王都の状況
窓の外では、嵐の爪痕を修復するために人々が忙しく動き回っていた。だが、幸いなことに大きな被害はほとんど見られず、王都は元の活気を取り戻しつつあった。
「王都が無事だったことは、不幸中の幸いだ」
王の間には、王レオナルト・アルセリオンが厳然と座していた。その鋭い眼光と堂々たる風格が部屋全体を支配している。深紅のローブに金の刺繍が施されたその服装は、彼が王であることを象徴していた。
その横には魔導士ゼノンが控えている。痩身で、白髪と深い皺が刻まれた顔は年老いて見えるが、その紫色のマントと幾何学模様が散りばめられた衣服は、彼の高位の魔導士としての威厳を示していた。腰には魔杖を差しており、その先端は微かに青い光を放っている。
さらにその隣には、魔法大臣と魔法省次官のレイヴンが並んで立っている。魔法大臣は中年の男性で、淡い青色の法衣に身を包み、銀縁の眼鏡をかけている。その落ち着いた表情の裏には緻密な計算が見え隠れする。一方、レイヴンは若いながらも精悍な顔立ちで、黒の簡素な制服を身につけている。彼の鋭い瞳が王の言葉を一瞬たりとも見逃さないと示しているようだった。
監察部長は小柄な中年女性で、顔に刻まれた深い皺がその人生の苦労を物語っている。焦げ茶色のスーツに身を包み、メモ帳を握る手は落ち着きがないが、その目には冷静な光が宿っていた。
軍務大臣は豪快な風貌の壮年の男で、短髪に整えた髪と顎髭が特徴的だ。鎧を模した深緑の礼服がその存在感をさらに引き立てている。広い肩幅と逞しい腕が、彼が戦士としての過去を持つことを物語っていた。
部屋の静けさを破ったのは扉の開く音だった。重々しい音とともに現れたのは、憔悴しきったマーシャだった。彼女はリリスの専属侍女頭として、長年仕えてきたが、今はその自信が完全に崩れている。顔色は青白く、目の下にはくっきりとした隈があり、髪も乱れがちだ。薄汚れたエプロンを着けたままの姿が、いかに急いでこの場に呼び出されたかを物語っている。
マーシャは、罰を受ける覚悟を決めていた。リリスの身に起きた異常事態に自分の不注意が関わっているのではないかという恐怖が、彼女の身体を震わせている。彼女が王の前に跪き、かすれた声で言葉を発するまでの時間は、部屋にいる全員にとってもどかしいほど長く感じられた。
「マーシャよ。そなたを叱責するつもりはない」
王レオナルトは、柔らかな口調でマーシャに語りかけた。その声には、王としての威厳と共に、長年リリスの側近を務めた彼女への信頼が滲んでいた。
王の言葉に少し安堵した表情を見せたマーシャだったが、その顔にはまだ緊張が残っている。王の示唆に従い、この件の調査を主導するレイヴンが、低いが明瞭な声でマーシャに尋ねる。
「報告の通り、嵐の轟音の中で、部屋の明かりがすべて消え、恐ろしい気配を放つ何者かが浮かんだということだな。そして、侍女たちが気を失った、ということですね」
「はい……」
マーシャの返事は小さく、それでも確信を込めたものであった。しかし、その声の中には、自分が力不足だったという後悔も含まれている。
「姫様の消息について、わずかなこと、微かなことでもいい。何か、思い出したことはないか」
レイヴンがさらに問いかける。冷静な彼の声は、マーシャに責める意図がないことを明確に伝えていた。
マーシャは深く息を吸い込み、意を決して語り始めた。
「意識が遠のく中でも、リリス様をお守りしようと必死でした。最後に……何か、獣のような匂いを嗅いだ気がしました。……あの、リリス様のために、どのようなことでもご下命ください」
必死な思いを振り絞り、王とレイヴンに訴えるマーシャ。その言葉には、彼女の忠誠心がはっきりと現れていた。
「うむ、その時は頼むぞ」
王は短くそう答え、穏やかに手を振ってマーシャを退場させた。マーシャは深々と一礼し、背を向ける。その背中はやや小刻みに震えていたが、彼女の足取りには、どこか再び役に立つという決意が感じられた。
マーシャが去ると、ゼノンが一歩前に進み出て、王に向き直った。
「やはり、予言詩の通り、嵐の魔王による拉致と思われますな」
彼の顔には苦渋が浮かんでいる。
「五魔王の眷属は獣人が多いと聞きます。嵐の魔王の居城は南方にあるという言い伝えがありますが、確実な位置は太古から不明です。ここは、私の故郷であるエルフの里の者たちを捜索隊に加えることをお勧めしたい」
ゼノンの言葉に、王は軽く眉をひそめた。
「そなたの里……エルフの力を借りるということか」
ゼノンは深く頷き、静かに言葉を続けた。
「我々エルフ族は、星の移ろいや魔力の流れを読み取る術に長けております。彼らと協力すれば、嵐の魔王の居城の手がかりを掴める可能性が高まるでしょう」
王はその提案を深く考え込むように、静かに目を閉じた。ゼノンがエルフ族長老の弟であり、魔法や知識の豊富な存在であることは、宮廷内でも広く知られている。長老の助けを借りることで得られる成果は確かだが、それには他国の警戒やエルフ族の負担も伴う。
「よい。ゼノン、早急に準備を進めてくれ」
王の決断は短く的確であった。その言葉を受け、ゼノンは深々と頭を下げ、行動に移るべく退出した。部屋の空気は再び緊張感に包まれる中、それぞれがこの危機に向けて自分の役割を果たすべく動き出した。




