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リエンベルグの町

リエンベルグの町

 位置: アルセリオン王都から南へ1日の距離に位置する中規模の町。

 人口: 約3,000人。商業と農業が中心の町で、街道沿いにあるため旅人や商人の往来が多い。

 町の特徴:

o石畳の大通りには屋台や小さな商店が並ぶ。市場は活気があるが、最近は治安の悪化が噂されている。

o中央広場には大きな噴水があり、その周りに宿屋、酒場、雑貨店、鍛冶屋が立ち並ぶ。

o宿屋: 「緑のランタン亭」が最大の宿屋だが、商人たちの宿泊で満室。リリス一行は小さな宿屋「風見の羽」に泊まることに。ここは設備が簡素だが、清潔で食事も良質。

o領主の不在: 領主は隣町での会合のため不在であり、家令が町を管理しているが、影響力は弱く、最近は盗賊やならず者が町外れに出没しているという噂もある。



「エルフの里を出たいという理由だけで、私たちに加わったの?」

 リリスの軽い口調が食堂に響く。温かなランプの光が木目のテーブルを優しく照らし、料理の湯気がほのかに立ち上っていた。質素だが清潔なこの食堂には、リリス一行以外の客は数組ほど。談笑する声が心地よい雑音となっている。

「……まあ、そんなところです」

 エアリスがパンをちぎりながら肩をすくめた。

「私たちエルフは長命だけれど、ずっと里の中で生きるのも、正直退屈なんです」

「だからって、わざわざ魔王の眷属に従うとはねぇ」

 リリスはスープの中の野菜をかき混ぜながら笑った。

「リリス様の捜索隊という名目で里を出たのに、王都にたどり着いたとたんに用済みなんですから」サリスが肉の塊を口に運ぶ。

「手ぶらで里に戻る訳にもいきません」

「なんか、ごめんなさい」

 リリスは、ついつい本音が出てしまう。

「正直言って、武術はまだまだだけどな」イルヴァが冷やかす。

 手はあくまで冷静にナイフとフォークを使い、肉を切り分けていた。その態度には微塵の油断もない。

「そういう向上心は悪くないですよ」ミィナが微笑み、テーブルの上に置かれた水差しを手に取る。

「ですが、今夜はゆっくり休んでください。明日も旅は続きますから」


「リエンベルグの町って、思ったより静かで落ち着いた雰囲気ですね」

 エアリスが窓の外に視線を向けた。夜の帳が町を覆い始め、遠くで馬車の車輪が石畳を打つ音がかすかに響いていた。

「まあ、王都に近い割には小さな町だし、あまり騒がしい場所じゃないのかもね」

 リリスはパンをかじりながら答える。その口調はどこかあお葉の地が出た軽さがあり、他の皆もすでに慣れてきたのか、特に驚く者はいなかった。

 それでも、獣人の二人とエルフの二人の間には、まだどこかにわずかな距離感が残っていた。種族の違いによるものか、あるいは単に時間が必要なだけかもしれない。

「それにしても、ここの料理、なかなかいけるわね」

 リリスはスープの最後の一口を飲み干し、満足げに息を吐いた。

「明日の朝も楽しみだわ」

 食事を終え、全員が順に部屋へと戻るころには、すでに夜も更け、町の通りからは人の声も途絶え始めていた。




 町の外れの細い路地には、暗闇に紛れるように数人の男たちが集まっていた。擦り切れた外套をまとい、顔を深くフードで隠している。彼らの目は、夜目に慣れた獣のように鋭く光っていた。

「準備はできたか?」低く押し殺した声が闇に響く。

「ええ、裏口は開けてある。宿の主人には口止め済みだ。報酬も払ったから、邪魔はしないはずだ」

「なるべく騒ぎは起こすなよ。標的はあの王女だ。生きたまま連れ帰れば、あの旦那様からたんまりと報酬がもらえる」

「へへっ、わかってるさ」

 男たちは短剣や縄を確認し、音を立てぬよう慎重に宿へと近づいていった。宿の裏口は錆びた鉄の取っ手が静かに回り、音もなく扉が開く。先頭の男が慎重に足を踏み入れ、後に続く者たちも物音を立てないように廊下を進む。

 床板のきしみさえ押し殺すように歩を進め、彼らは2階へと向かった。月明かりの差さない廊下は漆黒の闇だが、彼らの目には部屋の扉がはっきりと見えていた。

「……三つ目の部屋だ。王女はあそこだ」

 最前の男が短剣を抜き、他の者が縄を手に構える。ドアノブに手が掛かる瞬間、男の指先がわずかに震えた。しかし、それは興奮のせいではなく、肌を撫でるような冷たい感触のせいだった。

「なんだ……?」

 次の瞬間——廊下の奥に光が生まれた。微かな、しかし鋭い光。それは風を裂く刃のごとく空間を斬り裂く予兆だった。

「——誰だっ!」

 男が短剣を構えたその瞬間、空気が一瞬にして張り詰めた。

 風が唸る音と共に、襲撃者たちの心臓は凍り付いた。

「下がってろ!」

 鋭い声と共に、エアリスの指先から風の刃が放たれた。目に見えない一閃が廊下の闇を裂き、先頭の男の短剣を吹き飛ばす。金属が壁に叩きつけられる音が響いた。

「な、なんだこいつらは!」

 動揺する男たちの間を、サリスの影が跳んだ。褐色の肌が一瞬だけ月明かりに照らされ、次の瞬間には彼女の足が男の顎を蹴り上げていた。鈍い音が響き、男が後方に吹き飛ぶ。

「くそっ、やっちまえ!」

 残る男たちが短剣を構え、襲いかかる。だが、エアリスは一歩も退かない。両手を広げると、指先の先で風の魔法が渦を巻き始めた。

「《風壁》!」

 透明な壁のように空気が凝縮され、男たちの攻撃を防ぐ。短剣がその壁に触れた途端、風の力で弾き返され、バランスを崩した男たちの隙を突いてサリスが飛び込んだ。

「はぁっ!」

 槍こそ持たないものの、鍛え抜かれた体術は彼女にとって十分な武器だった。拳が一人の腹に深くめり込み、膝蹴りが別の男の胸を打ち抜く。残った二人も立て続けに叩き伏せられ、数秒もかからずに廊下は静寂に包まれた。

「終わり、か」

 サリスが息を整えながら周囲を見渡す。倒れた男たちは全員気を失っており、もはや動く気配はない。

「悪くないわね」

 エアリスが軽く息をつき、手を下ろすと風の壁が消えた。

 その様子を廊下の影から見ていたイルヴァは、腕を組んで静かに言った。

「……まあ、今回は、二人の試験のようなものだ」

 その言葉にサリスが眉をひそめる。

「試験?」

「我々の任務には、常に危険だと思っていてくれ。戦う力だけでなく、状況判断や冷静さも必要だ。今回の戦いで、その資質は十分に示された。だが、油断するな。次はもっと強敵が現れるかもしれん」

「ふん、望むところだ」

 サリスは口元を拭いながら笑った。

「私はむしろ、リリス様の豪胆さに驚きです……」エアリスが呟いた。


 その頃——。


 リリスは柔らかなベッドに身を沈め、穏やかな寝息を立てていた。

「ん〜……中生……もう一丁……」


 あお葉の地がそのまま夢に現れているのか、呆れた寝言を口にしながら、リリスは朝まで一度も目を覚ますことはなかった。

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