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022 オジサンと衝撃の急転直下

 カイルは城門付近まで吹き飛ばされていた。

 既に自力で身を起こしたカイルに駆け寄ると、酷く困惑した顔を俺に向けた。


 オーガの掌底打ちを受けたにもかかわらず、カイルは平然とした様子を見せている。カイル本人もそれが不思議なようで、戸惑いを隠せない様子だった。


「これは、一体……」

「聖女さんの力だ」


 上空に浮かぶ、地上へ向けて光を落とすゴンスケを指差す。

 簡潔にあのレッドドラゴンは味方であるということだけ告げて、その背に聖女さんが乗っているのだと教えた。

 まだ戦いの最中に在りながら、カイルは信じられないと目を丸くして驚きを露わにする。


「……では、この一帯を照らす光は聖女様の魔法であると?」

「そう考えて間違いない。とは言え……これは凄まじいな……」


 光で覆われた大地は、果てが見えないほどに広がっていた。

 どこまで続いているのかは、上空から見てやっと分かるだろうという程だ。もしかしたらこの王都全域に行き届いているのかもしれないな……。


「おまけに魔物に対してはダメージを与える光とは……恐れ入った」


 オーガの異常な弱り方に結び付け、そう結論付ける。

 あのオーガですらダメージを受けた。下位種の魔物であれば、絶命していてもおかしくはない。


「今なら勝機がある。行こう」

「ええ。ですが……あちらから来てくれたみたいですよ」


 ズゥンと足音が響く。

 徐々に薄くなっていく光の絨毯を踏み躙りながら、オーガがこちらへ向かって歩を進めていた。

 その顔は今までになく怒りに満ちていて、直視するだけで恐怖に息が止まりかける。大方、戦いの最中に水をさされて御立腹なのだろう。


「思ったより元気そうですね……」

「しかも大激怒ときた。これは大分まずいな」


 いくら俺達が万全の状態に戻ったにせよ、ブチ切れたオーガを相手にするのは危険と言わざるを得ない。

 否が応でも込み上げる緊張感から、嫌な汗が頬を伝う。

 迫るオーガに向けて、俺とカイルが武器を構えたその直後。



「ハァーーイ! オーガさァん! ストップですヨォ、ストップ~!」



 耳障りで憎々しい声が乱入してきた。

 オーガが足を止めて背後を見やる。俺達もまた視線を先へと向けた。


 いつの間にか雨は止み、雲の隙間から日が射しこむ。

 煙の上がる街並みを背景に、陽の光のスポットライトという魔物には不似合いなものを一身に浴びたニュームーンが立っていた。


「道化。何故、邪魔をする」

「簡潔に申し上げまショウ! 魔王様の御命令なのデェス!!」


 オーガの怒り心頭といった声にも動じないニュームーンの言葉に、俺とカイルは凍り付く。

 魔王。確かに奴はそう言った。

 心臓の欠片はまだ集まりきっていない筈だ。心臓がなければ魔王は蘇らない。なのに、魔王の命令だと――?


 反射的に振り返って城を見るが、襲撃を受けた様子は見られない。


「アァ、安心してクダサイネェ~。まだ女王陛下かラ、欠片は取りに行っていまセン!」

「……だったら欠片はまだ完全じゃない。魔王ってのは嘘か」

「失礼ナー! 嘘じャありまセンヨォ! マッ、実際に確かめていただいた方が早いデスヨネ! フフフッ、それでは御登場いただきまッショウ!」


 頭にかぶったシルクハットを脱ぎ、ニュームーンが仰々しく腰を折る。

 陽の光が更に強くニュームーンとその背後を照らし出す……。


「次代の魔王様となられル御方、フルムーン様デェ――――ス!!」


 声を張り上げると同時に、ニュームーンがシルクハットを持つ手を大きく広げる。

 ニュームーンの背後に数多の魔物が現れた。その数は、軽く見積もっても百はくだらない。


 一塊になる魔物達の頭上には、巨大な建造物が乗せられていた。

 黒と赤を基調とした、重厚さと禍々しさに溢れた移動式玉座である。

 中央に設置された目立つ赤色の座席を中心に、禍々しい山羊の角を模した巨大な飾りが左右対称に伸びている。背もたれから突き出た銀の飾りが、巨大な髑髏を模しているように見えた。


 その中央に座するのは、人の形をした少女だった。

 縦に巻かれたローズピンクの髪。漆黒のドレスに身を包み、まるで人形のような可憐な印象を受ける。


 ズゥンと音を立て、魔物達が一斉に歩みを止める。

 一糸乱れぬ、統率の取れた動きだった。

 一拍の静寂を置いて、玉座に座る少女が立ち上がった。



「ククッ……、ハーッハハハハッ!! 人間共~ッ! 元気!? 余はフルムーン! 次代の魔王なりし者なりっ☆ ちょっとオーガ! 今そんな面白いの殺しちゃったら、余が世界征服する時ツマラナイじゃん! ダメダメ! 世界征服はぁ、ドラマチックにしないとねっ☆」



 ぽかーんである。


 もう、ぽかーんという言葉以外出てこない。

 隣のカイルもこの状況の意味が分からないのか、真顔になってしまっていた。


 フルムーンを名乗る少女の可憐な印象は吹き飛んだ。

 よく見れば、衣服はレースにリボンの装飾がてんこ盛り。スカートはボリュームたっぷりの溢れ出るファンシーさ。魔王の印象とは程遠いと言わざるを得なかった。


「え……えーと……、どちら様で?」


 誰に向けたでもないが、思わず間の抜けた問いが出てしまったことを許して欲しい。流石にシリアスには続けられないでしょ、こんなの……。


「エェッ! クレセントさァん、耳遠くなッちャいまシタァ? 言ったジャありませんカ。次代ノ魔王様デスッ! フルムーン様の胸元ヲ、よォーく見てクダサイネ!」


 言われて渋々、フルムーンの胸元を見る。

 何かが胸元でキラリと光り、揺れていた。

 欠けた満月の様な、紅玉――、魔王の魂の欠片だ。


 不意に、女王様の言葉が脳裏を過る。


 ――魔物達は新たな魔王の肉体を手に入れた。


「……成程な。その子が魔王の肉体ってワケか」


 無言のまま、ニュームーンが不気味に笑む。

 代わって、フルムーンが俺に向けて声を荒げた。


「ちょっと、そこのオジさん! 今、失礼な事言ったでしょ! 聞こえてるよ~っ☆ 魔王の肉体なんじゃなくて、余が魔王なのっ☆ 魔王の魂が完全になったら、余は真の魔王になるのだ~!」

「なら、次期魔王様直々に、女王陛下の持つ欠片を取りに来たって解釈で良いのかい?」


 フルムーンという少女の力がどれ程のものかは不明だ。

 だが、曲りなりとも魔王を名乗る以上、相応の実力はあると見て間違いないだろう。

 俺は剣を構え、フルムーンを見据える。隣ではカイルもまた臨戦態勢に入っていた。


「も~! 野蛮っ☆ 今日は挨拶に来ただけ! 貴様達が面白いものを見せてくれたから、この国の欠片は最後にしてあげるっ☆」


 顔を上げたフルムーンは、上空を睨むように見つめていた。

 視線の先には光を失ったゴンスケ……即ち、聖女さんがいる。

 もしやコイツ、さっきの力が聖女さんのものだって分かっているのか?


「最後の最後、この国を踏み躙りながら欠片を奪い、命乞いをする女王と聖女の目の前で真の魔王になるの! その方がものすっごぉ~くドラマチックだと思わない!?」


 興奮気味に告げて、フルムーンは両目を見開き、けたけたと声を上げて笑い出した。少女の姿に似つかわしくない、邪悪な狂気に嫌悪を抱く。


「……ト、言うワケでしテ! オーガさァんも帰りマスヨォ~」

「……そのような戯言を我が聞くと思うか」

「聞きマスヨォ! だッてアナタ、もォッと強くなッた二人と戦いたいでショウ!? 今ここで殺しチャウよりも、後に残しておいた方がもォッと殺し甲斐がアルと思いまセンカ?」


 ニュームーンの言葉にオーガが黙り込む。

 強者を殺すことを至高とする奴のことだ。今よりも更に強くなった相手を殺したいと願うのは、当然のことなのだろう。


 俺達に背を向け、オーガはフルムーンが率いる軍勢へ向けて歩き出した。

 ……これで結果的に命拾いをした事になったか。悔しい話だが……。


「いーい? 余が残りの全ての欠片を集めるまで、滅ぶんじゃないぞっ☆ じゃあね~!」


 立ち上がった魔物達に担がれて、フルムーンが去っていく。

 その全てがいつの間にか漂う霧の中に混ざる様に消えていき、姿はあっという間に見えなくなった。

 周囲に魔物の気配のひとつも感じられず、ただ静かに荒れた地上を陽が照らし出していた。


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