011 オジサンと緊急事態
聖女さんとシノが打ち解けるのは、あっという間のことだった。
シノの方が年齢が上とは言え、同郷のよしみであるというのが非常にでかいのだろう。二人はまるで昔からの友人だったのではないかと思うほどに、親し気に話に花を咲かせていた。
俺? 聖女さんの今置かれている状況を軽く説明して以降、放置です。はい。
「意外と聖女ってあっちこっち出られるんですね。閉じ込められちゃうのかと思った!」
「お祈りさえこなせば大分自由にさせてもらえるよ。お陰様で、彼とデートも沢山できたしっ」
「いいなぁ~~っ! 異世界で運命の出会いなんて少女漫画すぎる!」
「彼に出会えたから私も耐えられたと思うし、ここに残る決意が固まったの。あっ、そうそう。ちゃんと願いも叶えてもらったんだよ?」
「あっ、それ。その話、良ければ詳しく聞かせてください!」
背筋を正した聖女さんの顔付が、爛々としたものに変わる。
そりゃあ、一番気になるよな。願いが叶うなんて話は。
シノも居住まいを正して、こほんと小さく咳払いをする。自分の経験談を後輩に伝えられるぞという喜びと緊張が、こちらにも伝わってくるようだった。
「ちょっと信じてもらえないかもしれないんだけど、聖女としての任期が終わると、神様が現れるんだよ」
「神さまぁ……?」
「もちろん私も信じられなかった。でも、一瞬で連れて行かれた真っ白な世界。そこに佇む人の形をした光。……何でかな。それが私をこの世界に送った神様だってすぐに分かったの」
荒唐無稽とも言える話だが、それを語るシノの顔は真剣そのものだった。
聖女さんも俺も、黙り込むしかない。
「神様は私にねぎらいの言葉を贈った後に、帰るかどうかを尋ねて来たの。私は彼のこともあったから、残る選択をした。そして最後に、願いを一つ叶えましょうって。だからね、私、彼と同じだけ心身ともに年を重ねる状態にして欲しいって頼んだのよ」
「……んん? 年を、重ねる……?」
「うん。私達聖女はこの星に居る間、どれだけ月日が経っても年を取らないんだよ」
「ナニソレ初耳なんですけど!? オジサン知ってた!?」
「そりゃあ、シノを見てたからね。知ってるさ」
「じゃ、教えてよ!」
「いや、昨日、女王様からそこんとこの説明も受けたのかなぁ~って思ってさ?」
「聞いてないよ~! 歳も取らない上に願いも叶えてもらえるとか、聖女最強では!?」
テンションを上げた聖女さんが舞い上がる。
まぁね、不老が女性の夢であることは俺にも分かる。
しかし勘違いをしてはいけない。
「言っておくけど、不死ではないんだ。そこんところは気を付けるように」
「そうなの? あぁ、死んだ聖女様もいるんだっけ……。そっか、死ぬときは死ぬのか……」
テンションの乱高下が激しい聖女さんである。
そんなころころと表情を変える聖女さんを見つめるシノの目付きはとてもやわらかい。そこにシノが聖女として活動していた在りし日の姿が重なって、少しだけ俺も感傷的な気持ちになった。
「いきなり違う世界に飛ばされて、私も最初は凄く困ったし帰りたかった。でも、この世界の人たちはとても優しくて、私も沢山優しくしてもらったの。だからね、私も同じ優しさを返したいって思ってるんだ。桜ちゃん、私の時よりも大変な状況みたいだから、もしも私に出来ることがあれば言ってね。お手伝いさせて欲しいのよ」
「志乃さん~~っ!」
半泣きになった聖女さんが勢いよく立ち上がる。
足早にシノの隣に座ると、そのままシノの体にギュッと抱き着いた。
「ありがとうございます~っ! 私っ、志乃さんに会えて良かった~!」
「私もだよっ、桜ちゃんに会えてとっても嬉しい!」
シノもまた聖女さんを抱きしめて、二人して喜びを分かち合っていた。
新旧聖女による、心の洗われる尊い光景だなぁ……。俺までついほろりとしてしまう。
――ドォンッ!
穏やかな空気が破られたのは、一瞬の出来事だった。
外から響いた場に似つかわしくない轟音を耳にして、俺は即座に立ち上がった。
同時に血相を変えた料理長が乱暴に戸を開け、室内に飛び込んできた。
「おいッ! 逃げるぞッ!」
「なにがあった?」
「魔物が攻めてきた……! 奴ら、急に現れやがったぞ!」
「なんだと!?」
急に現れたという料理長の言葉に、嫌な胸騒ぎを覚える。
その証言が真実だという心当たりがあったのだ。
魔力で作り出した霧を通して、あらゆる場所へ現れる魔法。その使い手は、コーチンに手を出した奴だ。
場の空気が凍り付く。
突然の轟音に固まったままの聖女さんの顔を見ると、俺と視線があった途端にハッとして動き出す。
「逃げましょ、志乃さん!」
「ええ! あなた、バイトのみんなとお客様は?」
「もう先に逃がした。残ってるのは俺達だけだ」
それなら良しと、シノも慌ただしく動き出す。
裏口を行くよりも正面から出た方が早いというので、俺達は急ぎ店の正面出入り口へ向かった。
再び響く轟音と地響きの中、俺が先頭を切って外へ出る。
「ッ、こいつは……」
目に飛び込んだ光景に思わず舌打ちが漏れる。
ブロックで綺麗に舗装されていた大通りはぽっかりと穴が開き、周囲に瓦礫を巻き散らしていた。穴は一つや二つではない。広範囲にわたり抉られていて、無差別的な攻撃であることが伺い知れた。
上空を見上げれば小型の翼竜・ワイバーンが群れを成し旋回しているのが見える。あの種のワイバーンは特別な攻撃手段は持たないが、足の力がとにかく強い。巨大な岩を持ち運び、地上へ向けてそれを落として回ったことは明白だろう。
今も尚、岩をぶら下げたワイバーンが飛行を続けている。こちらへ迫る前に逃げた方が良さそうだ……!
「足元の状態が悪い。気を付けてくれ」
「城へ向かえば良いか?」
「そうだ。すぐに城から兵士たちが駆け付けてくれる筈だ。そいつらと合流するんだ」
「分かった」
料理長が頷いて先頭を走る。その後ろをシノと聖女さんが追い、俺が殿を務める。筈だったのだが。
「うっ!」
料理長が低く呻き声を上げ、その足を止めた。急降下してきたワイバーンに行く手を阻まれたのだ。
剣を抜き、ワイバーンを斬ろうとするも、今度は聖女さんから悲鳴が上がる。
「後ろも上も! 囲まれちゃってるよ、オジサン!」
やけに統率の取れた動きで、ワイバーンたちは俺達をあっという間に囲い込んでいた。まるで俺達が出てくるのを待っていたような。そう錯覚させる程の手際の良さだ。
とは言え、たかがワイバーンだ。
一呼吸の間に一閃、首を全て同時に斬り落せば問題ない。
「みんな下がってくれ。一気に片付ける」
三人とも急ぎ足でレストランの中へ戻っていく。
全員が室内に入ったのを確認して、俺は剣の柄に手を掛けた。
肺一杯に空気を吸い込み満たす。吐き出すと共に斬り払う――!
「アアーッ! ッとォ! 幾ら替えの利くワイバーンとは言えェ、ムヤミヤタラと斬り刻むのは止めて頂けますカネェーッ!」
上空から響いた耳障りな声に、俺は動きを止めた。