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012 オジサンと強敵

 横一列に並んだワイバーンの列を割いて、奴が姿を現した。

 真っ黒なシルクハットと燕尾服を纏った奴は、血の気の通わない真っ白な顔でこちらを見下ろし嗤った。肩まで伸びた金の髪が、顔色の悪さを余計に強調させていた。


「どォも! お久しぶりデスネェ、クレセントさァんッ!」

「うるせぇ。とっととこいつら連れて引け」

「そォんな、寂しいではありませんカァッ! 他人行儀になさらないでくださいヨォ! ワタシタチ、元! 仲間でショウ?」


 奴の唇が歪な弧を描く。

 同時に俺は剣を抜き、目の前の空間を袈裟切りにした。


 剣先の走った軌跡が煌めいて、それからワイバーンの首や胴体が吹っ飛んだ。断面から血は吹き出ない。それほどまでに鋭い渾身の一撃だ。


 だが、確かに刃の走った軌道上にいたというのに、奴は何ともない平然とした顔で宙に浮いたままだった。……まぁ、こちらとしてもこれ程度で殺せる相手だとは思っちゃいないから構わない。


「ア~ア。可哀そうにィ。ワイバーンなんかじャ駄目デスネェ。今度はコカトリスでも連れてきまショウカ!」

「何故コーチンに手を出した?」

「人聞きが悪いデスヨォ! 魔物としての本性ヲ思い出させてあげたのデスヨォ~! ア、クレセントさァんも思い出させてあげまショウカ? 魔物としての本性ヲ!」


 地を蹴り飛ぶ。

 奴の頭上まで跳ね上がり、上段に構えた剣を振り下ろす。

 頭の頂点から股座まで。一直線に切り裂いた。だが手応えは無い。

 眼前の奴は確かに唐竹割になっているというのに。


「ヒィィ! 相も変わらず恐ろしィーッ! デモ、弱くなりましたネェ?」

「!!」


 割れた奴の二つの唇が歪に音を鳴らす。

 超音波と化したその音が衝撃波と化し、俺を吹き飛ばした。

 斜めに吹き飛ばされた俺はレストランの屋根に身体をぶつける。ぶつかった衝撃で、屋根の一部が吹き飛んでしまった。

 瓦礫の中から立ち上がると、既に裂いた体をくっ付けた奴が、にたりと気色の悪い笑みを浮かべていた。


「今日はご挨拶に来ただけデスヨォ。パーティーは三日後デェス!」

「わざわざご挨拶、痛み入るね。だが悪いが三日後まで待てねェよ。今ここでお前を斬る」

「セッカチは嫌われますヨォ~? それにィ良いンデスカァ? 今ここで、ワタシが本気を出してモォ……?」


 奴の視線が俺の背後へ向く。

 守るべき対象を巻き込むことは、出来れば避けたい。………確かに分が悪いか。


「マァッ! 今のクレセントさァんなんてェ、ワタシが本気を出すまでもありませんケドネェ! それでハ、女王陛下様にィよろしくお伝えクダサイヨォ~! 撤収ゥー!」


 生き残ったワイバーンを引き連れて、奴は悠々と立ち込める霧の中に姿を消していった。

 ワイバーンが足にぶら下げていた岩石が落ちる。ズシンと重たい音を響かせて、置き土産だと言わんばかりにまた一つ大通りに穴が増えた。




「なに……今の。魔物なの……?」


 様子を窺っていた聖女さんが、恐る恐るレストランから顔を出す。

 その顔には明らかな恐怖が見て取れて、申し訳ない気持ちで一杯になった。


「ニュームーン。魔軍のまとめ役みたいなのだな」

「それっ、激ヤバじゃん! オジサン、そんなの相手によく無事だったね……?」

「まぁ、それなりに鍛えてるから、ね」


 聖女さんの顔から僅かな疑念が見て取れる。

 奴との会話を聞かれてしまったのだろう。……だが、今は俺から何かを語るつもりは無い。


「うぉっ、屋根に穴が!」

「あ! すまん! 弁償するよ!」

「隊長さん、金持ってンのかよ……?」

「持ってるって、ごめんって~」


 自分でも呆れるほどに下手くそな誤魔化しをして、聖女さんから距離を取る。

 背に聖女さんの何か言いたげな視線を感じるが、自ら振り向くことは無い。

 ようやく姿を現した兵士たちと入れ替わるように、俺達は城へ向かって歩き出した。



 今日は城の正門の警備にあたっていたのか。昨日、知り合った隊長殿が居たお陰で、俺達はすんなり城内へ戻ることが出来た。

 シノと料理長は、知人の安否が気になるからと城には入らず、ここで一度お別れとなった。


「隊長さん、桜ちゃん。気を付けてね」

「志乃さんも……」


 シノと料理長が立ち去るのと入れ替わりに、次は大神官カイルが姿を現した。

 酷く張りつめた顔をしていたが、俺と聖女さんの姿を見るなり、その表情に安堵を浮かべた。


「聖女様、クラトス様、ご無事でしたか……」

「あぁ。そっちは。城に被害は出たか?」

「いえ、奴らはシノ様の店の周囲にのみ、被害を与えていった様なのです」


 現聖女と元聖女を同時に襲った……?

 狙いは魔王の心臓じゃないのか? 

 真意は測りかねるが、良くない状況になりつつある事だけは分かる。


「奴ら、三日後に仕掛けてくるつもりだ。……が、実際は三日以内に攻めてくるだろう」

「三日以内?」

「ああ、魔物ってのは嘘を吐く生き物だ。絶対に言ったことは守らない」

「成程。では、僕は早急に迎撃態勢を整えます。いまこの城を中心に女王陛下が防御結界を張られています。範囲を城壁内までに狭めることにより強度を上げ、国に残る民を全て守るおつもりです」


 聞けば今から順次、観光客や一般市民を隣国へ移動させる手はずになっているそうだ。陸路も空路も関係なく、国の所持する移動手段の全てを用いて避難させるらしい。

 襲撃を受けたのがほんの一部であったことも影響してか、特に被害の出なかった地区では各地区に設けられている巨大地下シェルターに避難する者も多いという。その広さは地上の都市と変わりがなく、完全な地下街と化していると聞く。

 城郭都市故に、いざという時の備えは驚くほどに万全だ。


 しかし被害を受けた地域では、恐怖で身動きが取れなくなる者も相当数いる状況となっていた。

 女王様はそんな彼らの為に、この城を避難所として開放することを決めたという。別棟に建てられた兵士の宿舎、広い城内の一、二階の全てを用いれば、収容が可能となる算段だ。


「分かった。俺は女王様と聖女さんを守る」

「よろしくお願いします。……聖女様、このような事態に巻き込んでしまい、誠に申し訳ございません」


 カイルが沈痛な面持ちで聖女さんに頭を下げる。

 聖女さんはまた酷く困惑した顔で、小さく頷くだけだった。

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