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第二話 自身の定義 (1) - 異世界人 筆頭魔女カナデ -

魔女の呪いで100年の時を眠り切ったお姫様は。

一輪の薔薇と共にかつての居場所を平らげた。

かつてその国に仕えた魔女たちの一人、筆頭魔女カナデは焼け落ちた城で姫との再会を果たす。



その横穴は城跡を見下ろす崖の斜面で木々に覆われひっそり隠れていた。

翼がなければ辿り着けない場所、利便性を代償に安全・安心に振り切った住居、まるで秘密基地みたいに。


カナデは一人杖を降りて灯の魔法を使い、足取り軽く奥へ進んでいく。


「このような場所で申し訳ありません。なにぶん一人で番をしていたものですので。」

「カナデ。100いくつだっけ?」


靴がないせいで未だ浮遊する杖から降ろしてもらえない姫は、カナデの外見からは想像できない軽い動きに少し笑う。


「今年で130を数えます。ご存じの通り、悪魔と契約しているものは多かれ少なかれ契約をしている魔なるものの影響を受けます。叡智の悪魔ダンダリオンはあんな性格ですがその知識は確かです。お陰様でこのように腰も曲がらず姫の目覚めを待つこともできました。」


まるで教育番に戻ったように、やや諫めるような口調で姫に応える。


「ですが13人の魔女のうち、すでに6人はこの世を去りました。残り7人のうち今も連絡が取れるものは3人だけです。イザベラとは連絡はつきません。伝書鳩を返してこないので届いているのかも定かではなく……。」


後で姫の件も伝えなければならない。

すでに国は滅び、各地に散った旧友の魔女達といえど3人は姫のことを気に病んでいたのだから。

番とはつまり、姫の安否と覚醒の確認だ。

ずっと一人だったわけではないが、もう何十年という月日を過ごした。

次第にものは増え、それに応じて必要なものも増え、手入れも行き届かず、結果、扉を開いたその先は。


「お城の資料室と魔女の詰め所はこんなとこに引っ越ししてたんだね。」


姫は昨日も見た様な景色を見た記憶がある、一面が本棚の空間。

薬品や器具に紙の束がテーブルに積まれている。

秩序なく飲食物や食器が置かれ、とってつけたように炊事場が生えていた。

姫からすれば、あの廃墟こそが虚像のように思えた。

奥のほうは寝室などだろう、そこから両親や他の魔女達が出てくるのでは、なんて想像してしまう。


「ささ。湯を沸かしますので掛けてお待ちくださいませ。お召し物と履物も以前使われていたものと同じものを用意しておりますので」

「そんなことより13番目の件が先。」


「姫様。物事には順序というものがございます。しばしお付き合いくださいませ。」


カナデは願っていた。

姫はまだ混乱している、そうに決まっている。

だから少し落ち着かせればカナデの知る姫に戻ることを。


眠っていた間は食事すらとっていない。

にも関わらず未だに空腹を訴えない姫。

カナデは恐ろしいのだ。

あの薔薇にやはり心身を乗っ取られているのではないかと、不安なのだ。


幸い姫が不服を漏らすことはなかった、しかし表情を消し黙ってしまった。

不満なのはわかる。


井戸から水を移動させる、その過程で振動による加熱でお湯に変換し、バスタブに流し込んでお風呂のできあがり。

人力魔法の風呂である。


ちなみに一般的なのはサウナだ。

王族や貴族ならば浴場に湯を張ることもできる。

しかし一人のために湯を張れる施設はまずない。

一人のために水を引き、温め、水を抜けるようにして、換気の都合を考えて、全てを調和させる。

そんな非効率的な設備など作っていられないわけだ。


衣装棚から姫のために用意しておいた服を一式引っ張り出してくる。

定期的に以前と同じものを発注していた。

これでお風呂の用意完成である。


「……これがカナデのいた世界の?」

「ええ。形だけですけどもね。シャワーもないし追い炊きもない循環もできない。それでも形というのは重要です、私がとてもリラックスできる形なのですよ。」


筆頭魔女カナデは異世界より召喚を受けたものだった。

この世界の救済を求められて、しかし具体的に何をすればよいかはわからず、流れで、国の筆頭魔女の地位に辿り着いた人。

カナデには特別な力が贈られることはなかった。

しかし元の世界、異世界の知識はそれだけで財産になる、この浴室のデザインだってそう、姫が見たこともないものを見せてくれる。

姫はカナデが見せる異世界がとても好きだった。


しかし用意してくれた衣類に姫の気分が下がる、思わず口に出てしまう。


「カナデ。この服と靴はやめて欲しい。もう国はない。私は今姫じゃない、村娘ですらない、ただの浮浪者だから。」

「……形というものは───」

「ならまずは城を直して。……これもカナデが用意してくれたものでしょう? これでいい。」


姫が目覚めてからずっと身に纏う掛布のことだった。

ここに来てすぐにカナデが一人で番をしていたという一言で察した。

100年前のものにしてはこの掛布は状態が良すぎる。

きっと定期的に新しいものを用意してくれていたのだと。


「……わかりました。ではせめて縫い合わせますので。履物は私のものから選びます。ところで姫、入浴はお一人で大丈夫ですか?」

「多分、大丈夫。」


一抹の不安を感じる姫のもの言いだが、こうなるとカナデは忙しい。

時折湯の温度を調整しながら、ただの掛布を衣装にしながら、靴を選び、さらに朝食の準備をすることになった。


靴は状態の良いものを数点出して選んでもらえばいい。

朝食はそもそも大したものが出せない、切って並べる、せいぜい美味しいお茶を用意するくらいか、紅茶の葉は使い切ったままだった。


「ダンダリオン。服のデザインで何か妙案はない?」


異世界、それも文明が栄え多種多様な文化を取り入れたグローバルな国を故郷にもつカナデにとって、衣装づくりをするのは選択肢が多すぎた

時間は有限だから、と契約する悪魔に聞いてはみる、が。


<そうだね。胸元ガバガバ、背中ぱっくり、腕はむきだし、太ももちら見えなんていかがかな!>


ろくでもない返事が来た。

この悪魔に頼ることはできないと考え掛布を広げ悩むカナデ。


<尋ねておいて無視はいかがなものかな! ボクが独自性あふれる提案をしたのは太ももだけだよ? 目覚めてから姫はずっとそうだっただろう? あれが姫の気に入った形なのだろう。それに胸元の薔薇の件を忘れてはいけない。しっかりした服を用意したところで多分穴が空くよ。それを前提に考えるとよい。>

「……なるほど一理ある。せいぜい肩紐を用意するくらいかね。袖はどうしたものかねぇ。」


カナデの価値観はこの世界の普遍的な価値観とは異なる。

あの年頃の娘なら腕は出しておくほうが健康的だ。

気候的には一年を通してあまり変化がないことを考えると、やはりダンダリオンの案が無難かも知れない。

寒ければ一枚羽織れば良いのだから。


方針が決まってしまえば早い。

ハサミも針も長年愛用するお手製のもの、小さな魂が宿っていて魔法の道具として使える。

複数同時裁縫ができるぶん、その作業はミシンよりも圧倒的に早い。


完成した服とついでに靴を水にさらし熱風を通し、洗い立ての状態にした。

つくづく魔法は便利である、朝から立て続けに魔法を使っているせいで少し疲労を感じてはいるが、問題はない。

お茶を啜りながら姫を待つ。

久しぶりに充実している朝だった。

或いは家族がいればこんな毎日があったのかも知れない。

しかしカナデは元の世界でも独り身であり、この異世界に来てからは流れで、自信を王宮付きの魔女と定義した。


特に寂しくはなかった。

口にしたことはないが、カナデにとって姫は娘同然だった、幼い頃から見てきたわけではないけども、とても慕ってくれていると感じている。

だからこそ今の状況が苦々しい。

なんとか心変わりして欲しい、なんらかの別の道を見つけて欲しいと思っている。


がさごそと音が聞こえる。

果たして、初めて娘のために創った拙い服だが、気に入ってくれるだろうか。


お気に召したらしい。

ウェストに帯を通し後ろに回しておいた。

ウェストをしぼって女性らしいラインを形成しつつ、腰の後ろで大きなリボン状の結び目をつけられる。

多少面倒なはずなのにちゃんと使ってくれていた。


<いい仕事をするねカナデ。概ねボクの要望通りだ。下手に刺繍など入れなくて正解だと思うよ。あれが妥協できる限界だろう。>


別に悪魔の要望に応えたわけではない、しかし苦笑に止めてはいるが結果的にそうなってしまっている、いつものことだった、こんな調子でもダンダリオンは叡智の悪魔であり、カナデが最も信頼するものなのだから。


「大したものが用意できず心苦しくありますが、お召し上がりください。喉を通らぬようでしたら別のものを用意いたします。」

いただきます、と静かな朝食が始まる。姫はまだカナデの順序に付き合ってくれている。


不要なことは一切せず、最短で順繰りを重ねる腹積もりだろう。

さてさて、何から話したものだろうか。質素な食事のエネルギーはまだ脳に届かない。

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