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襲来

 リリスの寝室は普段の優雅で落ち着いた雰囲気とは一変し、緊張感と不安に包まれていた。マーシャを筆頭に5人の侍女たちが部屋の中でそれぞれの役割を果たしながら、リリスを守るべく待機している。窓には厚い木製の扉が閉じられ、外の様子を完全に遮断していたが、耳をつんざく嵐の轟音、風の吹きすさぶ音、さらに何かがぶつかる鈍い音が室内にまで響き渡っている。


「こんな大嵐、この世界では初めてね」とリリスは思わず呟く。この異世界に来てから約1か月、あお葉だった頃の記憶が鮮明によみがえる。日本で経験した台風の直撃を思い出しながら、「案外似てるかもしれない」と、状況の深刻さを完全に把握しきれないまま、心の中で少しだけ楽観的な考えが浮かんだ。


 マーシャがリリスの側に近づき、穏やかな声で言った。

「リリス様、ご安心ください。まもなくゼノン様がお越しくださるはずです」


 ゼノンは最長老魔導士で、その名が出ただけで、侍女たちの間にも少しだけ安心感が広がった。しかし、その直後、部屋の中が突如暗闇に包まれた。


 ランプが一斉に消え、部屋中が漆黒の闇に沈む。侍女たちが驚きの声を上げる中、リリスは身を硬くした。目を凝らすと、暗闇の中でぼんやりと何かが浮かび上がって見える。


 それは不定形で、ゆらゆらと揺れる霧のような存在だった。鈍い緑色に光りながら、部屋の中心へと漂ってくる。冷たい空気が急激に部屋に満ち始め、リリスは思わず身をすくめた。


「な、何ですか……これは……?」若い侍女の一人が震え声で問いかけるが、誰も答えることができない。

 マーシャが素早くリリスの前に立ちふさがり、勇敢にも冷静さを保ちながら言った。

「リリス様、ご安心を。この部屋には私たちがついております。ゼノン様も、もう間もなく……」


 しかし、霧のような存在は、彼女たちの不安を嘲笑うかのように、じわじわとリリスの方へ近づいてくる。轟音を伴う嵐の音とともに、冷たい空気が部屋中を満たし、時間が止まったかのような感覚に囚われた。


 リリスは恐怖と不安に駆られながらも、かすかに胸に湧き上がる違和感を感じ取っていた。


「これは……ただの嵐じゃない。この霧、魔法……?」

 だがその言葉も空しく、霧は不気味な鈍い光を発しながら、さらにリリスに近づいてくる。その時、侍女たちが突然一斉に崩れ落ちた。まるで意識を奪われたかのように、全員が床に倒れ込む。


「マーシャ! みんな!」リリスは叫び声を上げたが、返事はない。

 霧が形を変えた。鈍い光の中から鋭い爪のようなものが突き出てくる。リリスは恐怖に凍りついた。冷たい空気が肌を刺すように感じられる中、時間そのものが凍りついたかのようだった。


 その時、扉の外から重い足音が響き渡った。「リリス様、開けてください!」鋭い声が呼びかける。ゼノンの声だ。しかし彼の声が希望を運ぶ前に、爪のような霧がさらにリリスの方へと伸びてきた。




 王宮の廊下は嵐の轟音に包まれ、外から吹き付ける風が石壁を震わせていた。寝室の扉の前には、ゼノンと十数名の近衛兵、そして数人の文官たちが緊張した面持ちで立ち尽くしている。


「ゼノン様、扉が開きません!」一人の近衛兵が報告する。

「ならば私がやる。」ゼノンが冷静に答えると、片手を掲げ、低い声で呪文を唱えた。手のひらからほのかな光が生まれ、それが複雑な紋様を描きながら扉に触れると、重々しい音とともに扉がわずかに軋みを上げた。


「いくぞ!」ゼノンの声に応じて、近衛兵の6人がすぐさま扉を押し開け、中に飛び込む。彼らは抜き身の剣を構えながら、室内を慎重に見渡した。


 続いてゼノンが部屋に入り、その後を追うようにさらに4人の近衛兵が入室した。レイヴンも後から追いつき、足早に部屋に入る。鋭い目で状況を把握しようとする。最後に、重い足音を響かせながら王と第一王子アーサーが入室する。


「状況はどうだ?」王が低い声で問いかけると、近衛兵の一人が急ぎ敬礼しながら答えた。「陛下、侍女たちが全員倒れていますが、外傷はありません。室内は……荒らされた形跡は少ないようです。ただ……リリス様が見当たりません。」


 ゼノンが近衛兵の報告を聞くと、すぐに室内を歩き回りながら、辺りを注意深く観察した。侍女たちは床に横たわり、皆、まるで深い眠りについているようだった。ランプが消えた暗がりの中、兵たちが明かりを灯すと、床には倒れた椅子や散乱した小物が見えたものの、大規模な破壊や暴力の痕跡は見当たらなかった。

「不自然ですな……」ゼノンが小さく呟いた。

「不自然というのはどういう意味だ?」アーサーが鋭く問い返す。

「破壊も略奪もない。それどころか、侵入者の痕跡さえ感じられない。だが、この嵐の中でこれほどの魔力の残滓があるのは異常だ」ゼノンの声には困惑がにじんでいた。


 王は一歩前に進み、意識を失った侍女たちの一人をじっと見下ろした。「彼女たちは魔法で眠らされたか?」


「その可能性が高いでしょう。毒や肉体的な攻撃ではないようです」ゼノンは王に向き直り、敬意を込めながらも真剣な表情で答えた。


「リリス様が……消えた。」レイヴンが部屋を見渡しながら静かに呟いた。

 その言葉が重く響き、室内に再び不穏な沈黙が訪れる。嵐の音が遠くから鳴り響く中、彼らは目の前の現実を受け入れるのに時間を要した。

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