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ダンスレッスン

 それから5日が過ぎ、リリスはようやく自分の足で立ち上がり、自由に行動できるようになった。ベッド生活からの解放は、思った以上に気分を軽くしてくれた。


 昼食前の1時間ほどは、40歳のダンス教師であるマダム・エリーナから簡単なステップや姿勢の矯正を教わる。その時間はわずかだが、リリスにとって新しい日常の重要な一部となりつつあった。マダム・エリーナは、引き締まった体つきと優雅な動作が印象的な女性で、薄紫色のシフォン生地のドレスに黒いベルベットのケープを羽織っている。アクセサリーは控えめだが、耳元には品の良い真珠のイヤリングが輝いていた。その落ち着いた声は、あお葉に奇妙な安心感を与える。なんとなく職場のお局様を思い起こさせた。


 レッスンを終えたリリスは、昼食までの自由時間を使って、王宮の中庭へと足を運んだ。冬の冷たい空気が頬をかすめるが、それも心地よい。白い石で作られたテラスの縁に腰掛け、庭を眺めながら物思いにふける。


 リリスの服装は、淡いブルーの長袖ドレスに、肩からカシミアの白いショールを軽く羽織ったものだ。袖口には繊細な刺繍が施され、ドレスの裾には小さな銀の刺繍が煌めく。腰には、控えめなシルバーのバックルが付いた細いベルトが締められ、全体に上品で可憐な印象を与えている。耳には小さなサファイアのピアスが揺れ、髪は軽く編み込まれたハーフアップでまとめられていた。


「……お父さん、お母さん、わか菜……」


 前世の家族の顔が、ふと浮かぶ。ベッドで過ごしていた間、何度か思い出しては涙を流した。あの突然の事故で別れた日、伝えきれなかった感謝や愛情――その後悔が胸に残る。しかし、一人暮らしに慣れた生活だったので、まだ実感は薄かった。


(次はもっとちゃんと生きてみせる。あの家族に報いるためにも、私は陰キャを卒業するんだ)


 自分にそう言い聞かせ、あお葉は小さく息を吐いた。冷たい冬の空気が、その息を白く染める。


 少し離れた場所には、控えめな距離で立つリリスと同年代の侍女がいた。彼女は淡いグレーのシンプルな制服に、黒いエプロンを合わせ、肩に薄いウールのマントを羽織っている。髪はきっちりと後ろでまとめられており、リリスの視線に気づくと、小さく微笑みを浮かべて深々と頭を下げた。その控えめな態度は、まだリリスに敬遠する気持ちがあるのか、それとも単に職務的なものかは分からない。


 リリスはそんな侍女の姿をぼんやりと見つめつつ、次に何をするべきか考えていた。王宮の図書室に足を運んでみようか、それとももう少し外の空気を吸って気分を整えようか――新しい生活が、少しずつ始まろうとしているのを感じていた。

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