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リリスの記憶

 リリス=前田あお葉は、ベッドに横たわりながら目を閉じていた。薄暗いまぶたの裏で、リリスとしての断片的な記憶が次々と浮かび上がる。その記憶を、あお葉は自分のもののように感じながら、静かに整理しようとしていた。


 部屋の中では、マーシャが忙しなく動き回っている。ベッド脇のテーブルに置かれた水差しを交換したり、リリスのために花を飾ったりと、甲斐甲斐しい姿がちらちらと視界の端に映る。しかし、あお葉は眠っているふりを続け、思考に没頭した。


 リリスとしての記憶――そこには、王宮での幼い頃の思い出が鮮やかに刻まれていた。



【エピソード1:折れた人形】

 まだ5歳だった頃のリリスは、現王の側室ロザリーのもとで静かに暮らしていた。ロザリーは感情豊かで愛情深い母親だったが、宮廷内ではその地位が低く、ほかの侍従たちから軽んじられることが多かった。リリスは、そんな母親からもらった小さな陶器の人形を宝物のように大事にしていた。


 ある日、その人形を持って中庭で遊んでいると、ふとした拍子に転んでしまい、人形の片腕が折れてしまった。涙ぐむリリスの前に、近くにいた侍女たちが冷ややかな視線を投げかけてきた。

「そんなもの、また買ってもらえばいいでしょう。」

「側室の子なんて贅沢なものを持つべきじゃないのよ。」

 その言葉に、リリスは声を上げることもできず、ただ俯いたまま人形の腕を必死に握りしめた。母ロザリーにその話をすると、彼女はそっとリリスを抱きしめ、涙を拭ってくれた。


「ごめんなさいね、大事なものを守ってあげられなくて。でもね、リリス、あなたの優しい心は、きっと大切な人に届く日が来るわ。」

 その言葉はリリスにとって慰めであり、同時に心の奥に影を落とす出来事となった。



【エピソード2:侍従の嘲笑】

 7歳の頃、宮廷の広間で開催された小規模な宴に参加する機会があった。まだ幼いリリスは、華やかな衣装に身を包みながらも緊張でいっぱいだった。

 その宴で、リリスは第一王子アーサーや第一王女イレーヌのように堂々と振る舞えず、片隅で縮こまっていた。その姿を見たほかの侍従たちが、影でこっそりと笑い声をあげるのを聞いてしまった。


「さすが側室の子。立派な見た目でも、中身は平民と変わらないのね。」

「本当に王女様なのかしら?あんなに頼りないなんて。」

 幼いリリスはその言葉にショックを受け、宴が終わるまでほとんど動けなかった。帰り際、母ロザリーがその様子に気づき、何も言わずにリリスの手を握りしめてくれた。その温かさが、せめてもの救いだった。



【エピソード3:鳥籠の中の小鳥】

 10歳の頃、リリスは宮殿の庭園で見つけた傷ついた小鳥を自室で世話したことがあった。小さな籠の中で翼を癒やすその鳥を、リリスは毎日観察し、愛情を注いだ。しかし、鳥が元気を取り戻す頃、侍従の一人がその鳥を庭園に戻してしまった。


「勝手に飼うなんて、王女様らしくありませんよ」

 その冷たい声に、リリスは何も言い返せなかった。鳥が飛び去る姿を見送ることしかできず、ぽつりと呟いた。

「私も鳥籠の中にいるのかな……」


 それ以来、リリスはさらにおとなしくなり、自分の感情を外に出すことを避けるようになっていった。

 あお葉はこれらの記憶を思い返しながら、リリスという少女が抱えていた孤独と哀しみを痛感していた。


(こんな子だったんだ、リリスって……)


 生まれながらの環境によって押しつぶされるようにして、リリスは「おどおどして線の細い王女」として育ったのだ。それを知れば知るほど、あお葉の胸には奇妙な感情が芽生え始めていた。それは、同情、憤り、そして……守りたいという衝動だった。


「リリス様、もう少しお休みになられてくださいね」

 マーシャの静かな声が耳に届く。眠っているふりを続けながら、あお葉は心の中でそっと決意した。


(私がこの人生を生きるなら、もっと強いリリスになってみせる。この子のためにも)


 心の中でそう決意した瞬間、あお葉の中にある「前田あお葉」としての自己意識が、リリスという存在と徐々に馴染んでいくのを感じた。この人生はリリスのものだけれど、今のリリスを形作るのは自分――そんな奇妙な感覚だった。


(さて、どうしようか。この状況をどう切り抜けるか、計画を立てなくちゃ)


 目を閉じたまま、あお葉は次にすべきことを考え始めた。


 まず、現状を把握することが必要だ。


「リリス」としての記憶はある程度甦ってきたけれど、彼女の人間関係や立場、そして現在の状況はまだ全貌が掴めていない。

(これが乙女ゲームなら、私はできる悪役王女。まあ、バッドエンド一直線だろうけど、それはそれで面白そう。でも、そんな物語的な展開にはなりそうにないわよね……)

 少しばかり自嘲気味に微笑む。乙女ゲームのような物語であれば、立場の悪い王女が悪役として勇者やヒロインに追いやられる展開もあり得る。あるいは、神様からもらったチート能力で無双する冒険者になることだって夢じゃない。しかし、現状を見る限り、そんな派手な展開は期待できそうにない。


(じゃあ、地に足をつけてやるしかないか)


 次に、現代知識をどう活用するか。


「現代の知識」といっても万能ではない。あお葉自身も、それが歴史の授業や教養レベルに限られたものだということを自覚している。だが、この世界の王宮での生活において役立つこともあるかもしれない。

(幸い、私は現代の受験戦争を乗り越えてきたんだから、多少の分析力はある。あと、社会人経験も……あんまり役立ちそうにないけど)


 思わず苦笑いする。日本の事務職として積んだ経験が、ファンタジー世界の王宮でどこまで通じるのか。少なくとも、この世界ではパソコンもインターネットもない。それでも、整理整頓や効率的な計画立案といったスキルは役に立つはずだ。

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