018 オジサン、助太刀する
塔の淵に立ち、城門の外側へ向かい飛び降りる。
トンとつま先で着地して、驚く兵士たちをしり目に駆け出した。
本来であれば聖女さんを置いていくなんて言語道断だが、手渡した十字架と隊長殿の武装を見て信頼したというのもある。
あの十字架は女王様の魔力が込められた逸品だ。
強い聖なる力は魔を退ける。
簡易的な防御壁の役割を果たしてくれるに違いない。
そして隊長殿が手にしていた槍は、鋼の穂先まで朱に染まったグングニルと呼ばれる槍である。
必ず勝利をもたらすとまで言われる伝説の名槍。そんな品をどうして隊長殿が持っているのかは不明だが、あれには神の神秘が宿っているとまで言われている。故に下位種の魔物では、その槍に近付くことすら出来ない――そんな逸話が残されていた。
逸話を信じるかどうかは別にして、見た限りあの槍にはとてつもない力が込められていることはだけはハッキリとしていた。少しの間なら聖女さんを任せても問題はないだろう。
それにだ。
さっさと全て片付けて戻ればいい。
建物の間をくぐり抜けて、剣を抜く。
既に魔物達と交戦を開始している兵士達の姿が見えた。
「助太刀する!」
出会い頭に棍棒を手にした巨体のオーク一体を袈裟切りにして、両手で柄を持ち低く構える。
剣に魔力を流しこむと、刀身が透明な風を纏いだす。
「ギャァ! ガァーッ!」
一匹のゴブリンが叫び声をあげ、それを合図に魔物達が一斉に動き出した。
剣を持った骸骨戦士スケルトンナイトが跳ね上がり、手に持った剣を俺の頭上に振り下ろさんとする。
俺は下半身に力を籠め、剣を斜め上に力強く突き出した。
剣に纏わせた風が解き放たれ、高速で飛ぶ無数の刃となって敵を裂く――!
目の前のスケルトンナイトは剣ごと木っ端みじんに吹き飛び、跡形もなくなった。
切れ味の鋭い真空の刃は、列を成した魔物の首を次々と刈り取っていく。上空を飛ぶワイバーンの翼をも斬り刻み、飛行能力を失った巨体が落ちてくる。
「今だ! 一気に攻めるんだ!」
敵の前衛が大きく崩れたことで、後衛まで露わになる。
「行くぞ! かかれーッ!」
数の多さに手を焼いていた兵士たちが、号令に従い一斉に魔物へ飛び掛かった。
上空からは魔法使いによる援護射撃が行われ、飛び交う火球や雷の中、俺も魔物を斬るべく剣を振るった。
「うわっ!」
混戦の中、兵士の内から悲鳴が上がる。
見ればその肩には深々と矢が刺さっており、次の瞬間にはその背中にも矢が刺さった。
上空を見れば、ワイバーンの背に乗ったスケルトンナイトが弓を構えていた。
このまま矢を乱射されては面倒だ。
勢いよく地を蹴り跳躍して、地上の混戦から抜ける。
ワイバーンの背に飛び乗って、スケルトンナイトを斬った。
そのままワイバーンの首も落とし、墜落する間際に背を蹴り近くのワイバーンに飛び乗る。
ややあって響く、ワイバーンが地に落ちた激突音を耳にしながら同じような行動を繰り返し、上空の敵を一掃する。
再び地に足を着け状況を見れば、魔物はその数を大きく減らしている事が分かった。しかしまだ全滅には至らず、尚も地上を攻める魔物達が歩を進めてくる。
奇声を上げて飛び掛かってくるゴブリンを、俺の目の前で銀槍が貫いた。
「貴殿の助太刀に感謝する!」
馬に乗った兵士が銀槍を振りながら、こちらへ声を上げた。
フルフェイスの兜で顔は見えないが、声からして若い男であることが分かる。
「いや、むしろ出しゃばってすまん!」
「貴殿が気になさることではない。貴殿のお陰で戦況はこちらへ傾いた。後は掃討するのみ――!」
会話の最中もお互い手を止めず、魔物を斬って貫く。
上空からの攻撃が無くなったことにより、身動きがしやすくなった兵士達は果敢に残った魔物の群れに突撃していた。
いよいよ終わりも見えて来た。その時のことだった。
「ガァァア!」
上空からけたたましい獣の叫び声が響き、俺は急いで真横に飛んだ。
肌を焦がす灼熱。
立っていた場所に、岩石並みの大きさの火の玉が落ちてきた!
衝撃で抉れた地面は熱でどろりと溶けて、火柱を上げる。
この下には地下シェルターがあり、避難している人々が居ることを想像して冷汗が流れた。
見上げれば、目が覚めるほどの鮮やかな深紅が視界に飛び込んだ。
頭は小柄であるものの、異様に発達した上顎に太く長い首。全身を覆うゴツゴツとした分厚い皮膚が、長く伸びた尻尾まで包む。
巨体を支える大きな翼をはためかせたレッドドラゴンの登場に、その場の誰もが息をのんだ。
「レッドドラゴン……!? どうして此処に!」
「まずいな。兵を全員引かせるんだ。こいつが暴れれば洒落にならん……ッ」
ばさばさと響く羽音に緊張感が否応なく高まる。
高まったのだが……。
「ニャーはははっ! 同胞をいぢめる人間めっ、このタール・ターマ八世様がやっつけてやるニャ!」
レッドドラゴンから聞こえた緊張感の無い声に、ン? と小首を傾げてしまった。おかしい。聞き覚えがある声なんだが?
ゆっくりと舞い降りてくるレッドドラゴンの背中を見れば、何かが上に座っているのが見えた。頭に二対の尖った獣耳を生やした、全身ふわっふわの真っ白な毛で覆われた獣人だ。
ドラゴンとまるで釣り合わない生き物の登場に、誰もが言葉を失う。
「……おい。何してるんだ、タマ」
頭痛を覚えながら、俺は慣れ親しんだヤツの愛称を口にした。