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第34話 導きの書店の不思議


 何だか良く分からないうちに、とにかく身分の高いプロコトルス公爵を言いくるめてしまった老婆は、相変わらず得体のしれない綽綽(ひょうひょう)とした態度で公爵邸を後にした。


 あっさり立ち去れたわけではない。かと言って不審者としての騒ぎが起こったわけでもない。公爵に邸内に立ち寄るよう「是非に」と何度も声を掛けられたのだ。


 後を追ってきそうな執着振りに心配になっていたところ、公爵邸を出てすぐの裏通りに無造作に入ったところで、なぜか目の前に「なりそこないのための導きの書店」が現れていた。老婆の迷い無い足取りに釣られて一緒に中へと踏み入ったミリオンだが、知れば知るほどこの老婆の不可思議さが増すばかりだ。


 ミリオンにはただの「なりそこないのための導きの書店」店主なのだが、公爵にとっての老婆は、ミリオンには知りえない特別な意味合いがある様だった。それを問い掛けたものの、老婆はカラカラと笑うばかりで何の返答も得ることは叶わなかった。


 と思った。


「そうそう、お嬢ちゃんと、あそこの人でなし坊やとの婚約は解消になるから。安心しな」


 あっさりと告げられた、何の脈絡もない特大の爆弾みたいな言葉に、ミリオンは目を瞬かせる。


「なんで!?」

「おや、あんた意外とあの人でなし坊やに気があったのかい?」

「いや、なんで??」


 なんで、しか言葉が出ないが思いは複雑だし、事態の急変に、理解が追い付かず思考が静止しそうだ。


 けど、一つ肝心なことにはちゃんと考えが及んだ。


「なら……リヴィを思い切り追い掛けられるの、ね」

「そういうことになるね。お嬢ちゃんの気持ちのままに生きれば良いさ」


 老婆の言葉にミリオンはピタリと固まり、やがて両脇に下ろした両手を握り締めてプルプルと震え出す。


 何事かと老婆がその顔を覗き込もうとした瞬間、ミリオンは弾けたように両腕を振り上げ、満面の笑みを浮かべて快哉を叫んだ。


「リヴィを探しても、婚約者もいないから不道徳にならない! カッコイイとか、綺麗だけじゃなくって、思いっっ……っっきり大好きって言える!! なんて素敵なのっ!!!」


 屈託ない輝かんばかりの笑顔でぴょんぴょん跳ね回るミリオンに、若干複雑そうな表情を浮かべた老婆だったが「仕方ないねぇ」と呟くと苦笑を漏らした。


「これで心置きなくリヴィを探せます!! 探すつもりではありましたけど!」


 告げた言葉に、老婆が「はて」と首を傾げる。


「では! 調査範囲も広いですし、時間もないので、これにて失礼いたしますっ」


 最大の感謝を込めて丁寧にカーテシーをすると、老婆が決定的に焦り始めた。


「まさかなんだけど、お嬢ちゃん、探すアテはあるんだろうね?」

「はい! あれだけキラキラして綺麗な(みどり)髪の使徒らしい素敵なリヴィですから、平民なら町中の噂になっているはずなんです。わたし如きが噂になるくらいでしたから。なのに、一つも噂を聞かないことと、あれだけ使徒らしい容姿に生まれるのは貴族の血筋が入った者が殆どだって云う事実! そしていつも採取には朝から同行してくれたこと! それらを総合すれば、リヴィは貴族であり、近い場所に住んでいる――すなわち、この王都貴族街に居るに違いないんです!!」


 力説するが、聞く老婆の表情はどこか微妙だ。もう一つ、祭りの馬車に見たそっくりな男の子のことも手掛かりになるかとは思うが、あまり確信がないからそれは伏せておく。つまり、ミリオンにはハッキリした手がかりと、勘と云う第六感めいた沢山のアテが有る。だから自信満々だ。


「リヴィには祭り以来会えていないから、全然リヴィが足りなくて限界なんですっ! だから何としても探し出します。捜索範囲はこの貴族街一帯! 店主様からお勧めいただいた、この魔道書さんのお力を借りて、風魔法で街中の声を集めてリヴィを探します!」


 ふんす、と力を込めて鼻息を吐けば、老婆は一瞬目をまん丸く見開いた後、カラカラと笑い出した。そして「なんて苦労をしようとしてるんだい。とんでもない熱意だね」と、ヒイヒイ言いながら切れ切れな声で呟き、尚も笑い続ける。


「なら、この書店から出たところで探し始めると良いよ。お行き」

「はいっ! 行ってきます、店主様!」


 扉に手を掛け、振り返れば、そこにはもう老婆の姿も、書店さえも無く――ただの裏路地にひとりポツンと立っていた。

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