あお葉の日常から異変まで
時計の針が午後10時を指し示す頃、前田あお葉はいつものように職場からの帰り道に立ち寄ったコンビニで買い物を終えた。寒空の下、袋を片手に小走りでアパートへと急ぐ。街灯が少ない通りを歩くあお葉の心は、仕事の疲れで重くなっていた。
あお葉は30歳、身長はやや低めで、取り立てて特徴はない。肩までの黒髪は艶を失いがちで、普段はまとめるのも面倒なのでそのまま垂らしていることが多かった。目元はやや大きく、どこか夢見がちな雰囲気を帯びた二重まぶた。だが、その瞳には最近の仕事疲れのせいか、少し影が差している。全体的に地味めな顔立ちだが、柔らかい印象を与えるのが特徴だった。
性格は控えめで人見知りがちだが、仲の良い相手とは冗談も言い合える気さくな一面を持つ。趣味は漫画やアニメ、ゲームなどオタク的な要素に偏っているが、それを他人に打ち明ける勇気はあまりない。特に「転生もの」の作品が大好きで、異世界に憧れる気持ちを密かに抱いている。
「はぁ、やっと終わった......今日も疲れた」
アパートに到着し、簡素な部屋の鍵を開けると、冷たい空気が彼女を迎える。部屋は1Kで、ベッドとテレビとパソコンの乗った小さなテーブル、壁際にはお気に入りのアニメグッズが並んでいた。壁には人気アニメのキャラクターが描かれた大きなタペストリーが掛かり、棚には丁寧に並べられたフィギュアがいくつもあった。部屋全体はオタク趣味が色濃く出ており、彼女にとっては唯一落ち着ける空間だった。
コンビニ袋から軽食を取り出し、電子レンジで温めている間に録画していたアニメを再生する。そのアニメでは、主人公が異世界に転生し、神様から与えられた「最強のチート能力」で敵を圧倒していた。戦闘シーンでは主人公が無双状態で、普通ではありえない力を駆使して仲間たちを助ける姿があお葉にはとても眩しく映る。
「こんな異世界に行けたらなぁ......なんて」
ため息交じりに笑みを浮かべながら、温めた食事を済ませると、あお葉はそのまま床に座り込んだ。アニメの主人公が仲間たちと笑顔で旅に出るラストシーンを見ていると、胸にはじんわりと温かな感情が広がった。
「現実でも、私にこんな力があれば......」
その時、突然――脳を貫くような激しい痛みが襲った。
「っ!? な、にこれ......」
痛みによろめきながら、あお葉は頭を抱え込んだ。視界がぐにゃりと歪み、全身の感覚が遠ざかっていく。聞こえてくるのは心臓の鼓動だけ。徐々に意識が薄れていく中、彼女の心に一抹の不安が過った。
(まさか、私も転生するなんて――そんなわけないよね......)
最後に目に映ったのは、テレビの画面に映る異世界アニメのエンディングシーンだった。