第一話 冬は始まる(5)
「面倒な……」
清水に聞こえないように呟く。
どうすればいい? そう自問する。
答えは見つからない。さらに思考を続けてみる。だが答えは見つからず、焦りばかりが募る。
「む?」
思考に気を取られていたため、危うく火を通しすぎるところだった。
火を止めて器に移しだしたところで、手を止めた。バタバタという足音が聞こえたからだ。さらに続いて、勢いよくドアが開く音と、
「清水!」
高嶺の叫び声が聞こえた。
これ以上ないほどにベストなタイミングである。私が切り札をまだ見つけていない事を除けば、だが。
「清水、高嶺はこんなにもお前の事を心配しているが、それでも信じられないか?」
高嶺が殺気立った目で睨みつけてきたが、それは一瞬だけだった。おそらく、私の言葉と表情から、何故あのような事を言ったのか理解したのだろう。
「心配してくれるのは嬉しいわ。だけど私には……」
やはりこの程度では清水には届かない。
「隠している事があるから信じきれない、か?」
清水が今にも泣きそうな顔で頷く。
ここから先どうなるのかは、私にも分からない。
「秘密?」
高嶺の訝しげな声。
「…………」
清水は答えない。
清水が隠そうとしている以上、私から答えを言うつもりはない。ないが、ヒントぐらいは出させてもらう。
「誰にも話せないが話さなくては結婚出来ない秘密、だそうだ」
高嶺の頭は悪くないが、あのヒントで気づけるかは微妙なところだ。それでも高嶺が気づく可能性に賭けるしかない。
そしてその結果は――
「そんなのとっくの昔に知ってるよ」
私の勝ちだった。
「お前が隠そうとしてる秘密なら、どこぞのお節介な奴に教えられたよ」
高嶺は秘密の内容に確信を持っているようだったが、清水はそれを信じる事が出来なかった。
「嘘よ! あれを知っているのなら何で結婚してだなんて言えるのよ!?」
泣きながら、清水が叫ぶ。だが、高嶺はそれを意に介さず清水に近づく。
「来ないで!」
殴られる。それでも強引に近づき、高嶺は清水を抱きしめ、耳元で何かを囁く。おそらくは秘密の内容を。
「何で、それを知ってて結婚してだなんて言えるのよ……」
力無く清水が呟く。
「お前の事が本当に好きだからに決まっている。そうだろう、高嶺?」
高嶺が力強く頷く。
「俺がお前が好きだ。過去にお前が何をしていようと、この気持ちには関係ない。だから――」
一旦言葉を切り、大きく息を吸い込む。
「俺と――結婚してほしい」
清水は泣きながら、
「……うん」
輝くような笑顔で頷いた。
見つめ合う二人。完っ璧に私の事を忘れている。
「……君達」
ビクッ! と体を震わせてから二人がこちらを向く。
「武居……お前いたのか?」
「ああ、いたとも。最初からな。それにここは私の部屋だ」
私の怒りを感じ取ったのか、二人は大人しく離れる。
「全く……清水!」
「な、何?」
「そこの馬鹿のせいでせっかくの料理が冷めてしまった。温めなおしてやるといい。器は好きに使って構わん。鍵はここに置いておく。ポストにでも入れておけ」
「お前……出かけるつもりか?」
怪訝そうに高嶺が聞いてくる。
「そうだが何か問題でもあるか?」
高嶺は首を横に振った。
「何もない」
「では出掛けてくる」
コートを着、靴を履き、ドアを開けたところで私は立ち止まった。
「……一つ言い忘れていた事があったな」
「何だ?」
「私のベッドを使うなよ」
すぐに外に出て、ドアを閉める。中から、
「誰が使うか!」
という高嶺の怒声と何かがドアに当たる音が聞こえた。
言い忘れというか、あえて言っていない言葉ならあったが、それはすでに示してあるので気づくかはあの二人次第だ。
「気づかないに一万、といったところか……」
呟いてから私は、目的地へと歩きだした。