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最初のステップ:王宮内の探索

「リリス」の記憶から、王宮の構造や人間関係について大まかなイメージは掴めているが、実際に自分の目で確認しなければ正確な判断はできない。


(まずは、王宮内を探検してみよう。どの立場を取るべきか、考えるための材料が必要だわ)


 あお葉は、王宮のどこが安全で、どこが危険なのか、誰が友好的で、誰が敵対的なのかを把握するつもりだった。特に、他の王族や侍従たちとの距離感を知ることが急務だ。


 信頼できる味方を作る。


 次に考えるのは、人間関係の再構築だ。リリスはこれまで内向的でおどおどしていたため、明確に味方と言える存在はほとんどいなかった。


(でも、私にはマーシャがいる。彼女はきっと頼りになるはず)


 薄目の視界で、黙々と部屋の片付けをしているマーシャの背中が見る。彼女は30歳という年齢で、リリスに仕える侍女の中でも最古参の存在だ。厳しくも献身的で、何より長い間リリスのそばにいてくれた。その経験と忠誠心は何にも代えがたい武器になるだろう。


(まずは、彼女を味方につけよう)

 そう心に決めた瞬間、あお葉は瞳を開けた。


「……リリス様、目を覚まされましたか?」

 マーシャが気づいて、優しい声で話しかけてくる。その言葉に、あお葉はそっと微笑んだ。


「ええ、マーシャ……ちょっとお願いがあるのだけど、聞いてくれる?」

 マーシャの驚いた顔を横目に、あお葉――いや、リリスはこれからの計画を静かに進め始めた。


 マーシャは目を伏せて、やや気まずそうにリリスの近くへ歩み寄った。彼女の風貌はどこか落ち着いた美しさを備えていた。柔らかい栗色の髪をきっちりと後ろでまとめ、控えめな白いレースのヘッドドレスをつけている。その瞳は深い青色で、長年の経験からか冷静さと知性を感じさせた。身に着けているのは、淡いグレーの侍女服で、ウエスト部分はしっかりと絞られ、全体的に清潔感のあるデザインだ。スカートは足首が見える程度の長さで、足元には上質な黒い革靴を履いている。


「マーシャ、これからも私の味方でいてくれる?」

 そう問いかけると、マーシャの表情が一瞬固まり、その後で深く頭を下げた。


「……リリス様。申し訳ございません。私がもっとしっかりしていれば、あのようなことには……」

 その言葉にリリス=あお葉は、思わず眉を寄せた。マーシャの声はいつになく低く、そこには深い悔恨が滲んでいる。


「どういうこと?」

「リリス様がご自身を……あのようなことに及ぼうとされた時、私は気づけませんでした。侍女としてあるまじき失態です。本当に、申し訳ございません……」


 リリスの自殺――その言葉が、頭の中で響いた。記憶の断片の中には、自分自身を断つような暗い感情が確かにあった。だが、それを他人に詫びられることは、あお葉にとって完全に予想外だった。


「……そんなの気にしなくてよろしくってよ」


 自分でも驚くほど柔らかい声が出た。マーシャが驚いたように顔を上げるのを見て、あお葉はさらに言葉を続ける。


「それよりも、これからのことを考えましょう。まずは、私の体力を少しずつ戻したいの。軽い運と、それから食事は果物中心にしてくれる? 無理のない範囲でいいわ」

 マーシャは一瞬目を見開いたが、すぐに微笑みを浮かべ、小さく頷いた。


「かしこまりました。リリス様のために最善を尽くします」

 その瞬間、ノックの音が室内に響き渡る。リリス=あお葉は、意識的にゆっくりと顔を向けた。マーシャが扉を少しだけ開けて顔を覗かせ、丁寧に一礼する。


「リリス様、魔法省次官のレイヴン様がご面会を希望されています。お許しいただけますでしょうか」


 あお葉は一瞬驚きつつも、その名の響きから、どんな人物が現れるのか想像を巡らせた。次官という肩書から察するに、相当な地位の持ち主なのだろう。

「……どうぞ」

 慎重にそう告げると、マーシャが再び一礼し、扉を大きく開ける。静かに足音を立てながら入室してきたのは、一人の青年だった。


(あら、イケメン。これは異世界転生モノじゃなくて、恋愛モノ? それともラブコメのパターンかしら?)


 心の中で思わず反応してしまうリリス=あお葉。しかし、その青年、レイヴンは、彼女の心情に全く興味がないかのように、冷静な態度を崩さずに口を開いた。


「リリス様。魔法省次官のレイヴン・アルトワーズと申します。ご記憶でございますか?」

 レイヴンは礼儀正しく名乗ると、彼女に視線を向けた。その瞳は深い灰色を帯びており、どこか冷静で知的な光を宿している。何も覚えていないあお葉は微妙に気後れしつつも、王女としての品位を意識し、軽く頷いて応じた。


「レイヴン殿ね。よろしくお願いします」


「突然の訪問をお許しください。先日ゼノン殿から伺ったお話について、詳しいお話をさせていただく必要があると判断しました」

 その瞬間、リリス――あお葉の胸に、緊張が走った。「ゼノン」という名は、彼女にとってまだあまり馴染みのないものの、自身が蘇生された際に関わった人物であることは記憶している。


「蘇生魔術に伴う災厄、ですか?」

 意図的に冷静さを装いながら問いかけると、レイヴンは真剣な表情で頷いた。


「はい。ゼノン様は、リリス様の蘇生を成功させました。しかし、記録に残るどの事例にも共通して、蘇生術を施された者の周囲には、少なからず異常な現象が起こる可能性が報告されています」


「異常な現象、とは?」


「例えば、自然環境の急変、不自然な動植物の死滅、そして、災厄を呼び込む存在の出現……」

 その言葉に、あお葉は息を呑んだ。背筋に冷たいものが走る感覚を覚えながらも、必死で自分を落ち着ける。


(災厄を呼び込む存在って、何よそれ。異世界のヒロインは苦労が多いとはいえ、突然のこんな展開は厳しくない?)


 だが、ここで弱音を吐くわけにはいかない。リリスとして生きる決意を固めた以上、立ち向かわなければならないのだ。


「そのような現象が起きる可能性があるとすれば、何か防ぐ手立てはあるのですか?」

 リリス=あお葉の問いに、レイヴンは少し驚いたような顔を見せた。しかしすぐに真剣な表情に戻り、静かに答える。


「正直に申し上げると、完全に防ぐ術はまだ解明されていません。ただ、発生する災厄の兆候をいち早く察知し、対応することが重要です。ゼノン殿もそのように仰っていました」


 それを聞きながら、あお葉は心の中で新たな計画を練り始めていた。自分にできることは何か、この異世界でどう生き抜くべきなのか――。


 リリス=あお葉は、レイヴンの話を聞きながら、ふと記憶の奥底から浮かび上がる光景に意識を引きずり込まれた。あれは、蘇生術によって目覚めた直後のことだった。

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