目覚めた先に待つもの
意識がぼんやりと浮上していく。まるで深い湖の底から這い上がるような感覚だった。目を開けると、そこには見慣れない天井が広がっていた。暗い石造りのドーム状の天井に、ぼんやりと光を放つ青白い魔法陣のような模様が浮かび上がっている。
(ここは……どこ?)
前田あお葉はゆっくりと頭を持ち上げた。すると、身体中にずしりとした疲労感が襲ってくる。反射的に肩に触れると、そこには柔らかなシーツがかけられているだけだった。背筋に冷たい空気が触れ、彼女は自分がほぼ裸同然の状態であることに気づく。
「――っ!?」
あお葉は慌てて身体を縮こまらせた。目の前には、低くて大きな台座があり、その表面には複雑な紋様が施された絨毯が敷かれている。その中央に彼女は横たえられていたのだ。さらに、部屋全体を見渡すと、重厚な家具や棚が並び、壁には無数の本や奇妙な道具が置かれていた。
「やっと目覚めたか」
低く落ち着いた声が耳に届く。あお葉が声の方に顔を向けると、そこには長身の男性が立っていた。冷ややかだがどこか品のある佇まい。黒い長髪を後ろで束ねた彼の鋭い金色の瞳が、真っ直ぐこちらを見つめている。彼の着ている黒と紫を基調とした豪華なローブは、明らかにただ者ではない雰囲気を漂わせていた。
「……えっと、あなたは……?」
声が震える。目の前の状況に対応しきれず、言葉が自然と口からこぼれた。
「ゼノン。魔導士だ。そして、今のお前を救った者でもある」
ゼノンは冷静に答えながら、手に持っていた小さなガラス瓶をこちらに差し出してきた。瓶の中には、淡く輝く青い液体が揺れている。
「飲め。まだ完全には回復していない。」
戸惑いながらも、あお葉はその瓶を受け取った。冷たいガラスの感触が、彼女を少しだけ現実に引き戻す。
「これは……?」
「回復薬だ。飲めば身体の調子が戻るだろう。もっとも、完全に元通りになるには時間がかかるがな」
ゼノンの言葉に促されるまま、あお葉は瓶の中身をゆっくりと口に含んだ。ほんのり甘い香りが鼻をくすぐる。そして液体が喉を通った瞬間、身体の中に温かさが広がっていく感覚を覚えた。
「……本当に効いてる……?」
信じられない思いで自分の手を見つめる。その手はわずかに震えていたが、さっきまでの重だるさは薄れている。
「当然だ。適当に作ったものではないぞ。さて――」
ゼノンが口を開いた瞬間、あお葉は彼を遮るように言葉を絞り出した。
「ここは……どこですか? それに、私はどうしてこんな状態で……」
目の前の状況を理解しようと、必死に言葉を繋げる。ゼノンはしばし無言で彼女を見つめてから、静かに答えた。
「ここはアルセリオン城の魔法部屋。お前は死の状態でここに運ばれてきた。私が蘇生魔術を行ったのだ」
アルセリオン城――聞き覚えのないその名前に、あお葉はさらに混乱する。
「ちょっと待って! そんな場所、聞いたこともないんですけど……それに私、なんでこんなところに――」
言葉が途切れる。頭の中で、異世界ファンタジーに登場するような風景が次々と浮かび上がる。それと同時に、自分の身体がいつもと違うことに気がついた。腕も足も細く華奢で、まるで誰か別人のようだ。
「……これ、私の身体じゃない……?」
震える声で呟いたその言葉に、ゼノンはわずかに眉をひそめた。
「なるほど。記憶が混乱しているか。まあ、無理もない。今のお前は、リリス・エステル・アルセリオン――この国の王女だ」
ゼノンの言葉に、あお葉は思考が止まるのを感じた。目の前の事態が飲み込めず、ただ呆然と彼を見つめる。
「王女……? 私が?」
目を見開く彼女に、ゼノンは静かに頷いた。
「そうだ。だが、すべてを理解するには時間が必要だろう。今は落ち着け。お前がここに来た理由も、身体の真実も、ゆっくりと説明してやる」
その言葉に、あお葉――いや、リリスは深く息をつき、ようやく少しずつ状況を受け入れる覚悟を決めた。