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媒介

 重く閉じられていた瞼を開けたとき、目の前にはゼノンの険しい顔があった。彼の瞳には微かに安堵の色が見えたが、それ以上に厳しい決意を秘めたような光が宿っていた。


「まずはお目覚めになられたことを祝福いたしますぞ」

 そう言いながらも、彼の声には緊張が滲んでいる。あお葉――いや、この時点ではまだ自分が「リリス」であることを完全には受け入れられていなかった彼女は、ぼんやりとゼノンを見つめるだけだった。


「これからお伝えすることを、どうかしっかりと聞いてくだされ」

 ゼノンの低く重い声が、静寂を切り裂く。彼は慎重に言葉を選びながら語り始めた。


「蘇生魔術は、禁術とされている。その理由は、命を呼び戻す行為が大いなる存在の目に留まり、災厄を呼び込む危険性があるからなのだ」


「あ、災厄……?」

 ようやく一言返したあお葉だったが、声は弱々しく、自分でも驚くほど掠れていた。それでもゼノンは話を続ける。


「災厄とは、五魔王――嵐の魔王、地震の魔王、火山の魔王、津波の魔王、砂嵐の魔王――のいずれかが、蘇生された者に目を付けることで引き起こされます。そして、その者は魔王の眷属として堕とされる可能性がある」

 ゼノンの言葉はどれも具体的だったが、転生直後で状況を把握できていなかったあお葉には、脳内でクルクルしているだけだったのだ。


(嵐の魔王? 地震の魔王? なにそれファンタジー……いや、これがファンタジー世界なんだ。そりゃそうだよね)


 混乱しつつも、半分夢を見ているかのような感覚の中で、ゼノンの説明は続いていた。


「幸い、現時点ではその兆候はない。しかし、国のためにも、警戒を怠るわけにはいかないのだ。今後、周囲に異常が現れる場合は速やかに協力してもらうぞ」

 そのときのあお葉は、自分が蘇生されて再び「リリス」として生きることになるという重大な事実を飲み込むだけで精一杯だった。そのため、この話の重要性を深く理解するには至らなかったのだ。


(あのときは混乱して話半分に聞いていたけど……今こうして考えると、かなり厄介な状況に置かれているんじゃないの、私)


 あお葉は現状を冷静に分析し始めた。五魔王とやらが本当に存在し、何かのきっかけで自分を狙ってくる可能性があるとすれば、この世界での生活は決して穏やかではないだろう。


「リリス様」

 レイヴンの声が思考を遮るように響いた。

「ゼノン様が仰っていた災厄の件、私としても可能な限り調査を進めています。ただ、もし異常な現象に気づかれることがあれば、すぐにご連絡をお願いします」

 彼の視線は真剣そのものだった。リリス=あお葉はその眼差しを受け止めながら、小さく頷いた。


「わかりました。何かあればすぐにお伝えします」

 この異世界で「リリス」として生きる決意を固めた彼女は、災厄という試練にも向き合う覚悟を少しずつ整え始めていた。


 レイヴンはリリスの言葉に静かに頷き、さらに続けた。

「それから、ゼノン様が特に懸念しておられたのは、災厄を引き寄せる『媒介』についてです。蘇生術が禁術である理由の一つに、この媒介の存在があります。リリス様に関わる何かが魔王たちの目に留まる可能性がある。それが、呪いとも言われる所以です」


「媒介、ですか?」

 リリス=あお葉は困惑を隠しきれなかった。媒介という言葉が何を指すのか、具体的なイメージが湧かない。それは物なのか、それとも彼女自身に付随する何かなのか。


「はい。それが何かはまだ特定できていません。ただ、災厄の兆候が現れる前に、それを特定し、対処することができれば、と考えています」

 レイヴンの言葉に、リリスは深く息を吸い込んだ。五魔王、災厄、媒介――いずれも現実離れしているが、今この世界で直面するのはそれらだ。そして、その世界で「リリス」として生きていく以上、彼女には責任がある。


(でも、媒介が何かって全然検討もつかないし……この話、どこから手を付ければいいのよ)


 リリスは内心のぼやきを飲み込みつつ、次の行動を模索する。

「まずは、災厄の兆候について詳しく教えていただけますか? どのような異常が起きる可能性があるのか、具体的に知っておきたいです」

 その質問に、レイヴンはわずかに目を細めた。

「嵐の魔王の場合、突然の暴風雨や雷の多発。地震の魔王なら、地殻変動や建物の異常振動。火山の魔王は火山の活性化や地熱の上昇……といった具合です。自然災害のような形で現れるのが特徴です」

 聞きながらリリスは、現代日本の知識を引っ張り出して、頭の中で整理してみた。


(自然災害そのものじゃない……。でも、それが魔王の力に繋がるってこと? 思ったより物騒なんだけど)


「ありがとうございます。兆候についても、気をつけておきます」

 そう答えると、レイヴンは満足そうに微笑み、軽く頭を下げた。その仕草が不思議と礼儀正しく映り、彼の魅力がまた一つ強調された。


「では、何かありましたら、いつでもお呼びください。私は、いつでもリリス様の力になります」

 そう言って退出するために踵を返そうとするレイヴンを、リリスは慌てて呼び止めた。


「レイヴン殿、ひとつお願いがあります」

 彼が振り返り、その灰色の瞳がまっすぐにリリスを見つめる。


「五魔王について、できるだけわかりやすく、メモにして説明していただけると助かります。少しまだ、知識が私の中で整理しきれていなくて……」

 その言葉に、レイヴンは少し意外そうな表情を見せたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「承知しました。次回は、よりわかりやすい資料をお持ちします。それでは」

 礼儀正しく退出する彼の姿を見送りながら、リリス=あお葉は深いため息をついた。


(さて、災厄の兆候も気になるけど、今後どう動いていくべきか、しっかり計画を立てなきゃ)


 呪い、媒介、災厄、そして五魔王。この異世界での新たな日常は、どうやら嵐の予感を孕んでいるようだった。

 レイヴンが退出した後、リリスはしばらくその場に座ったまま、呆然と考え込んでいた。五魔王の話や媒介の存在、災厄の兆候――情報が一度に押し寄せてきたことで、頭の中が混乱している。


「ちょっと情報が多すぎるわ……」

 あお葉としての感覚で思わずため息をつきながら、リリスは顔を手で覆った。異世界転生のテンプレートとはいえ、こんなに一気に試練を押し付けられるなんて想像していなかった。


(でも、ここで慌てても仕方ないわね。少し落ち着いて、まず頭を整理しないと)


 そう考え、リリスは近くに控えていたマーシャを振り返った。彼女は先ほどのやり取りの間ずっと控えめに待機しており、リリスが自ら声をかけるのを待っていたようだった。


「マーシャ、ちょっと休みます。ごめんなさい、色々お願いしちゃったけど、今はこれ以上考えられそうにないの」

 リリスの言葉に、マーシャは柔らかく微笑んだ。その顔にはどこか安堵の色が浮かんでいる。


「ええ、リリス様。お疲れのようでしたら、ゆっくりお休みくださいませ。先ほどのお話――体力回復の軽い運動と果物中心の食事は、すぐに手配いたしますのでご安心を」

 丁寧な言葉遣いに、あお葉は少しだけ気が楽になった。


「ありがとう、マーシャ。本当に助かります」

 マーシャは静かに頷くと、寝室の明かりを一つずつ丁寧に消していった。


「では、失礼いたします。何かございましたら、いつでもお呼びください」

 そう言いながら、マーシャは静かに退室していく。その姿が部屋の扉の向こうに消えると、リリスはふぅっと息を吐いた。


「さて、もう頭がパンクしてるわ」


 あお葉の感覚がそう囁く。慌ただしい一日を終え、リリスは静かにベッドに横たわり、目を閉じた。やがて、周囲は完全な静寂に包まれ、安らかな眠りが訪れた。

 この先に待ち受ける試練を知る由もなく、リリス=あお葉は、次の日への力を蓄えるための時間を過ごしていた。

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