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第二話 自身の定義 (2) - それではあなたは何者ですか -

「それでは姫が眠りについてからのことを順番にお話しします。」


朝食の片付けを終え緑茶を用意し、筆頭魔女カナデはようやく口を開いた


まずは姫に呪いをかけた人物、13番目の魔女イザベラの捜索が始まった。

彼女はその一年前の姫の生誕祭の日に国を出奔、その後行方が分からなかったものの、事が起こりようやく本腰を上げたわけだ。


12人の魔女による治療や解呪が行われたが成果はなく。

かといって姫が衰弱していく様子もなく身体的には健康そのもの。


そんな中で6番目の魔女ヴァニラはこっそりと荒療治を施していた。

口と鼻を塞いだのだ。

慌てて止めに入ったところで1つの事実が発覚。

姫の呼吸をいくら邪魔しても心拍数などに影響はなかったという。

さらに点滴まで抜針してみたがやはり栄養すら必要としておらず、医学的には完全にお手上げの状態となった、常識がもはや通用しないのだから。


姫は無言で頷き話の先を促す。


5年の月日が流れ、国王陛下が病に倒れ床に伏せた。

突然のことだった。

表向きは平静でも心のどこかにストレスを抱えていたのだろう、病の進行を止める手立てはなく、半年も立たずお隠れになった。

没年42才であった。


その直後13番目の魔女イザベラが見つかった。

というよりは彼女の方から出向いてきた。

その用件はまさに姫の呪いを解く方法だった。

陛下がお隠れになったという報せをどこかで聞いたのでしょう。

全て洗いざらい話してくれました。

イザベラは姫と2つしか変わらぬ若さ、若気の至りだったのでしょう。

一旦は牢に繋ぎました。

問題はそこからです。


姫はイザベラが自分から戻ってきたと聞いて驚きはしたものの、カナデが遠回しにかばっていることに苛立ちを隠さず表情に出している。

それでも口を挟まずに聞いている。


姫の呪いが解けなければどうなるか、そのくらいはわかっているであろうイザベラが大人しく牢に繋がれたことで、さっそく解呪に取り掛かりましたが、しかし成果はありませんでした。


そして最初の犠牲者が出ました。

侯爵家の跡取り息子が解呪を試すために姫と部屋で2人にしたのですが。

絶叫が聞こえ駆けつけた頃にはもう彼は事切れていました。

その折に部屋の片隅にその忌々しい薔薇が咲いているのを見つけたのです。


すぐさまその薔薇について調べはじめ、同時にイザベラにも問いただしました。

彼女は呪いの薔薇に命令をしていました。

姫の身体の健康を維持すること。

姫に悪意や害意をもって近づくものを排除すること。


おそらく後者の命令が効力を発揮したのだと彼女は言いました。

部屋にお二人にしていたため真相はわからずじまいでございます。

しかしそれなら6番目のヴァニラがしたことはどうだったのか、と考えを巡らせたところで、すぐに次の犠牲が出ました。


7番目の魔女クリスティナが姫の身体に毒を投与しようとしたのです。

6番目のヴァニラは反対していたそうですが、荒療治を試すしかないと押し切る形で。

結果。クリスティナは扉を開けた時点で薔薇に襲われ腕を失くしました。

ヴァニラが付き添っていたため命は助かりましたが、王妃様の怒りに触れ魔女の位を剥奪され国外追放。その後故郷で傷が悪化し亡くなったと聞いています。


薔薇の調べがつくまで人払いをするよりありませんでした。

そうこうしている間に南西の国ドルニオンの動きが活発になり、魔女も小競り合いの対応に城を開けることが増え、ずるずると状況は悪化。


姫がお眠りになってから10年目。

難癖をつけてのドルニオンが開戦を宣言。

王妃様、女王陛下が指揮を執ったものの力及ばず、国は衰退していきました。


できるだけ多くの民を敵の手の届かぬ場所へ逃がすことを命じられ、全ての魔女がこの国を出ました。

姫を動かすことは叶わず、危うく犠牲者が出そうになり、一部の兵と共に女王陛下は最後まで姫を守り自刃なされた、と聞いております。


その後40年ほどでしょうか。

国を出た民が新たな地に根付き、私がこの地に戻った頃にはすでにあの有様でした。

城の中には何も残っておらず、姫は変わらずにお眠りになっていました。

忌々しい薔薇ですが、その一点は評価いたしましょう。


そしてこの拠点を造り、かつての魔女達の行方を調べ終える頃には、姫が眠りについて70年が経過していました。

そして何もできぬまま今日に至ります。


カナデがよやく口を閉じる。

伏目がちに俯き。姫の言葉を待つ。


「……結局解呪の方法はなんだったの? そこだけ何も話がないのだけど。」


「真実の愛があれば姫の呪いは退けられると、イザベラは言っておりました。ですので陛下がお隠れになっていたため国内の数少ない侯爵家や伯爵家を頼ってはみたのですが……あの薔薇が不埒な真似はさせなかったのでしょう。イザベラ自身も条件設定が曖昧すぎて確たる解をもっていませんでした。」


「そう。それでそのイザベラは今どこに?」


姫が本当に聞きたいことにようやく順序が回ってきた。

もう逃げることはできない、観念したカナデは用意しておいた地図を広げる。


魔女達は概ね東の方に向かい小規模な集落を形成し、中には村まで発展し諸外国の庇護を受けている地もある。

地図には年月と共に各魔女の居場所、そして作られた集落が書き込まれ、消され、修正されていた。

イザベラは一度は牢に繋がれた身。

忠誠心もすでになく一人で森の中に居を構えていることだけはわかっている。

カナデが空を使えば三日、徒歩で七日の距離にある一点を指し示した。


「わかった。あちらの方向にまっすぐね。それじゃ、行ってくる。」

「お待ちください! 違います。そっちではありません!」


即座に動く姫。慌てて止めるカナデ、姫の差す方角が間違っている。


「地図も持たずにどうやって行くのですかっ! そもそもこの断崖絶壁をどうやって降りる気ですか! せめて地図の写しくらいは作りますのでお待ちくださいませ。」


このままいけば、最初の一歩でジ・エンドである。

幸運にも断崖絶壁を降りた所で方角を間違えればおしまい。

そもそも糧秣すらもっていない。

一体何をどうする気なのか。


「なら待つ、その代わりに……13番目を殺すには私にも必要だと思うから、魔なるものとの契約のやり方を教えて。」


カナデに選択肢はなかった。

今の飛び出そうとした行動はこの本命を通すための札だったのかも知れない。

仮に教えなくても地図があれば姫は進みかねない。

カナデはその甘さ、その弱みにつけこまれていると感じてはいる、しかしわかっていてもどうすることもできなかった。


<カナデ。アレを渡さなくて良いのかい? それに自身を定義させるのは、今の姫には有効だよ。その上でこんなのはどうかな? ごにょごにょごにょごにょ>


突然降ってくる軽薄な声。

しかし長年連れ添った相棒の提案は下心があるのはわかっているが、良い案だった。


「姫。女王陛下よりお預かりしたものがあるのを忘れていました。奥の方へご足労願います。」


それだけを言い席を立つカナデ。

何か一つ順序をすっ飛ばしていたのだろうと思い、姫は大人しくついていく。

カナデの寝室。ただ眠るためだけにあるような、あまり使われてなさそうな飾り気のないつまらない部屋。


カナデは姫が見ているのを確認した上で、床板を一枚魔法で剥がす。

床下に手を突っ込み中から赤い宝石を取り出す、すると一面の岩肌の壁が崩れた。

崩れた壁の中に小さな窪みと岩。

その岩に手にした宝石をはめ込む。

するとさらに岩、のように見える板が下がる。

二重の魔法を用いた半永続的に作用する隠し倉庫。

その秘密の宝箱の中にあったのは白金のティアラと手紙だった。


「姫が18の生誕祭の折に希望されたものです。王冠は失われるけども生きてさえいれば嫁入りの道具にもなるし、財産にもなる。と。それと王妃様からの言伝が記された手紙です、どうぞお受け取り下さい。」

「いらない。」


即答だった。


「何度も言うけど、私はもう姫ではなくただの浮浪者。その呼び方もやめて。」

「では。姫様は一体何者なのでしょう? 先ほどおっしゃいましたね? 魔なるものとの契約を教えてと。ええ教えますとも。しかしご存じのはずですが、そのためにはまず自身を定義する必要があります。」


思わぬ反撃を受けて思わず黙り込む姫。

姫はそのあたりの教育も受けてはいた。

興味がなかったからもちろん覚えていない。


「もちろん知ってる。ええと。…………契約のためには嘘偽りのない最も大切な自分の望みと、差し出せるものを揃える必要があって」

「少し違いますね。望みは何なのか、何故それを望むのか、それを望む自身はでは何者なのか、契約相手に理解してもらう必要があります。望むものに相違があれば契約相手はその力を発揮することもできず、むしろ牙をむくこともありえます。それでは貴方は何者ですか。お名前は? ほら、また視線が泳いでいますよ?」


姫は困るとすぐに視線を逸らす。

本人が気づいているかはわからないが、徐々に首も動いて顔も背ける、誤魔化そうとして口が半笑いになる。

あえて指摘はしていないが、癖になっているらしい。

カナデが王妃から聞いた話では幼い頃からずっとだそうな。

可愛らしいから直さないでいいわ、とは王妃の言葉である。


「それでは私は地図の写しを作りますので、ご自分の名前など決まりましたらお声かけください。ええ、契約についてもすぐ教えますとも。この洞穴の中はご自由にお使いください。それでは失礼します。」


「な、名前から……。」


こめかみを抑え目を白黒させて悩む姫をその場に置いてカナデは次の順序に向けて用意を始める。


<姫はああいうところ凝り性だからねー。安易な名前は嫌で絶対になんらかの意味を持たせたがるんだ。半日くらいは稼げるだろうさ。さて親愛なる異世界人。亡国の筆頭魔女カナデ。やり残したことがあるなら今のうちだよ。>


「あれが中2病よ。そうねぇ。いざそう言われると出てこないものね。……ううん。思いつくそばから、でももういいかって消えていく。」


雨の匂いと音がする。

城の周辺の炎はもう消えたことだろう。

そして明日はきっとよく晴れる。

新しい門出に相応しい天気であることを願う。

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