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連作短編集 暖かいベルのままだったら

暖かいベルのままだったら

作者: 桜海冬月

「僕たちもう離婚しようよ。玲香もこれ以上僕と一緒にいても幸せに離れないと思うから」


愛しい彼から放たれた言葉が、季節がいくつ過ぎ去ってなお、脳を木霊している。


恋に仕事に順風満帆だった私の生活を一変させた言葉


私の元夫はこの言葉を残して去っていった。


考えるまでもなく、彼が私から離れようとしていた理由にはおおよその見当がついていた。


彼は定職に就くことができなかった。別に、仕事ができなかった訳じゃないけど、社会で成功するにはあまりにも我が強すぎたのだ。それに加えて、平均よりも圧倒的に繊細で傷つきやすい。

だからこそ、私に対して劣等感を抱いていて、その劣等感は彼を押し潰すほどに大きくなり、ついには私と離れたいと感じるようになったのかもしれない。

新しい恋人ができたという噂も、その劣等感から解放されるための安息地を必要としたがゆえかもしれなかった。


「そんなことない!私は十分幸せだよ」


そう言っていれば彼は今でも私のとなりに居てくれたのだろうか。幸せに暮らせていたのだろうか?

たとえそれでも君は、私とは違う道を歩もうとしていたのだろうか?


周りからどう見られたとしても、彼を愛していたことに変わりはないし、戻ってきてくれるなら戻ってきてほしい。私は今でも愛している気持ちは色褪せていないから。


「戻ってきてよ······」


私はずっと待っていた。それなのに届いたのは、彼が再婚したという近所のお花屋さんからの話だった。


キイロスイセンを生けた花瓶がなんの前触れもなく落ちて、大きな音を立てて割れ、溢れ出した水が私の脚を濡らしていく。

彼が初めての結婚記念日に贈ってくれた花瓶だ。


「あーあ、気に入ってたのになあ」


ガラスの破片で脚から血が流れていることも、防水機能の付いていない腕時計が水に触れていることも気にせずに私は嗤う。


健気にもいつか彼が戻ってくると信じていた自分を、想い続ければ何時かは届くと妄信していた自分を。


「馬鹿だなあ」


私は今になって気付いたのだ。彼の心はとっくに私から離れていて、二度と想いが通うことはないのだと。

彼に最後のプレゼントとして贈られてから、無意識に何度も取り替え続けていたのに、気づいたら枯れてしまっていたキイロスイセンを見ていると、その考えがだんだんと確信に変わっていった。


「ああ、もう終わってたんだね。とっくの昔に」


永遠の愛を誓ったベルは暖かく鳴っている。


彼と再婚相手の手のなかで


永遠の愛を誓ったベルは冷ややかに鳴っている。


私の手が届かないほど遠くで

キイロスイセンの花言葉は『わたしのもとに帰ってきて』です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公の元夫を想う気持ちがせつないですね……。 読んだ限りでは彼女にはもっと良い相手がいるように思うのですが、本人にとって愛した相手であれば、一方的に去られてしまうのはつらく悲しいと思います…
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