第一話 冬は始まる(2)
『もしもし!?』
電話ごしに焦りを含んだ声が聞こえてくる。
「高嶺、私だ」
『っ! 武居か! 清水がどこにいるか知らないか!?』
相当慌てているようで、少々声がうるさい。
「そう叫ばずとも聞こえるから少し落ち着きたまえ」
『……すまん』
「なに、人として当然の反応だ。気にすることはない……清水なら私の家にいる」
高嶺が息を呑む声が聞こえる。耳を離して大声に備える。
『やっぱりか……』
だが聞こえてきたのは、予想に反して小さな呟きだった。それも安堵を含んだ。
普通自分の恋人が親友の家を一人で訪ねたものならば、安堵など出来ないはずだが、この高嶺という男は違った。
高嶺は清水の事を深く愛している。これは電話に出た直後の慌てようが証明している。
ならば何故彼は安堵出来たのだろうか?
答えは単純だ。今までにも、同じような事が幾度もあったからだ。そのたびに頼られる私は、いいかげんうんざりしている。
「前回約束しなかったかね? こんな事態には二度としないと」
嫌味の一つも言いたくなると言うものだ。
『……済まない。努力はしてるんだがな』
力無く高嶺が謝った。追撃する予定だったが、さすがに哀れなので思い止まった。
「まあいい。君達もいい大人なのだから結婚してはどうかね? それで片付く問題なのだがね」
清水は毎回、高嶺の愛が信じられないと言って、私の部屋に来る。故に、結婚して高嶺が清水を離さなければいいのだ。これで十分に愛を証明出来る。
『……金がない』
「また随分と即物的な問題だ。金ならば貸してやるぞ? 当然無利子だ」
高嶺達は同世代では間違いなく稼いでいるほうだ。清水の性格なら貯金とてしているはずだ。
『……本当の理由は、清水が嫌がるからだ』
「清水がかね?」
『ああ、亮二の事は好きだけどまだ結婚したくない、だそうだ』
言うまでもないだろうが、亮二というのは高嶺の名前だ。
「理由は分かるかね?」
『……分からない。聞いてもはぐらかされる』
「確証がなくてもいい。心当たりはないのか?」
しばらくの沈黙の後に、高嶺が答える。
『……ない。お前にも分からないのか?』
「そうだな。分からん」
『いくら理屈好きのお前でも人の心までは分からない、か』
「君は何を言っているのかね?」
私は心底疑問に思った。
「人の心も理屈で測れる。ただ単に、いくつもの理屈を複合して考える必要があるだけだ。情報さえあれば清水の心とて分かる」
『なっ……』
高嶺が絶句する、
「私にとって人の心と料理は本質的に同一のものだ。例え同じ材料でも、味付けや調理法など、幾つかの要素で味が決まるように、心にも幾つかの要素がある、ただそれだけだ」
高嶺が私の言葉を飲み込む時間を与えてから話を戻す。
「余談が過ぎたな、話を戻そう。今回私が提案する解決方法だが……高嶺、お前は清水と別れろ」
『……は?』
「聞こえなかったか? 清水と別れろと言ったのだ」