第三話 13番目の魔女 (2) - 薔薇の杖 -
魔女殺しの魔女ノゾミと幸薬の魔女イザベラの邂逅。
1週間と100年
深まる怒りと冷めた怒り
果たして決着は
化け物と形容するほかない魔力を持つノゾミに対し、争いというものを知らぬと踏んだイザベラは接近戦を強いる。
一度は薔薇の杖を取り上げたものの、その肉のあまりの脆さを知り隙が生じる。
「本当に……どうなってんのよ、アンタの身体。」
その身が数m吹き飛ぶほど、強烈に殴りつけたイザベラの方が困惑している。
ノゾミはもう立ち上がっている、さすがに腹部を押さえている、が、血を吐くわけでもなく睨みつけている。
イザベラが思った通り、争いとは無縁に生きてきたノゾミに対し接近戦を行うのは最良の選択肢だった、しかし。
(次は本当に死んじゃうかも。)
あまりにも柔らかく脆い肉に不屈の闘志。
ならば心を折ればよい。あの薔薇の杖の本来の主はイザベラなのだから。
「主の元に戻りなさい。」
魔法。薔薇の杖へ創造主が命じる、しかし無反応。
ノゾミは訝しみながら杖を振るう。
単調で直線的でワンパターンな闇の奔流、イザベラはもう慣れてきている、最小限の動きでそれを回避。
「私がわからないの? やっぱり何かおかしい……我が手に戻れ、アンブラシア!」
「……何言ってるの?」
まだお腹を押さえているノゾミはイザベラの言動がおかしいことに気付き手を止めていた。
そして気づく、薔薇の杖が細かく動いている、揺れていることに。
「…………あれがお前の名前なの? 私ではなくアイツの元へ……戻るの?」
揺れる薔薇の杖に話しかけるノゾミ。
もちろん返事などあるわけもない。
「元々それは私が創ったものなんだから、返しなさいよ。」
「それでまた何をするの。人を呪うの?」
「アンタは例外中の例外。私が人を呪ったのはアンタが最初できっと最後よ。」
イザベラは人殺しはしたくなかった。
幸薬の魔女として、世の為人の為に、幸福を授ける薬師として、例え思い届かず救えなかったとしても。
人を殺すために力を奮うことだけはしない、と師との別れ際に誓った。
「あ、そう。……そっか。お前にも魂があるんだね。だから名前もある。」
<そうだよ。そんなの当たり前じゃないかー! だから名前を呼んであげてはどうかね?>
戦闘中、ずっと細かい指示を出していたダンダリオンが軽口を挟む。
戦いの経験どころか、今まで魔法も大して興味のなかったノゾミがイザベラとある程度戦えていたのは、間違いなくダンダリオンの事前情報と助言のおかげだった。
うるさすぎるのでもう少し黙ってくれれば、とは思うけど、カナデと別れて6日。
ダンダリオンは信用できると理解していた。
だからその言葉を信じて。
「望みのために花開け。アンブラシア。」
名を呼ばれ己を定義した、薔薇の杖 アンブラシアはよりいっそう花弁を広げる。
透き通るような蒼い花弁から、紫色の光る粒が溢れだし舞い上がる。
腹部の鈍い異物感が消えていく、身体が軽く感じる、もっと力を出せる気がする。
アンブラシアの新たな触手が伸びノゾミの胸元に突き刺さる。
痛みはない、血を吸い上げられるような感覚、不快感はなく、多幸感だけがある。
きっとそれは名を呼んだから。
そこに個を認め、魂を認めた、そして今は繋がっているから。
「行こうアンブラシア。魔女を殺しに。それが私の望み。」
「やっぱり主人が書き換わってる。なんなのよ本当に!」
もはやおかしな杖など不要とばかりに、イザベラは炎の塊を生み出す。
ぱっくん
そんな擬音が聞こえるほどあっけなく炎は消えた。
ノゾミの影から伸びた、先ほどよりもさらに広く深い闇があっさり炎を丸呑みして消した。
ならばと大地に手をつけるイザベラ。
土が隆起しノゾミの腹部を突き差すように、その足元から岩の槍が突如現れる。
しかしその槍の穂先を、まぐれだろうか、ノゾミは杖で受け止めた。
身体にダメージはなかったが威力を殺すことはできず、宙に打ち上げられる。
破病のマルバスの力を使いイザベラは煙幕を発生させ、そして再度接近。
ノゾミが落ちてくる場所を正確に判断し、もう一度殴りかかる。
が、着地間際の不安定な姿勢にも関わらず、それすらノゾミは杖で受け止めた。
驚愕のイザベラ、ノゾミと至近距離で一瞬目が合う。
ノゾミの右目は赤い、悪魔の魔眼。
嘲笑っている。
再度ノゾミを吹き飛ばす、その瞬間、ひゅるるっという風切り音がした。
煙幕で至近距離以外はぼんやりとする視界の中でイザベラは音の正体がわからない。
突然の激痛に目を見開くイザベラ、右の太ももに鋭利なものが突き刺さっている。
その正体を見て驚いた、それはアンブラシアの触手。
イザベラの脚を刺したソレは、まるで鞭のようにしなり本隊の方へ戻っていったのだろう。
煙幕が晴れてくる。
ひゅるっと音が聞こえ、反射的に後ろに飛びのく。
今度は脚を打たれる。
あの魔眼は恐らくダンダリオンの悪魔の魔眼。
ならばこの煙幕の中、見えている可能性はありえる。
また風切り音が聞こえる。
見えない敵から必死に逃げるイザベラ。いつのまにか家の前まで押し戻されている。
反撃の準備の炎と土の魔法を用意する、もうイザベラの魔力は少ない。
この後の移動を考えれば最後の一発、否、二発動時発動の魔法。
煙幕が晴れたその先に見たのは。
触手を揺らし、杖を頭上まで掲げ、悪魔の魔眼を輝かせ、笑うノゾミの姿だった。
イザベラは逃げ出した。
「しね。魔女が振り下ろす、魔女への鉄鎚。」
魔女の鉄鎚。ノゾミが唯一定義した魔法、最大限の広範囲に闇の塊が振り下ろされ、魂を喰い散らかす。
回避不能、防御不毛、魔力の量にものを言わせた大規模魔法。
イザベラは飛ぶ。しかし両足が巻き込まれる。
さらに家がまるごと喰われる。
生命力を失い形あるもの全てが崩れ粉々になる。
闇の奔流が消えた時、そこにあったのは草も塵と化した砂と瓦礫の墓場。
それはまさに、災い。