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第35話 推しの声


 心なしか、裏路地の景色は飛び込んだ時とは違う気がする。


 いや、確実に別の場所だ。


「相変わらす不思議なお方だわ……」


 呟くけれど、今は考えても答えが出ないことは分かっている。だから、両手を顔の前で握り拳にして「むんっ」と気合いを入れたミリオンは、すぐさま予定通りの集音魔法を使い始めた。


 頼りの魔道書をしっかり両腕に抱え込んで風魔法を使えば、音は驚くほど簡単に集まってきた。


 まずは、カチャカチャ、ガチャガチャ、キンキン、カンカンと物を打ち付ける甲高い音。次いでご婦人の金切り声や、子供のキャーキャー騒ぐ高い音。それから更にザワザワ、ガヤガヤと大雨よりも激しく響く雑多な声に音。限界を超えて耳の中へ無理矢理入り込もうとする膨大すぎる音の激流が頭の中でグワングワンと反響し、堪らずミリオンは魔法を止めた。


「これは! てっ……手強いわね!!」


 僅かな時間で、両肩で息をするほど消耗したミリオンは、まさか音で疲労するとは思ってもみなかったと、愕然とする。


(これじゃあ、リヴィの声が聞けない!! 広い林の中で一羽しか居ない緑の綺麗な鳥(ケツァール)を探すようなものだもの!)


「そう、リヴィは綺麗なケツァール……ん、待って! あの尊くて素敵すぎるのは声や姿だけじゃないわ。リヴィだけの気配も雰囲気も、魔法を使った時にひっそりキラキラしてるのも、みんなひっくるめて格好良い! じゃなくて、リヴィなのよ!」


 思い直して魔法を使えば、今度はあっさりとリヴィの声を拾いあげることに成功した。集音条件にミリオンが心惹かれるリヴィの条件を足しただけなのだが、それにヒットする気配は、貴族街に一つしか存在しなかったのだ。


「やっぱりリヴィは唯一無二の、わたしの推しねっ!」


 嬉々として、尊い声の静聴を始める。


『だからぁっ、課題は終えた! 教師たちも修学を認めた! 執務だって片付けた! 今日こそ()の自由にさせてもらう!!』


(んんっ!? 「私」? それより、リヴィったらオコだわ! 激オコだわっ)


『いつまで私を足止めする気だ! 充分に義務は果たしたし、そもそも継ぐ気は無いし、候補になる気もない! 政略? 私を縛ろうとしないでくれ、何も要らないから、自由だけ与えてくれればいいからっ』


(まさか、誘拐されてる?! 悪い人が一緒なの? なら助けなきゃ!!)


 目を瞑り、音の発生源に集中していたミリオンは、見えないその場に居るリヴィを何とか助けようと、全神経を集中させる。


(魔導書さん、わたしの大切なリヴィを助けたいの。力を貸して―――素のビアンカ(ゴースト)召喚!!)


 心の中で力強く唱えると、抱え込んだ魔導書からカッと白い光が迸り、その光が塊となってミリオンの意識が集中する場所へと導かれて飛んで行く。


『えっ!? 何!?? うわっ……ははっ、ミリの仕業だね!』

「ふぇっ!?」


 突然、魔法で届く声だけのリヴィに名前を呼ばれて、驚きのあまり小さく跳ねる。はずみで開けた目で周囲を見渡すけれど、やっぱりそこは誰も居ない裏路地のままだ。


「びっくりしたわ。気のせいだったのよね」

「何が?」

「ふぅわぁっ!!」


 今度はハッキリ背後から呼びかけられた声に、心臓と身体全体が大きく跳ねた。


「りっ……リヴィ!? どこに居たの!?」

「へっ? あ、分からないままゴーストを送り込んで来たんだ」


 すごいねぇ、とエメラルドの目を真ん丸にして感嘆しているのは、欲して止まない翠髪のキラキラの美少年だ。そう、髪色は新緑の鮮やかな(みどり)だ。祭りの貴族行列に在った馬車の中に見た茶髪ではない。


 が、もしかしたらこちらは美しさをより強調するために、リヴィオネッタが敢えて装着している飾りの髪(ウイッグ)なのだろうかと(おもむろ)に手を伸ばし――


「うぇっ!?」

「うん、ホンモノよね」


 素っ頓狂な声をあげたのはリヴィオネッタの方だ。


 耳横の髪をクイクイ引いてみたがズレないことを確認したミリオンは、眉間に皺を寄せた難しい顔付で、髪束を掴んだ手をそのままに、空いた手を口元に添えてウムムと俯く。


「ミリ? 考え事してるとこ悪いんだけど……」

「へっ?」


 妙な格好で静止してしまったミリオンを覗き込んだリヴィオネッタと、間近に響いた声に、反射的に顔を上げたミリオンが動いたのは、ほぼ同時で――



 鼻先が触れ合いそうな超至近距離で見合うことになった。



 同時に見詰め合ったまま赤面したのも束の間。ミリオンは、両手でリヴィオネッタの頬を挟み込むと、大きな瞳をうるりと潤ませて唇を戦慄かせる。


「いっ……い、い、い、息がっ! リヴィが目の前で呼吸をっ! きゃ――――っ、尊いわ!!」


 リヴィオネッタ不足は、秒で解消したのだった。

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