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エルフの塔

 エルフの里を目指し、山岳地帯の冷たい風を切り裂くように滑空しているのは、一羽の巨鳥「カアレン」だった。体躯は人間ほどあり、鋭く湾曲した翼は薄灰色に染まり、飛行中に風を反射するたび銀色に輝く。その瞳は琥珀色で、周囲を余すところなく見渡しながら、細やかな羽の動きだけで巧みに高度を調整する。


 彼ら風鷹は、王国でも最も遠距離のメッセージを運ぶために訓練されており、魔法と自然の双方の力を受けた存在だ。星の半周ほども飛ぶため、鷹としては巨大である。時折、翼の端から風の細かな流れが霧のように舞い上がり、彼の進む道を祝福するようにきらめいていた。


 高くそびえる山々を越えたカアレンは、眼下に広がる谷間を見下ろし、次の目標地点を確認した。遠くにエルフの里の象徴とも言える白い塔が見え始めている。その途中、彼の視線はふと地上で訓練を続ける二人の少女に向いた。


 エアリスとサリスの稽古場は、広い草原の中にぽつんとある開けた空間だ。カアレンは風に乗るように静かに高度を下げながら、その場を通過していく。地上のサリスが空高く跳躍する瞬間、彼女の褐色の肌と強い脚力に感心するかのように、カアレンはわずかに進行方向を変える。続いて俊敏な動きで彼女の攻撃を避けるエアリスの姿も一瞥する。その緑髪が朝陽に輝き、カアレンの鋭い視線をわずかに捉えた。


「今のは……鳥?」

 エアリスがふと空を見上げた。彼女の視界に入ったのは、翼を広げて堂々と滑空していくカアレンの姿だった。人間ほどの大きさで、優雅に飛行する姿は、ただの鳥にはない威厳が感じられる。


「カアレンだな。ゼノン様からの通信かもしれない」

 サリスが冷静に応え、戦闘体勢を一時緩める。その瞬間、カアレンはさらに速度を上げ、再び高空へと戻っていった。エアリスとサリスの上空を越えたカアレンは、まるで見えない地図の線をなぞるように進路を調整し、エルフの里の長老が住む家を目指して飛び続ける。


 やがて、エルフの里全体が見渡せる高度に到達したカアレンは、風の流れに身を任せながら、白い塔と長老の家が近づくのを確認した。その精密な視力と優れた飛行技術で、任務の最終地点に降り立つ準備を整え始める。


 長老の家の屋根の上に羽ばたきながら降り立つカアレン。その動きには疲労の色は微塵もなく、伝えるべきメッセージをしっかりと保持している。周囲を静かに見回した後、その大きな嘴からひときわ澄んだ鳴き声を響かせ、長老たちの注意を引いたのだった。



 翌朝、澄み渡る青空の下、エアリスとサリスはそれぞれの村長から急ぎ呼び出された。白い塔へ向かうよう告げられた彼女たちは、別々の道を進みながら塔へと集う。他にも同じように呼び出された、エルフの若手たちの姿が次第に集まり始めていた。


 白い塔は、エルフの里を象徴する建築物であり、里全体の中心地に位置していた。その白亜の壁は光を反射して輝き、天を目指すかのようにそびえ立っている。塔の周囲には緑豊かな庭が広がり、その中には高く茂った古樹や色鮮やかな花々が並んでいた。


 塔のふもとに広がる広場には、すでに数名のエルフたちが到着していた。彼らはみな30歳以下の若手で、戦闘技術や魔法の訓練を受けた者ばかりだ。遠距離から矢を放つ得意な射手、治癒魔法を操る者、さらには剣術に秀でた者など、多種多様な特技を持つ顔ぶれがそろっていた。


 エアリスは村長の言葉通り、塔へ急ぎながら、周囲の風景を横目で見ていた。普段の訓練場とは違う雰囲気に、心の中で緊張が高まる。塔の前に到着したエアリスは、すでにそこに立っている数名の若者たちに軽く頷いて挨拶した。


 一方、サリスもまた褐色の肌を日に輝かせながら到着した。その堂々とした立ち姿と鋭い目つきは、周囲のエルフたちの視線を引きつけた。彼女はエアリスの姿を見つけると、片手を軽く上げて合図を送り、ゆっくりと近づいた。


「やっぱりお前も呼ばれたか」

 サリスが口を開くと、エアリスは小さく頷いた。


「ええ、村長から言われて来たの。何のためかは分からないけど」

 彼女たちが話をしている間にも、塔の周りにはさらに若手のエルフたちが集まってきた。彼らは皆、期待と緊張が入り混じった表情を浮かべながら、塔の扉が開くのを待っている。


「それにしても、この人数……何か大きなことがあるみたいね」

 エアリスが周囲を見渡して呟く。サリスも頷きながら、少し険しい表情を浮かべた。


 その時、白い塔の扉が音を立ててゆっくりと開いた。扉の向こうから現れたのは、威厳ある装いをしたエルフの長老たちだった。長老の一人が、澄んだ声で集まった若者たちに告げた。


「よく集まってくれた。これから説明を始める。まずは塔の中へ入ってくれ」

 集まった若手エルフたちは次々と塔の中へ足を踏み入れていく。エアリスとサリスも互いに目を合わせると、言葉を交わすことなく、静かに塔の中へ入った。明かりが灯された石造りの廊下を進み、これから何が語られるのか、期待と不安の中で心を引き締めていた。


 広間の前方、演壇に立つ最長老の姿が目に入った。エルフの里でも最も尊敬を集める存在である彼女は、すでに250歳を超えていた。その白銀の髪は長く後ろに流れ、金と緑の糸で織られた優雅なローブが、その気品ある姿を一層際立たせている。長い耳は年齢を感じさせるわずかな皺が刻まれていたが、その鋭い眼光には、若き日と変わらぬ威厳と知性が宿っていた。


 広間は白い塔の中でも最大の空間で、エルフたちの集会に用いられることが多い。高い天井には複雑な文様が彫られ、中央のシャンデリアが淡い光を放っている。壁沿いには古代のエルフたちの栄光を描いたタペストリーが掛けられ、その静かな威厳が空間全体に満ちていた。


 若手エルフたちは演壇に注目しながらも、ざわめきや小声の会話を交わしていた。

「……ゼノン殿って、あのゼノンか?」

「アルセリオン王国の魔導士で、長老の弟だったはずだ」

「嵐の魔王って、まだ実在してるのか?」

 そんなささやきが飛び交う中、最長老が厳かに口を開いた。彼女の声は、広間の隅々にまで届くよう澄み渡り、瞬く間に静寂が広がった。


「エルフの若者たちよ、集まってくれたことに感謝する」

 彼女は広間をゆっくりと見渡した。その目は、集まった一人ひとりの顔を捉えているかのようで、誰もが背筋を伸ばす。


「アルセリオン王国のゼノンより、正式な依頼が届いた。その内容は、第三王女が嵐の魔王に略奪された可能性が高く、その捜索に我らエルフから10名の参加を求める、というものだ」


 その言葉が広間に響いた瞬間、再びざわめきが生まれた。

「嵐の魔王だと?」

「そんな相手にどう立ち向かえというんだ……」

「それが本当に事実なら、一大事だ」


 最長老はざわめきを制するように手を軽く上げ、再び語り出した。

「嵐の魔王についての詳細は、古代から語り継がれてきた言い伝えにすぎない部分も多い。しかし、ゼノン殿は、これを軽々しい噂とは考えていない。それゆえ、この依頼が届いたのだ」

 彼女は一瞬、視線を演壇に立つ自らの足元に落とし、わずかに息をついてから続けた。

「この捜索は、エルフの里にとっても良い試練となるだろう。我らの知恵と勇気を試される場となる。今ここにいる者の中から、志願者を募りたい。名乗り出る者は、まず手を挙げよ」

 広間は再び静まり返った。誰もが真剣な表情で長老の言葉を噛み締めている。エアリスとサリスも互いに目を見合わせ、緊張と期待が入り混じった面持ちで、次の瞬間、決めた。


 二人は頷き合い、迷いなく右手を高く挙げた。その動きは、まるで前もって打ち合わせていたかのように息がぴったりで、彼女たちがどれほど強い絆で結ばれているかを如実に示していた。広間の空気が一瞬変わる。エアリスの鋭い金の瞳、サリスの琥珀色の瞳が、それぞれ強い決意を湛えていた。


 その様子を見ていた若手たちの中から、一人、また一人と手が挙がる。

「私も参加します!」

「自分も名乗り出ます!」

 最初に挙げた二人に続くように、次第に勇気を奮い起こした者たちが加わり、広間に立つ手は計七つになった。最長老はそれを見て、微かに満足げな表情を浮かべる。


「よくぞ名乗り出てくれた」最長老は、挙手した者たちを順に見渡しながら、深く頷いた。

 一方で、広間の後方では、名乗りを上げない者たちが気まずそうに視線をそらしたり、俯いたりしていた。


「嵐の魔王か……」

「太古から恐れられている存在に、立ち向かえるのか?」

 そんな囁きがかすかに聞こえる。最長老はそれを静かに見つめ、彼らを責める様子はなかった。ただ、再び柔らかな声で語りかけた。

「参加することをためらうのは自然なことだ。嵐の魔王の名は、古くから恐怖の象徴として語り継がれてきた。しかし、ここにいる全員に覚えておいてほしい。この試練は、我らエルフの未来にも関わる重要な使命であるということを」


 言葉を区切り、挙手した七名に向き直る最長老の目は鋭く光る。

「さて、名乗りを上げた者たちよ。明日、日の出とともに出発の準備を整えるのだ。詳細な計画は後ほど伝えるが、いずれにせよ、困難な旅になるだろう。それでも、今決意を変える者はいないか?」


 その問いに、七人全員が静かに首を横に振った。エアリスとサリスはお互いの顔を見て頷き、再び真剣な表情で最長老を見つめる。他の五人も、どこか覚悟を決めたような表情を浮かべている。


「よろしい。では、参加者はこの場に残り、他の者は広間を出てよい」長老がそう告げると、後方で控えていた若手たちは少しホッとした表情で退出していった。広間に残されたのは、七人と最長老を含むエルフ族の重鎮たち。これから始まる運命の旅に向けた具体的な話が、静かな空間の中で進められようとしていた。

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