ざまぁされた女の子を助ける話
連載用に書いておいた物を短編に強引にまとめたので粗もあるかもしれません。
ご了承ください。
誤字脱字報告待ってます。
俺もとい園部達彦がクラスの中のその小さな異変に気が付いたのはどの辺からだったろうか。
事の発端は休み時間である。
欠伸しながら、テキトーに友人から借りた漫画を読んでいると、どこからかクスクスと笑い声が聞こえてきた。
チラリと辺りを見回すと、特に接点もない女子連中がこちらに向けて含み笑いをしながら、ヒソヒソと話していた。
表情を見るに、あきらかに好意的な感じじゃない。
なんでこんな笑い者にされなきゃいかんのか。思い当たる節なんて……わんさかあった。
欲しいゲームや漫画の発売日はそっちを優先して店に直行して遅刻するし、早弁で水筒に入れてた味噌汁を間違えて机にぶちまけて、大惨事にもなった。
クラスでのポジションはお調子者というより、結構なトラブルメーカーとなっているだろう。
しかし、彼女らが笑っているのはどの件だろうか?
アレか。
先日の同じ学校の男子生徒が他校の不良たちにカツアゲされている所を見て、直前に観たアクション映画の影響で気分が高揚していたせいか、意気揚々とヒーローのノリで割り込んだら、普通に返り討ちにあい病院送りにされた件か。……流石に上級生五人相手は無茶だったな。反省してる。
なんにせよ、遠くから嘲笑を浴びせられるのは気分が悪い。
やめろ、と一言言えればいいが、女子相手にこういった舌戦に持ち込むのは面倒そうだ。
こうなれば頭を垂れてやり過ごすしかあるまい、と防御形態に入ろうとしたが、そこでようやく俺は嘲笑の的が自分でない事に気が付いた。
真の標的である俺の前の席に座った女子生徒……瀬川美沙はクラスでも評判の綺麗な子であった。
青みがかった黒髪を綺麗に切り揃えられたボブカット、その下の端正な横顔はうっすらと化粧があつらえれている。
着崩した制服の端々にも細やかなファッションが施されており、いわゆるクールギャルというやつだ。
その怜悧な美貌はキツめな印象を与えるも、そこが良いという意見も多い。
だが、彼女はいわゆるクラスの中でもカースト上位のグループに所属しており、こうもあからさまに小馬鹿にされるような子じゃなかったはずだ。
そういえば思い返すと、彼女は最近ずっと一人でいることが多かった。
特に親しい関係じゃなかったから、今まで気にしていなかったがこれはどういうことだろうか?
……。
「そりゃお前、この前の告白騒動が原因じゃね?」
昼休みの屋上。
俺は総菜パンを頬張りながら、友人たちから話を聞いていた。
「そんなん知らんぞ」
「そりゃお前は入院してたからなぁ」
恰幅の良い巨漢……クラスメイトの松村は購買と学食の全制覇した出っ張った腹を撫でながら説明してくれる。
なんでも瀬川はこの前告白された。
告白した相手は大久保浩二という彼女の昔からの幼馴染だそうだ。
そして、告白された瀬川は普通に断った。
理由は彼女は既に彼氏がいたからだそうな。なんでも一つ上のイケメンの先輩らしい。
それだけならただの青春のほろ苦い一ページで終わりそうなものなのだが、彼女は振り方に少し問題があったそうな。
『アンタみたいのが私と釣り合うわけないじゃない』と瀬川はひたすら嘲笑い罵倒して、次の日にはクラス中に自分が大久保に告白されたと触れ回ったとか。
いや、そういう事するような子じゃないだろ。
「それでそれで話はそこで終わらないんですよ、先輩。むしろ問題はここからです」
と、松村の話を引く継ぐのは俺の隣に座る一年女子、鹿山麻央。
染めた金髪をサイドテールにひとまとめた可愛らしいギャル少女。
だが、その本性は噂や面倒事が大好きで、面白そうなネタを見つけると野次馬に混じって情報収集。それらを広報部に売り払っているハイエナ女子である。
「先輩、今失礼なこと考えませんでしたか?」
「別に? 気のせいでは?」
失礼なじゃないぞ。まっとうな評価だぞ。
まぁ、そこだけ聞くと、お近づきになりたくない人種だが、この後輩はどういうわけか最近俺たちに絡んできている。そして、不本意ながら俺らともやたらと気が合ったりするため、気付いたらこうして気兼ねなく会話できる仲になってしまった。
話を戻そう。
大久保君とやらはその数日後、なんやかんやあって新しく彼女を作っていた。
しかも相手は涼森香澄というクラスどころか学園きっての美少女である。
俺だって知っている。
以前、廊下ですれ違った事があるが、いかにもお嬢様と言った風の美少女で、ガチの女神様とか言われてるお人じゃねえか。
……羨ましい。
まさに人生逆転ホームランという奴である。
いいなぁ。爆発しろ。
盛大に爆発しろ!
そして、その一方で瀬川ときたら付き合っていた彼氏の浮気が発覚。あえなく破局となったらしい。
問題はその後、瀬川美沙は手の平を反して、恥知らずにも大久保に言い寄ったのだ。『お願い。この前の事は謝るから、あたしと付き合って』と。
当然、大久保はそれを突っぱねる。
涼森さんの方も自分の彼氏に……よりにもよって自分の目の前で言い寄ってくる女を怒り心頭で糾弾して、追い返した。
なるほど。
そんでその醜態がクラス……下手すれば学校中に出回っているっていう訳か。
全然知らなかった。
「お前。入院してた間の出来事だとか抜きにしてもそういうの疎いもんなぁ」
「我が道を行くっていう昔気質のヤンキーですもんね」
うるさい。
ヤンキーじゃねえし!
煙草も酒もやらんし、授業も(たまにサボるが)基本的に受けてるし!
……ただ、ちょっと口よりも先に手が出るだけだしっ!
クソッ。お前らそういう目で俺を見るのはやめろ!
だが、さっきから話を聞いていると瀬川美沙と結びつかない。
あのザ・孤高少女がそんな子悪党なイジメっ子ムーブをかますだろうか。
「だろうな、多分どっかで尾ひれつきまくったんだろ」
「あの先輩敵多そうですもんねぇ」
他人事だと思って気楽だなお前ら。
まぁ俺もだけど。
「そうだな。でもまぁ、どっちにしろ俺らには関係ない話さね」
そう言ってパンを全て平らげた松村は屋上を出ていく。
そこを『じゃあ私も次の授業移動なんでー』と鹿山も続いていった。
ポツンと一人残される俺。
「そんでよ。どこまでが本当なわけ?」
俺は屋上の塔屋の上の方にいる彼女……瀬川美沙当人に話を聞いてみる。
実は俺と彼女は以前からたまに屋上で顔を合わせていた。
彼女はいつも嫌なことがあると、よくここで不貞寝しにきてるらしく、暇な時にここで適当に時間を潰そうとする俺とはよくここで鉢合わせしていた。
といっても会話する事なんてほとんどない。
互いに昼寝したり、スマホをいじったり、それぞれ適当に時間を潰しているだけだ。
だが、今回はついに話しかけてしまった。
気まずい沈黙の空気が流れる。
しばらくして彼女はようやく口を開く。
「別に……アンタの友達が言っていた通りだよ。アタシは告白されて断った。それだけだよ」
特に否定することもなく。
いつも通りの涼しげな鉄面皮でそう言った。
「断った……か」
少しだけ含みのある言葉に俺は意味深に返してみる。
再び気まずい沈黙。
さっきよりも長い時間だが、やがて彼女は根負けしたように言葉を続ける。
「でも、アタシにはそもそも先輩の彼氏なんていないし、彼女ができたアイツ……浩二に未練がましく言い寄ってもいない。気付いたらそういう話になってた」
あー、やっぱりな。
フッた相手をコキ下ろしたり、言いふらしたり、目の前の彼女とはイメージが合わなさ過ぎる。
付き合いが浅い、というかほぼ無かった俺だってそれぐらいはわかる。
多分、瀬川の事をやっかんでた、もしくは今回の出来事を面白がった誰かが、便乗して適当に噂を流したとかそんなんだろう。
くだらね。
「じゃあさ否定しろよ」
「別に面倒くさいだけだし。こんなの一過性でしょ」
さっきまで俺が思っていた事をそのまま言う。
そうだよな。
こう改めて見てみると、目の前の彼女は周囲の風評に屈したり、ましてやイジメを受けるようなタイプではないし、この件はやはり時間の経過と共に勝手に消えていくだろう。
どちらにせよ、俺らには関係ないし、所詮は噂だ。
人の噂も七十五日。
その頃には新しい話題が飛び交っている。
……と、この時の俺はそう思っていた。
翌日。
登校すると俺の前の席……瀬川美沙の机には酷い落書きで埋まっており、そこを中心にザワザワと人だかりができていた。
うわぁ。
〇ッチとか、恥知らずとか、尻軽とか、なんともまぁ汚い事が机一面に書き連ねられている。
そして、犯人は誰なのか、この机どうしようか、などと話し始めるクラスメイトたちをよそについに彼女が登校してきた。
「あっ……」
「瀬川さん……」
自分の机のそれを見た瀬川はしばらく無言で硬直していたが、やがて溜息をついて教室を出る。
「どいて。自分の事は自分でするから」
そう言って濡れたタオルを持って戻ってきた無言で拭き始めた。
他のクラスメイト連中は黙ってそれを見ている。
誰か一人でも手伝うべきなのだろうが、他ならぬ彼女自身が拒んでいるようだった。
どこぞの正義感の強い委員長。彼女と付き合いのある上位グループの連中。
手伝ってくれそうな人間はいない事もないのだが、残念ながら、今この場に彼らは居合わせていなかった。
やがて、中にはヒソヒソと「自業自得」「ざまぁ」と嘲るような声が聞こえてきた。
噂を真に受けてる連中だろうな。
次第に少しずつ大きくなっていく彼女を中傷する声。
黙々と机を拭き続ける瀬川美沙。
「俺も手伝うよ」
そんな彼女を見ている内に、気が付いたら、俺はそう口に出していた。
同時に嘲りの声は一気に消えて、代わりにどこからか息を呑むような声が聞こえてくる。
なんだよ、そんなに驚くなよ。
似合わない真似だって、俺だって自覚してるっつうの。
「別に手伝いとかいらないんだけど」
一方で、瀬川はいつも通りのク-ルな表情でそう返してくる。
つれないこと言うない。
後ろから見てるお前の背中が少しだけ震えてるのに気づいちまったんだから、仕方ないだろ。
そもそもお前、人の席の前で黙々と机を拭き続けるのを見せられるとか勘弁しろよ。
こっちはそれなりに楽しいスクールライフを送りたいっていうのにこんな事されたら、こっちまで気が重くなるわ。
……えっととりあえず油性のラクガキって消毒用エタノールとかでいいんだっけ?
理科準備室や保健室とかで貰えるかね?
「――とにかく、これは全部俺のためなんだよ。自惚れんな」
そう言うと、瀬川はきょとんとした表情で俺の顔をまじまじと見る。
初めて見る表情だ。
「……なるほど。ちょっと納得した」
やがて瀬川は少しだけ笑った。
くそう。やっぱコイツ顔だけは可愛いな。
「園部ぇ。ちょっと顔を貸せよ」
その日の下校時間。
見たいドラマの再放送があるから、さっさと下校しようとした所、急に後ろから呼び止められた。
呼んだのは耳にピアス、髪も赤髪に染めた派手格好をした奴だ。
クラスメイトだったはずだけど、知ってるはずの名前を思い出せない。
確か新学期当初では金髪で、俺が入院する前は青髪。無論、先生に普通に叱られてたけど、ヘラヘラ笑いながら、ガン無視してたりもしたな。
まだ十代ながらも毛根とか大丈夫なのだろうか?
あと、これだけ目立つ言動をしてる奴なのに、なぜか名前だけは頭から出す事ができないのはなぜだろうか。
コイツ自身がよっぽど印象が薄いのか。単に俺自身が記憶力悪いだけか。
とりあえず、赤髪君ごめんな。
ひとまず、言われるがままついっていってやると、辿り着いたのは校舎裏だった。
ベタである。
「お前さ。陰キャのくせに何チョーシくれちゃっているワケ?」
そこで赤髪君はそう言いながら、思いきりこちらを睨んできた。
調子?
調子なんて乗った覚えはないが。
「惚けてんじゃねえよ。陰キャの分際で昼間のアレ何を邪魔しちゃってんだよ!」
昼間のアレって、瀬川の机の落書きの事か?
「せっかく皆で楽しそうにウケてたのによ。空気読めよ。陰キャは空気も読めねぇのかよ!」
俺陰キャだったのか、初めて知ったよ。
これでもパリピ目指して頑張ってるグッドボーイなのにね。
冗談はさておき、アレを皆がウケていたとこの男は抜かすか。
動くことこそできなかったものの、瀬川を嫌って陰口叩いてた一部を除いて、ほとんどの連中は戸惑いの方が強かった気がするが。
というか、さっきからその言動は。自分から犯行を表明しているっていう事でいいのか?
すごいな。
推理もまだロクにしてないどころか、探偵も警察もまだ登場してないのに、犯人が自分から名乗り出てきたぞ。
……とりあえず一緒についていってやるから瀬川に謝れよ。
「うるせえな! 陰キャがカースト上位の俺に口答えしてんじゃねえよ!」
とりつくしまもない。……あと、さっきから陰キャ陰キャうるさい。
そもそも確かお前上位でもなんでもなかっただろ。俺の記憶が正しければ、その上位連中とやらに話しかけようとして、結局上手く入ってこれずに周りをグルグル回ってただけのような気がする。
自分からカースト云々言ってる事といい、さてはコンプレックスか?
――と、そのまま伝えたのがあかんかったらしい。
赤髪クンは顔の方もみるみる真っ赤にていく。
ただでさえ沸点が低い上に、どうやら地雷を踏んでしまったようだ。
「うっ、うっ……、うるせぇぇえええぁあああああ!」
叫ぶというか、喚きながら赤髪君は殴りかかってきた。
と言っても然程怖くはない。
子供のようにグルグル振り回してくるそいつの腕を俺は適当に避けて、カウンターで顔面にドストレートを喰らわせる。
「ぎゃびぃ!」
殴ったというより、向こうから突っ込んでくる顔面に合わせて拳を留めておいた感じなのだが、それは綺麗に入り、一方でまともに喰らった赤髪君は奇怪な鳴き声をあげてひっくり返る。
とりあえず初撃は当てたが、そのまま立ち上がってくるであろう彼に備えて構えを取るものの、赤髪君はそのまま痛い痛いと騒ぎながら、のたうち回ってばかりだ。
あれ?
本当にもうお終いか?
うーん。これではこの前の不良連中のほうがはるかに強いし、なにより怖かったな。
あの時はマジで殺されるかと思ったもん。
「て、てめぇ。暴力なんて許されると思ってんのかぁ!」
赤髪クンは鼻を押さえながら体を起こすと、こちらを威嚇するように怒鳴る。
いや。お前さっきの自分の行動を思い返せよ。
最初に仕掛けてきたのはお前だろうが。
今さら、涙目で何言ってんだっつうの。
「先生に言いつけてやる!」
小学生かよ。
というかアレか。クラスメイトの女子の机に酷い落書きをしたら消されちゃったので、ソイツをボコボコにしてやろうとしたら返り討ちに遭いましたって素直に泣きつく気か。
お前、特に先生に気に入られてたわけでも、家がお偉いさんの御曹司とかでもないだろ。
その神経が逆にすごいわ。
……なんだか思い返すと、今頃イライラしてきたな。
丁度いい。こいつのせいで俺は今日の貴重な休み時間の大半を机磨きに失われた。
その分、鬱憤を晴らしても文句は無かろう。
色々と察したのか顔を引き攣らせて押し黙る赤髪君に俺は指を鳴らしながら近付く。
「園部君、そこまでよ。林田君から離れなさい」
そこへ一人の女子生徒が現れる。
長い黒髪を丁寧に編み込んで後ろにまとめ、顔立ちは整っている美少女だ。
だが、瀬川たちと違い、その鋭い眼光は寄ってくる男らを委縮させられるぐらい鋭い。
「桜沢美也子」
思わず名前を呟く。
我がクラスの委員長にして風紀委員。
スクールカーストとか関係ない。真面目一徹な正義の女傑様だ。
机の落書きの時は先生からの呼び出しでずっと生徒会の手伝いをしていたらしいが、あの時彼女がクラスにいたら、きっと俺の代わりに瀬川の机を拭くのを手伝っていただろう。
そんな思わぬ介入者へ赤髪君は救いの手とばかりに泣きつく。
「い、委員長! 助けてくれぇ。こいつが俺にいきなり乱暴してきたんだ!」
うわ。
この赤髪君、いけしゃあしゃあと何言ってくれちゃってんだ。
委員長は黙って誇張された彼の話をゆっくりと聞いて、何度も頷いた後、こちらを見る。
「園部君、暴力で解決しようという悪癖はまだ直っていないみたいね?」
彼女とも俺は以前から面識があり、しかも仲はあまり良くない。
いや、俺が一方的に苦手意識を持ってるだけなんだけどさ。
だって、前から『私があなたを更生させてあげるわ』とか抜かして一方的に絡んでくるんだよなぁ。
こんな品行方正な男子生徒を捕まえて酷い話もあったもんだ。
一方で赤髪……林田だっけか。
桜沢の後ろの方からこっちへ向けて、むかつくぐらい勝ち誇った笑みを浮かべてやがる。
残念だけど、お前も別に窮地を逃れられたわけじゃないぞ。
「でも丁度良いわ、林田君。私もあなたを探していたの」
「はぇっ?」
横目で林田を見ながら、ニコリと笑う桜沢さん。
でも、その目は全然笑っていない。
ほら、言わんこっちゃない。
不正は勿論、色眼鏡や贔屓といったものも嫌う彼女はこういった揉め事は喧嘩両成敗と言わんばかりに平等に扱い裁く。
それもまた独善と言ってしまえばそれまでだが。
「今朝方のあの瀬川さんの落書きの話なんだけど。あなたが教室の前を出入りしていたという部活の朝練をしていた生徒から証言があったわ。ちょっと指導室まで来てくれる?」
「え? ……で、でも……俺は上位カースト……」
いや、んなもんが通じるかよ。
どんだけスクールカースト神聖視してんだよ。そもそもお前上位でもなんでもないだろ。
「来てくれるわね?」
「ふぁ、ふぁい……」
反抗の意志を許さない有無を言わせぬ彼女の一言に、先生の説教すら無視していた自称上位カースト陽キャこと林田君は蛇に睨まれた蛙のように竦み上がっている。
気持ちはわかる。
俺もあの目で睨まれたら逆らえなくなるだろう。というか逆らえた試しがない。
なんにせよ、これにて一件落着だよな。
桜沢さんに大人しく連行される林田君の後ろ姿を眺めながら、俺ももう帰宅しようとその場を去ろうとする。
……彼女に気付かれないように忍び足で。
「あ、園部君、あなたにも詳しく話を聞かせてもらいますから、一緒に来てちょうだい」
わぁーい。逃げられなかったでござるぅ。
……。
「やっほー。待ってたわ。あなたの友達に尋ねたら、まだ学校にいるはずって聞いたんだけど。まったく帰宅部のくせに今まで何やってたの?」
「うげっ」
桜沢からの取り調べをようやく終えた俺は今度こそ家路につこうとしたら、が校門の前で瀬川が待ち構えていた。
美少女が自分の事をずっと待っていてくれたとか、夢のようなシチュであるが、俺は既に嫌な予感しかしない。
そんな俺の心情を察したのか、瀬川の方もムッとしている。
「ちょっと何よその顔。少し顔貸してって言ってるの……ってなんで身構えてるのよ」
そら身構えるわ。
そっちは知らないだろうが、こっちはさっきも変なのに絡まれたばかりなんだぞ。
「? とにかく私とデートしなさいって言ってるのよ。つべこべ言わずに付き合いなさい」
だから、周囲が余計に混乱するような言葉を投下しないでいただきたい。
……。
時間は少しだけ遡る。
桜沢からの事情聴取を終えた俺たちはゲッソリと項垂れていた。
犯人である林田君に至っては桜崎からの罵倒交じりの説教に滂沱の涙を流して放心していた。
そら、説教の合間に染髪を始めとした恰好や普段の不真面目な言動をズバズバと指摘及び論破され続ければ、心も折れるだろうさ。
ちなみに、彼が彼女の机に落書きした理由は、幼馴染君とやらの前に彼も告白をしており、同じく普通に断られたのが原因である。
その後、瀬川の噂を聞いて、彼女の評判が下がれば自分がカースト上位のグループに入れ替わりで入れると思ったらしい。
いや、どんな理屈だよ。
なんにせよ、今の彼は充分に報いを受けたと言える。
後日、彼がこの状態から無事に立ち直れたら、少しだけ優しくしてやろう。
名前とか忘れちゃってたり、喧嘩したりもしたけれど、今の俺たちなら友達になれる気がするんだ!
「園部君、私の話を聞いてる?」
「あっはい」
剣呑な声で問うてくる桜沢。
いかん。
このままでは俺は第二の林田君になってしまう。
「でも、もうこの案件は終わったんじゃ……」
犯人は俺のすぐ隣でぶっ壊れてるんだから、もうやめてげてよぉ!
「終わってないわよ」
そう言いながら、桜沢は悔しそうに顔を歪める。
「あなたは知ってるの? 瀬川さんがもっと大分前に嫌がらせを受けてたって」
「は?」
……ちょっと待て、そんなの初耳だぞ。
今日のあの落書きだけじゃないってのか?
「そうよ。今日ほど酷くはないけれど、以前から私物を隠されたり、下駄箱に誹謗中傷を書き連ねた手紙を入れられたりしてたりね」
彼女はひどく不器用だ。
だからこそ敵を作りやすいというのもあるのだろう。
「なんでお前がそこまで知ってんだよ」
「登校時に見ちゃったのよ」
無論、そのまま見ない振りをする彼女ではない。
その場で先生や生徒会に相談しよう。自分も力になる、と言ったらしいが、瀬川はそれを拒否した。
「“この程度なんてことはない”ですって、でも強がってるのはわかったわ。彼女の手震えてたもの」
それを聞いて、思い出すのは今朝の瀬川の震える肩だった。
「彼女は本当はとても繊細なの」
「わかってるよ」
「だから私が嫌がらせの犯人を捜している間に、彼女……瀬川美沙さんを守ってほしいのよ」
……はい?
ゴメン。いきなり話題が飛んだ気がする。
説明されても、全然ついていけないんだけど。
「さっきも改めて聞いたけど、彼女と一緒に机を拭いてくれたんでしょ。現状あなたが一番信用できるのよ」
ナチュラルに俺を巻き込まないでくれないかな?
「私はあなたなら彼女の心を開かせられると信じているわ!」
「俺を過大評価し過ぎな気がする!」
……。
「――ねぇ聞いてる?」
そこら辺まで記憶を遡っていた所で、瀬川に顔を覗かれていた。
至近距離で綺麗な顔が近付いていたため、思わずドキッとしてしまう。
「上の空とかいい度胸ね」
現在俺たちはゲーセンにいる。
ゲーセンデートという奴だ。
桜沢に言われたし、俺が誘ったのだ。
お互い暇だろうし。
まあ、彼女が本当に乗ってきたのは意外だった。
ちなみに瀬川は太鼓を叩くリズムゲームに興じていた。
最初はこんなののどこが楽しんだっていう顔をしていたが、今では夢中でドンドコドンドコしている。
ようこそ太鼓の世界へ。
実にいい汗をかいていらっしゃる。
さすがにはしたないと感じたのか瀬川は慌てて俺から距離を取る。
「む。私の汗舐めたいとか思ってない? マジキモい」
思っとらんわ!
突っ込みつつ、俺はさっき自販機で買ったアイスバーを差し入れてやる。
「ああ……私はいいよ」
「ありゃソーダ味はやらないぞ?」
それとも俺が触ったアイスなんて食べたくないって?
男子高校生のナイーブなハートが傷ついちゃうぜ。
「違うって。私って人に借りを作るの好きじゃないの。作っちゃったら速攻返すようにしてるわけ」
なるほど、このデート擬きもその一環という訳か。
「そうよ。こうして付き合ってあげてるんだから感謝しなさい」
「一応聞いとくけど、どうしてこうして一緒にデートすることが借りを返すのに繋がるんだ?」
「だって私美少女でしょ?」
キョトンと何でそんなおかしな事を聞くのだという顔で問い返してきた。
自分で言っちゃったよ、この子。
「いちいち貸し借りなんて考えててもキリがないだろ」
「だから人付き合いも控えてるの」
およ。
いつもクラスで囲まれてた気がしたけど。
「アイツらは気付いたらいただけよ」
言われちゃってるよ。
カースト上位と呼ばれていた連中の実態を知ってちょっと戦慄する俺。
「それはさておきこのアイス食べてくれよ」
「人の話聞いてた?」
違うよ。ソーダじゃなくていいから抹茶食べてよ。俺苦手なんだよ。
「じゃあなんで買ったのよ」
「抹茶好きそうな顔をしてるから」
「どんな理屈よ。……まぁ好きだけどさ」
渋々と食べ始める瀬川。
「それじゃあ私はこれで。言っておくけどこれで貸し借りなしだからね?」
そう言って、彼女は俺から逃げるようにそそくさと帰ろうとする。
「あ……」
そこで瀬川は固まった。
理由は彼女のすぐ目の前にいる少年。
地味ながらも、目鼻立ちは整っており、いかにも優しそうな雰囲気を持った奴だ。
そんな彼に対して、瀬川はいつもの鉄面皮が剥がれ落ちて、動揺の色をアリアリと見せていた。
「浩二……」
「……美沙?」
彼こそが瀬川美沙の幼馴染にしてこの前振った大久保浩二その人であった。
「や、やあ……」
「うん」
当然だけどすごく気まずい。
かたや振った幼馴染の女の子、かたや振られてすぐに彼女を作った少年。
どっちも非はないから余計につらい。
だからこそ、一番の問題は大久保君の隣にいる三人目だろう。
色素の薄い黒髪にカチューシャをつけたいかにも清楚なお嬢様といった美少女だ。
涼森香澄。
噂が正しければ今は彼女が大久保浩二の恋人だ。
何故か彼女は警戒するように瀬川を睨んでいる。猛烈に嫌な予感がする。
「……楽しそうで良かった」
瀬川はなんとか絞り出すように言った。
「嫌味のつもりですか?」
一方で涼森さんは刺々しく言い放つ。
「あれだけこっぴどく振った癖にいざ自分が劣勢に立たされるとすり寄るなんて、今さら虫が良すぎると思います」
「涼森さん!」
大久保君が静止するが、彼女は止まらない。
もしかして彼女は勘違いしているのか?
噂では彼女も傍らにいたというから、それと照らし合わせるならば、あの噂はデマであるとわかるはずだ。
「そもそもあなたは――」
「おぉーい瀬川さん」
これ以上はアカン、そう思った俺は慌てて介入する。ようやく二人も俺の存在に気が付いたようだ。
「向こうでみんな待ってるぜ。早く行こうか」
無理矢理にでも手を引いて連れていく。
涼森さんはポカンとしており、なんか大久保君が驚いていたようだが、どこか納得したような顔でこっちをまじまじと見ていた。
「また借りができちゃったね」
そこは素直に礼を言ってくれよ。
「情けないね、私。彼の事を弟としか思ってないって言ってたけど、彼が涼森さんと付き合い始めたって聞いた時、ちょっと焦ったんだ。……ホント醜い」
「別にそれぐらい当たり前だろ」
自分の心なんて自分自身でもわからないもんだ。親しい人間が別の親しい奴を作って複雑に思う気持ちがある。
好きだってライクやラブと千差万別。
「本当さ。勘弁してよ。どんどん借りができちゃうじゃん」
困ったように笑う瀬川。
「それじゃあさ。明日、昼食一緒に食おうぜ。もちろんお前のオゴリでな」
こうなれば俺も覚悟を決めた。
桜沢の頼みを本格的に受けてやろう。
ご精読ありがとうございました。
ここまで読んでいただき、とても嬉しいです。
ローファンタジーの連載もしております。興味が沸きましたら、そちらもどうぞ。
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