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010 オジサンと二人の聖女さん

「すごっ! 海外旅行に来てるみたいっ!」


 翌日。聖女さんたっての願いで城下町の散策に出た。

 今日訪れているのは、城下町の中でも一番賑わっている南の区域である。

 城の正門から南区域の出入り口門までまっすぐ伸びた大通りには、幾つもの商店が連なっている。南区域は観光地としての側面も強く、衣食住を賄う商店が多く展開されていた。大通りを行き来する人も多く、常に活気にあふれている場所だ。


「あそこ、すごい行列。なになに? 人気店なの?」

「ン? あぁ、あそこか」


 聖女さんが指差したのは、大通りに面した洒落た店構えのレストランだった。


「レストラン・ラピュセル。丁度、君を連れて行こうと思ってたんだ」

「そうなの? めっちゃ洒落たランチとかスイーツがあったり? 愉しみ~!」

「料理もなんだけど、他にもね」

「えー、何だろ。店内が超可愛いとか? 早く行こっ!」


 俺の返事を待つこともなく、聖女さんはラピュセル入店列の最後尾に向かって駆け出した。

 人気店だけあって結構な行列だが、聖女さんは気にする様子もなく平然とした顔で並んでいる。むしろ、二十分程度で入れそうだし楽勝だねとまで言うのだ。

 うーむ、聖女さんのいた世界では、行列が当たり前なのだろうか。


「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」


 いよいよ順番が回ってきて、店内に足を踏み入れた途端。威勢のいい言葉が飛んできた。


 赤味がかった茶髪を頭上の高い位置で括り上げ、清潔感のあるシャツと白いエプロンを身に着けた女性が立っている。結んだ髪の根本にくくられた黄色いリボンが、まるでウサギの耳の様にも見えた。


 彼女は客が俺だと気が付くと、元々大きい瞳を更に丸くして、あっと大きな声を上げた。


「隊長さん! 遊びに来てくれたんですか!?」

「よっ、久しぶり。繁盛してるね」


 店内の客の視線が一斉に注がれることも気にせず、彼女は声に大にして喜びを露わにした。


「なんだあのオッサン、シノ様となんであんなに親しいんだ?」

「隊長? なんのだぁ?」


 ついでに俺にも注目が集まってツライ!

 思わず顔に出てしまったのか、客からシノと呼ばれる彼女は顔を赤くして縮こまってしまった。


「す、すみません……隊長さんに会えたのが嬉しくてつい」

「いいよいいよ、こっちこそ連絡も無しに申し訳ない。席、いいかい?」

「えぇ、どうぞ! お二人、ですか?」


 シノが俺の少し後ろに並ぶ聖女さんを見て、不思議そうな顔をした。

 まぁ、こんなオジサンがこんな若い娘さん連れて歩いていたら、そりゃ驚くよな。

 俺は身を屈めると、そっとシノに耳打ちをした。


「そう。こちら、君の後輩聖女さん」

「え、えぇぇえ~っ!!」

「いやだから声でかいって!」



 折角並んだのだからと店中の視線を浴びながら食事をした後、シノに連れられて俺達は店の奥へと足を進めた。

 関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉の奥。そこは広い客間の様で、床一面に敷き詰められたタタミと呼ばれる物の上に、足の短い立派なテーブルが置かれていた。


「えっ!? 畳? なんで!?」


 その光景に誰よりも驚いていたのは聖女さんだった。


「お、聖女さんはタタミを知ってるのか」

「知ってるっていうか、家にあるのが普通っていうか」

「わっ! そうかなって思ってたけど、貴女、やっぱり日本人なのね! あ、どうぞこちらへ」


 聖女さんの言葉に、シノが目をきらきらとさせて反応する。

 シノに促されそれぞれテーブルを囲んで座ると、シノと聖女さんはどちらも自然と正座をした。どうやらこのタタミという物は、馴染みがある人にとっては正座で座るのが当たり前のものみたいだ。勉強になるね。


「いきなりで驚きましたよね。私、野々宮(ののみや)志乃(しの)って言います。貴女の二代前の聖女です」

「いィっ! 元・聖女様!? しかも日本人の!? ああっ、私、小鳥遊(たかなし)桜です!」

「桜さん! 嬉しい……っ、まさか同郷の人に会えるだなんて!」


 余程嬉しいのだろう。シノは浮かべた笑顔の目元を潤ませている。

 ちらりと隣に座った聖女さんを見ると、こちらも強い衝撃を受けているのか。目を大きく見開き、胸元で握った手を震わせていた。


「私こそ驚きました……! こんなファンタジーの世界で同じ地球の、しかも日本人に会えるなんて奇跡的すぎますよ~!」

「ほんとっ! 今度はどんな子が聖女になったのかなって気になっていたの。それがまさか日本人! しかも隊長さんも一緒だなんて!」

「ああ。なんとか引き続き、護衛部隊の隊長やらせてもらってるよ」

「志乃さん、オジサンとも知り合いなんですね! ……ん? 志乃さんって元・聖女なんですよね? 聖女って任期満了したら帰れるんじゃ……」


 興奮状態から一変。

 元・聖女であるシノがまだこの世界に残っているという事実に気がついて、聖女さんの顔色が悪くなる。

 ……そう。まさに今日、聖女さんをシノに会わせた理由はそこにあった。


「私、帰らなかったんです」

「帰らなかった!? 帰る帰らない、選べるんですか!?」

「そうなんですよ。私も任期が終わる瞬間まで知らなかったんですけど、ここへ残るかどうか。私達、聖女の意志で選べるんです」

「へぇ~……! で、どうして志乃さんは帰らなかったんですか?」

「それはですね」


 少し頬を朱に染めたシノが、照れた様子を見せる。

 と、同時に、関係者以外立ち入り禁止と書かれていた扉が開いた。

 空いた扉から顔を出したのは、目付きの鋭い恰幅の良い男性だった。彼の姿も久しぶりに見たな。


「シノ、お客さんか? ……って、隊長じゃねェか! 久しぶりだな!」

「よう、料理長。相変わらず元気そうで何よりだ」


 彼は元・祈りの塔の食事関連全般を手掛けていた料理長だ。

 そして今はシノの旦那さんで、シノと二人でこのレストランを切り盛りしているという訳だ。


 どうやら聖女さんも察したらしく、ニマニマと笑みを浮かべてシノと料理長を交互に見ていた。


「あぁ~、なるほどぉ~~? 異世界でのラブロマンス! そういうのも有りかーっ!」


 他人事だというのに物凄い笑顔で聖女さんがはしゃぎ出す。

 この年頃の女の子がこういう話が好きなのは、異世界とか関係ないもンなんだなぁ。

【余談】前聖女の志乃と料理長は、短編『聖女はお寿司が食べたい』の二人だったりします。

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