑の底から凍てつくような恐怖が湧く。


「……大丈夫ですよ。呼吸はあります。心臓も動いている」


 そっと真横に付いたカイルが俺を見つめる。

 静けさを宿した青い瞳が、落ち着けと強く訴えかけてきている様だった。

 俺は深く息を吸って吐き出すと、聖女さんを抱きかかえ直した。


「……すまん。取り乱した。俺達は城へ戻る」

「はい。僕は状況を確認してから戻ります」

「タマ。お前からは話を聞きたい。付いて来てくれ」

「分かったニャ! ……、ゴンスケも聖女さんが心配だから、ここに残るって言ってるニャ」


 事情を知らない人から見れば、ゴンスケは驚異の対象である。ゴンスケが居残ることに異議はないかとカイルを見れば、首を縦に振るのが見えた。


「ゴンスケ、聖女さんを守ってくれてありがとな。すぐ戻ってくるから、待っててくれ」

「ギャオス!」


 ゴンスケの鳴き声を背に、俺は急ぎ戦場を後にした。

 腕の中の聖女さんが目覚める気配はない。

 込み上げる焦燥感を噛み殺しながら、ひた走る。だが――。



 聖女さんは昏々と眠り続け、その日の内に目覚めることは無かった。



 一体、聖女さんに何が起こったのか。

 安全だろうと上空に残してきたことを今更ながらに悔やむ。

 だが地上に降ろしていれば、それこそ余分な危険に巻き込まれていたことは間違いないだろう。正解なんてないのだと分かっていても、悩まずにはいられない。


 一晩が過ぎれば、状況は明らかになっていた。

 城へ戻ったカイルと兵士達の報告によれば、王都に攻め入っていた魔物はその全てが姿を消したという。

 光の絨毯が敷かれた途端、地上も上空も関係なく魔物達は苦しみだし、下位種は体が砂の様に砕けて絶命。一部紛れていた中位種は著しく弱体化し、その隙に全て倒されたそうだ。

 この特異な状況を整理すべく、女王様とカイルを交え、俺はタマから話を聞くことにした。


 タマ曰く。

 それは、俺とカイルがオーガに苦戦を強いられている最中に起こったという。


「ミィと聖女さま、上から状況見てたニャ。ご主人の大ピンチニャーっ! てニャってたら、聖女さまがびっくりするくらい大きニャ声でオジサンって叫んだニャ。そしたら聖女さまの十字架がピカ―ッ! って光ったのニャ!」


 身振り手振りを交えて説明するタマの頭を、カイルが優しく撫でた。


「お話ありがとうございます、タマくん。これは激しい感情の起伏が切っ掛けで魔法が発動した……と考えられそうですね」

「そして爆発的な威力を以て発動した魔法に、聖女さんの肉体と精神が追い付かなかったってことか」


 聞けば、あの光の絨毯はやはり王都全土を覆っていたという。

 全ての人間に回復効果を与え、全ての魔物にダメージ効果を与える……。その出力は並みの魔法使いでは到底再現することは不可能であり、回復と攻撃を同時に行うことは高位の魔法使いにも難しい事なのだとカイルは唸っていた。


「……私の渡した銀の十字架が、魔力増幅装置の役割を果たしてしまったのかもしれません。結果的に彼女に負担を強いてしまいました。何と詫びればいいのか……」

「いいや、結果的に聖女さんの力と銀の十字架が俺たち全員を救ったんだ。……正直、あの場面で聖女さんの魔法が出てなきゃ、オーガに殺されていただろうな」


 いくら相手が最強と名高いオーガが相手とはいえ、手も足も出なかった事実に苦い思いが湧く。

 ニュームーンに弱くなったと言われたが、実際にそうなのだろう。

 今の力は全盛期の半分程度だという自覚もある。


 ――魔物の血が流れる身でありながら、魔王をこの手で殺した報いなのだろうか。


 今日までの行いを後悔している訳では無いが、この結果は受け入れがたいものがあった。



 話せることは話したと、ゴンスケの元へ行くタマを見送って俺達は更に話し合いを続けた。


「聖女さんのことも気になるが、あのフルムーンって娘も気掛かりだ」


 フルムーンの名を出した途端、女王様の顔が曇った。

 水晶玉を通して一部始終を見ていたというのだが、どうにも信じられないのだという。何が信じられないのかと問えば、女王様は強張った唇で恐る恐ると口を開いた。


「……フルムーンと名乗る少女。身なりこそ違いますが、あの顔には見覚えがあります。彼女は……元、聖女様です」

「聖女? まさか。歴代聖女の中に、魔王になりたいとでも願った聖女が居たっていうのか?」

「そうではありません。貴方はシノ様の前任の聖女様の事を知っていますか?」


 シノの前任の聖女といえば、俺が祈りの塔で働き始める前の聖女だ。

 俺が祈りの塔で護衛隊として働き始めたのは、十年前の事だった。目の前にいる女王様の口添えで働かせてもらえるようになった俺は、シノの護衛が初めての任務となった。

 だから、その前の聖女様のことは口伝でしか知らない。


「確か、不慮の事故で亡くなったと聞いた。――まさか?」


 女王様が無言で頷く。

 つまりフルムーンを名乗る娘は、死んだはずの元聖女……?


「この件に関しては、司祭方にも見解を聞かねばなりません。クラトス。聖女様が目を覚ましたら、急ぎ東の神殿へ向かって下さい」

「分かった。司祭殿なら何か知ってるかもしれないな」


 中央大地の極東に位置する東の神殿。

 平原の先にある山を越え、流れる川を上って行けば辿り着ける場所にある。


 神殿と呼ばれているが、実質的には聖女を支える司祭になるべく修業を積む場とされていた。

 司祭とはそもそも世界中から選ばれた、能力と聖女という存在に対する意識の高い者だけがなれる職だ。……司祭殿、元気だろうか。


「さて、それでは私は政務に戻ります。聖女様が目を覚ましたら教えて下さい」

「分かった。……なぁ、流石にもう防御結界を解いても大丈夫なんじゃないか?」


 脅威は去ったにもかかわらず、女王様は防御結界を城一帯に張り続けたままだった。平然とした様子でいるが、既に相当な負荷がかかっていることに違いない。

 だが、女王様は疲れを感じさせずににっこりと笑んだ。


「これが私のお仕事よ。大丈夫、こう見えても鍛えてるんだからっ」


 その笑顔に、彼女は大国を背負う強い女性なのだと改めて認識をさせられた。


「……そうだな。聖女さんのことは任せてくれ」

「ええ。さぁ、行きますよ、カイル」

「……申し訳ございません。少々、クラトス様と話したいことがございます。出来れば二人きりで」

「分かったわ。なら、先に行くわね。……ちょっと、クラちゃん!」

「なんだよ」


 こそこそと女王様が俺の側によって耳打ちをする。


「真面目に彼女の話、聞いてあげてねっ、どんな話であってもっ、いいわねっ」

「分かってるよ。ほら、さっさと行った行った」

「んも~! 女王に対する敬意がないんだからっ!」


 敬意をもった矢先にそういうムーブするからだろ!

 肩を怒らせながら立ち去る女王様を呆れ混じりに見送って、俺はカイルに向き合った。

 複雑な感情を浮かべたその顔付きに、俺は覚悟を決めるしかなかった。


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