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第31話 婚約者が出ない


 嫌な予感が頭を過ったミリオンだったが、現実は予想以上に奇異な内容だった。


「そら! お嬢ちゃんの腕の見せ所だ。あの兵士の前に婚約者の姿を作り出してみな」

「はぇっ!?」


 突然の無茶振りに困惑するから余計にモノが考えられない。けれど、店主が言っているのはビアンカの姿を作り出すゴーストの魔法のことだとなんとか察して、試みる……


「何やってんだい? 天使をだしてどうするんだよ」


 も一度試みる。


「うーん」

「緑髪……っ!? そりゃあ、お嬢ちゃんの希望だろ! ちがうよっ」


 更に試みる。


「うむむむーん」

「金髪はいいけど……誰だい、こりゃあ?」


 必死に作り出した幾つものゴーストが漂う中、老婆があきれ果てて腕組みしながら周囲を見回す。

 兵士は恐怖の表情を浮かべ、歯の根が合わず戦慄きながら腰を抜かしている。


「ううっ……面目ないです! 何とか2度の記憶を総動員しているのですが、無から作り出せるほどしっかり思い起こすことが出来ないんです。情けない記憶力でごめんなさいです」

「は? 今聞き捨てならない言葉が聞こえたけど、何が2回だって?」

「セラヒム様にお会いしたのが、婚約式と、その1年後の白紙撤回を申し込みに来られた時の2回です……」

「はぁ?!」


「それは我が愚息の不心得だったね」


 驚愕に目を見開いた老婆の次の言を遮る様に、ふいに、ゴースト達の帳の向こうから耳慣れない第三者の声が響いてきて、ミリオンは身体を強張らせる。


「執務中、敷地内から奇妙な魔法の波動を感じると来てみれば、まさか後継者だけに伝えられてきた扉を使って、150年前の歴史にまみえることになろうとは――。今日は、なんと稀有な日なのでしょう」

「ふん、こっそり事を運ぶつもりがバレちまったならしょうがないね。お前さんは私のことを知ってるようだね。とするとお前さんが今代の当主と云うことかい」


 落ち着き払った老婆が言葉を返す先――未だ周囲を埋め尽くして漂う幻影(ゴースト)に遮られて声しか届かない方向にじっと目を凝らす。すると、そこから現れたのはどこかで見た誰かに似た面差しの、薄い赤茶色の髪で口(ひげ)上唇を覆うほど濃い目(ムスタッシュタイプ)に整えた男だった。年の頃でいえばミリオンの父であるオレリアン伯爵とそう変わらない位だろう。


(えぇぇー!! まさかのセラヒム様のお父様!? お会いしたことは無かったけど、これって大丈夫なのぉ!?)


 目を白黒させるミリオンにチラリと視線を向けたセラヒムの父ことプロコトルス公爵は、落ち着いた様子で老婆の数歩手前まで歩を進めて来る。そこには、不審者に対する警戒は微塵も感じられない。


「よもや生ける伝説の貴女に私の代でお会いすることがあろうとは、光栄なことです。こっそり忍び込もうとされていたとは穏やかではありませんな。子孫を頼ってはくださらないのですかな?」

「あんたらにしたら有用な駒が一つ欠けることになるかもしれん話だったから、協力が得られるとは思ってなかったのさ。両家で望んで結ばれた婚約を、私の判断で一方的に無かったことにしようっていうんだから。次男坊とその婚約者が実家に共に居たところで何の違和感も無いはずだろ? だからその姿を借りて、あんたの手元にある、この子たちの婚約証書だけを拝借するつもりだったんだよ。普通なら上手くいくと思ったんだが、まさか姿も思い出せない程疎遠な婚約関係だったとはねぇ……」


 呆れ返って特大の溜息を吐く老婆に、ミリオンはしゅんと肩を竦めて「面目ございません」とか細い声でもそもそ告げるしかない。そうか、やっぱり普通じゃなかったんだなと、どこか納得する気持ちも同時に浮かんで、余計に気持ちが萎んだミリオンなのだった。

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