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第8話 奪えるものは全部奪ってやる(ビアンカside)

 

 この日――初めての茶会は、体調を崩したミリオンの代わりにビアンカがセラヒムの相手を務めた。もちろんミリオンは病気などではなく、嘘だ。ビアンカは父母の協力を仰ぎ、この日のために使用人たちに口裏を合わせさせ、男心をくすぐる仕草や話術のレクチャーを受けていた。生来の知識欲に溢れるミリオンに、才覚では全く敵わない。だから、ひたすらセラヒムからの寵を得る事に尽力した。


(与えられるだけの環境に甘んじて、自分で掴み取りにいかないのは怠慢だわ。私はミリオンみたいな傲慢な甘ったれは嫌いよ。奪えるものは全部奪ってやるんだから)


 彼女らの目論見通り、以降の茶会はセラヒムとビアンカの為のものとなった。故にミリオンは、婚約式から婚約白紙撤回を申し受けるその日まで、ただの一度も顔を会わせないことになった。


 ミリオンの母が実家の伝手を辿り、冷血な夫から愛する娘を護るために必死で取り付けたプロトコルス公爵家との婚約。それは、本人が関わらぬうちに、ミリオンの母が最も遠ざけたかった者たちと、まさかの婚約者令息本人の手によって崩されてしまっていたのだった。



 そして婚約式から1年後の、ミリオンが15歳のデビュタントを迎える今年。本来なら茶会で仲を深めたセラヒムとミリオンは、プロコトルス公爵家が持つ爵位の一つを譲り受け、揃って未来の伯爵と伯爵夫人としての本格的な教育をプロコトルス家で受け始めることとなっていた。


 その事実を悲し気に目を伏せたセラヒムから告げられたビアンカは、殊更大袈裟に、悲痛に眉を寄せて声をあげた。


「セラヒム様、このままでは聡明でお美しい貴方様と、あの愚鈍で凡庸な義妹との結婚が為されることになってしまいます! そのような不条理をっ……このオレリアン伯爵家の長子である私が認めるわけには参りませんわ!」

「あぁ、可愛いビア。けれどこれは祖母と、あの娘の母親が取り決めたことなんだよ。祖母は未だ公爵家で強い発言力を持っている。悲しいことに、私だけの力ではどうにもならないこともあるんだ」


 苦し気な笑みを浮かべたセラヒムの視線は熱を帯びて、既に愛称で呼ぶ仲となったビアンカを見詰める。望まぬ運命に翻弄される苦しみを堪えて、愛しげな微笑みを向ける恋人に、ビアンカも顔を歪ませる。


「だからビア? 無理をしてはいけないよ」


 台詞に似つかわしくない、低く告げられた言葉に、ビアンカがハッとして顔を上げる。逆らうことを許さない、傲慢な者特有の声が自分に何かを命じた――そう気付いた彼女は、力強い頷きを返す。


「心得ておりますわ。この家で起こる些末事は外に漏れることは御座いません。当主たる父や母は勿論、使用人たちも私の味方ですわ。だって私はセラヒム様の天使なのですもの。貴方に必ずや幸運をもたらして見せます」


 宣言すれば、セラヒムが「いい子だ。自分で考えて行動できる愛しいビアは、本当にいい子だね」と、囁きながら、そっと伸ばした指先で愛しげにビアンカの頬を撫でてくる。


(いよいよセラヒム様と、私が結ばれる未来への好機がやって来たわ! 大丈夫、真実の愛で結ばれた私たちは、政略で結ばれた愛のないミリオンなんかに負けることはないのよ)


 ビアンカこそ、身分と力を手にいれるための策略で、セラヒムに近付いたはずだった。だが、1年に亘る茶会の交流で、彼からは柔らかな笑みや愛撫が与えられるようになっていた。すっかりのぼせあがっていたビアンカは、完全に彼から愛されていると確信して、恐るべき計画を実行する決意をしたのだった。



 恋情を隠そうともしない彼女の瞳。それを見返すものが同等の熱を帯びていないとも気付かずに。

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