019 オジサンとタマ
全長120センチ程度、二対の尖った耳と長い尻尾、ふわふわの毛が特徴のリュンクス族
レッドドラゴンの上に乗った個体に大いに見覚えがあり、頭が痛くなってきた。
「ニャア!? ミィをその名前で呼ぶのはもしかして~!?」
レッドドラゴンの上で踏ん反り返っていた獣人――タマが、元々大きい目を更に大きく見開いてこちらを見た。
俺の顔を見るなり、タマは大きな瞳をうるうるとさせて激しく手を振ってきた。
「ぬぉー! ご主人! ご主人ニャ! 生きてたのか御主人~!」
「お前こそ無事だったのは良かったが……何してるんだ?」
祈りの塔で別れて以来、実に五日ぶりの再会だ。意外と早すぎる再会だからか、特に感動も湧かない。そもそもタマが勝手に塔から姿を消すことは良くある事だったので、五日会ってないくらいではなぁ。
のんきに会話している場合ではないが、魔物達も足を止めてしまっている。レッドドラゴンという存在は、大概の魔物にとっても脅威なのだ。
決して、タマが脅威なわけではない。
「聞くもニャみだ、語るもニャみだ……。祈りの塔から逃げたミィは、このレッドドラゴンと出会ったんだニャ!」
「ほうほう、それで?」
「このレッドドラゴン、情に厚いやつでニャ。みんニャとはぐれたミィを助けてくれると言ってくれたんだニャ~!」
レッドドラゴンと言えば、山奥に生息する気性の荒い事で有名な魔物の一種だ。
そんなレッドドラゴンが協力するなど俄かには信じがたい話だが、このタマに限っては事実だと断言出来た。
こんな見てくれと中身だが、なかなかどうして魔物の扱いには長けている。魔物と意思疎通も出来れば、何故か昔からの友人だったかのようにすぐ親しくなってしまうのだ。
それはそれとして、だ。
俺は剣先をタマへ向けた。
「どうしてお前が魔軍側についている」
声色を低くして問えば、タマとレッドドラゴンは激しく首を横に振って否定した。コミカルさすら感じる仕草に調子が崩される。
「ニャんのことか、ご主人! ミィはご主人と一緒ニャ! 護衛部隊の隊員ニャ!」
「じゃあどうして魔軍を引き連れているんだ?」
「誤解ニャ! こいつら勝手に付いて来ただけニャ」
「お前さっき、同胞って言ってなかったか?」
「気のせいニャ! ミィのニャかまはご主人とゴンスケだけニャ! 証拠見せるニャ!」
ゴンスケって誰だよ。まさかレッドドラゴンの名前なのか?
あまりのネーミングセンスの無さに呆れていると、レッドドラゴンがいきなり大きく翼を振って空高く舞い上がった。俺達に背を向けて、残った魔物達を見据えている様だった。
「やるニャ! ギガクラッシュデストロイ・ドラゴンファイアー! ニャッ!」
タマの掛け声とともにレッドドラゴンの口が眩しい程に赤く光る。一気に周囲の気温も上昇し、そこに集まる熱量の高さが肌で分かる。
まずい! 加減なしのドラゴンの炎は魔物を焼くどころじゃない! 街ひとつ簡単に焦土になってしまう!
「待てッ! 分かった! 分かったから炎じゃない攻撃にしてくれ頼む!」
「しょうがニャいニャ~。変更! ギガクラッシュデストロイ・ストォーム! ニャッ!」
口内に溜まった熱量を炎として上空に吐き出しながら、レッドドラゴンが激しく翼をふるわせた。
雄々しく振るう翼は次第にその速度を増し、轟々と激しい音を立てはじめる。
巻き上がる風に地上の敵が吹き飛び、転がる。
レッドドラゴンが一際大きく両翼を広げ、振った直後。幾つもの竜巻が生じた。
小型ながらもハッキリとした渦を巻く竜巻は、その場のあらゆるものを巻き上げながら四方八方に進攻していく。
一つ一つが強烈な突風となって、それまで地に伏していた魔物の全てが宙を飛んだ。
風に耐え切れなかった建物も飛んでいた。
あーぁ……燃えやしなかったが、結局大惨事じゃないかこれ……。
「ニャーはははっ! どうニャ、ご主人! これでミィがご主人のニャかまだと分かってくれたかニャ?」
「分かった……俺が悪かった……」
「分かってもらえて嬉しいニャ!」
ニコニコと上機嫌に笑うタマに反して、俺の頭痛は更に酷くなるばかりだった。
だがしかし。この強力なレッドドラゴンの力を利用しない手はないだろう。
「タマ! 俺もそいつの背に乗せてもらえるか?」
「ニャ。……、構わニャいって言ってるニャ!」
「そいつはどうも」
剣を鞘に納め、地を蹴り飛び上がる。
上空のレッドドラゴンの背中に飛び乗り、タマの後ろに座る。俺はドラゴンの背中を軽く叩いた。
「すまんが、一仕事頼まれてくれないか?」
「ぬぉー! 聞いたニャ、ゴンスケ! ご主人直々のお願いだニャ! 聞いてあげたら大出世だニャ~」
「ギャオス!」
「ゴンスケもやる気満々ニャ! ニャにするニャ?」
俺は今の状況を軽く説明して、城の周囲を囲む魔物を今の要領で蹴散らして欲しいと告げた。威力は少し落としてくれと注文を付けるのも忘れない。
聖女さんを護る為に戦って欲しいと強調すれば、タマの顔に満面の笑みが宿った。
「ニャー! 聖女さまいるニャ!? 会いたいニャ!」
「よし、だったらとっとと敵を蹴散らして、聖女さんの所に戻るぞ」
「合点承知ニャ!」
「ギャオース!」
かなり気前の良いレッドドラゴン(親しみを込めて俺もゴンスケと呼ぶことにしよう)に感謝しつつ、俺はタマの頭をわしわしと撫でまわした。
地上で呆然とした様子の騎兵殿に、ここはもう大丈夫だと告げる。
「俺達は西区域の魔物を殲滅してくる!」
「承知した! では我々は東区域に回ろう!」
「頼んだ!」
「ご主人とミィとゴンスケが居れば朝飯前ニャ!」
地上の景色、そして兵士達の姿が更に遠くなっていく。
巨体を更に天高く舞わせ、翼で風を切りながらゴンスケが空を走り出した。
タマとゴンスケの働きで、戦況はこちら側に大きく有利になる筈だ。
気掛かりなのは南区域だ。敵の戦力もそこに集中しているであろうことは容易に察せられる。
残りを倒し次第、俺達も南区域へ向かった方が良さそうだ。