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020 オジサンと青天の霹靂

 戦闘を続けていた西区域もあらかた片付け、俺達は聖女さんの元へ急いだ。

 戦場に出ると、時間間隔が全く分からなくなってしまう。

 体感としてはそんなに待たせたつもりは無いのだが……。


「聖女さん、すまん! 待たせたか!?」


 気がはやり、まだ距離がある状態で声を掛けてしまったが、聖女さんと隊長殿の顔色がとても悪いのが見て取れた。

 何かあったのか――!?

 ゴンスケに頼み、聖女さんと兵隊長殿の前でその身を止めてもらう。勢いを殺すために翼を大きく振ったあおりを受けて、聖女さんと隊長殿が大きくぐらついていた。


「どうした! 何かあったのか!?」

「ひぃっ! 何かに乗ったとは思ったけど、ドラゴンじゃん!!」

「しかもレッドドラゴンではないかーッ!」

「あ、あー……。驚かせてすまん」


 徒歩で出ていった相手がドラゴンに乗って戻ってきたら、そりゃ驚くよな。

 急に気恥ずかしくなって、俺は顔が熱くなるを感じていた。


「ニャー! この子が聖女さまニャ!? かわいいニャ~!」


 気恥ずかしさに居た堪れなくなっていると、俺の前に座っていたタマが黄色い声を上げた。


「うわっ! なに!? 喋る巨にゃん!? えっ、オジサン、猫拾ってきたの!?」

「いや、拾ってきたというかなんというか」

「ミィはタール・ターマ八世ニャ! ご主人と一緒に聖女さまをお守りするニャ~。こっちはレッドドラゴンのゴンスケニャ。気前のいい奴だニャ!」

「ギャオス!」

「……まぁ、味方だよ」


 何と説明していいのやら。

 呆れていると、聖女さんから感嘆の声が上がっていた。


「ふぇ~、真っ白ふわふわ! 可愛い! ねねねっ、撫でていい? タマちゃん!」

「ニャッ!? どうして聖女さまもミィをタマって呼ぶニャ? でも良いニャ! 聖女さまにニャらニャんでも許すニャ~」

「え~! 嬉しい~! 私、猫大好きなんだ~。あ、ねぇねぇ、そっち私も行っていい?」

「……、ゴンスケも聖女さまニャら大歓迎だそうだニャ!」

「やったぁ! オジサン、引っ張り上げてー」


 いそいそと塔からゴンスケへ移動しようとする聖女さんの姿に眩暈を覚える。

 ど、どうして……みんな大人しく出来ないんだ……。


 流石に危なすぎると聖女さんを制止しようとすると、それまで黙っていた隊長殿が声を上げた。


「さ、流石にございますな! よもやレッドドラゴンまで手懐けるとは! このロバート・バートンでは、もはや聖女様の護衛役として力不足! 聖女様、どうぞお気をつけて参られよ!」

「ちょっと隊長殿!?」

「ありがと、おじーちゃん! 今度、さっき話してくれた美味しいお茶の店連れてってね! 奥さんのことも紹介してね!」

「聖女様もご一緒となれば、家内も大いに喜びましようぞ!」


 待って! 俺、聖女さん連れてくとは言ってない!

 思い切り置いてけぼりを食らっている間に、聖女さんは自力でゴンスケの上に乗ってしまっていた。


「う、うわぁぁっ」


 バランスを崩しそうになる体に手を伸ばし、こちらへ引っ張り寄せる。

 俺は少し後ろへ下がり、聖女さんを空いた空間に座らせた。聖女さんの前にはタマが座っていて、何ともこう、緊張感がない……。


「ありがと、オジサン。どうしよ、私、ドラゴンに乗っちゃったよ……コーチンと乗り心地が全然違う……!」

「おぉっ、聖女さまはコーチンにも乗り済みニャ!? コーチンふわふわでミィも好きニャ! もちろんゴンスケのごつごつもカッコよくて好きニャ!」

「頼むー……ちょっとだけで良いから、緊張感を持ってくれー……」


 思わず口から零れた嘆きに、聖女さんが苦笑した。

 タマは……何も分かっていないようだ。

 俺は大きくため息を吐いて気を取り直した。


「隊長殿。聖女さんの護衛、感謝します。俺達はこれから南区域の様子を見てくるよ」

「南はまだ戦いが続いていると報告が来ておりますぞ。大神官様もまだ戦線に立たれている……どうか大神官様のお力になってくだされ!」

「承知した!」


 ゴンスケが翼をはためかせ、風を身に纏い飛び上がる。

 あっという間に隊長殿は遠くになり、小雨に打たれている間に南区域の上空に着く。



 戦況は空から見れば一目瞭然だった。

 街のいたるところから火の手が上がり、未だ兵士と魔物の戦闘が継続していた。

 国側も魔物側も、戦力のほとんどをこの南区域に注いでいると言っても過言ではないだろう。


「ひどい……。ッ、あれ!」


 ショックを受けた様子の聖女さんが、地上を指差す。

 指した場所に視線を向けると、ドンッという爆発音と共に土煙が上がった。


 土煙の中から二つの影が飛び出す。


「……っ、カイルか!」


 遠くから見てもダメージを受けている事が分かる程に、カイルはボロボロになっていた。身に着けているローブは避け、全身が泥で汚れている。

 飛び出してきたもう一つの影は、カイルの倍以上の巨体だった。浅黒い肌に異常に発達した筋肉。防具の一切を身に着けず、漆黒の胴着だけを纏った屈強な怪物。


「大神官サマ、危ない!」


 飛び退くカイルの首に、怪物の巨大な五指が掛かる。

 その後に待つ、凄惨な光景が脳裏を過った瞬間。


 俺はゴンスケの背から飛び降りていた――!


「オジサン!」

「ご主人ー!?」

「そこに居ろッ!」


 悲鳴に近い声を上げる二人に、それだけを叫んで伝える。

 強烈な風圧にも揉まれながら、俺の体はあっという間に地上へ迫っていく。


 落下しながら剣を抜き、剣先を真下に構える。

 落下地点は奴の頭上。この剣をその脳天に刺す!


 ……衝突の瞬間は一瞬だった。


 俺の剣は地面に突き刺さり、衝撃で地面を大きく抉った。

 衝突の直前、俺に気が付いた奴がカイルを投げ捨て飛び退いたのだ。


「随分面白いことをすると思えば、貴様か。反逆者よ」


 地鳴りを思わせる程に低い声が投げ掛けられる。

 俺はその場に立ち上がると、奴に剣先を向けた。


「まさかアンタが出てくるとはな。……オーガ」

「反逆者に呼ばれる名など、持ってはおらぬ」


 伸ばしっぱなしにされた白髪が、意志を持ったかの如く逆立つ。得物を射殺すオーガの視線が俺を穿った。

 純粋な闘気と殺意で彩られた瞳が、魔軍幹部の圧倒的な力を誇示していた。


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