第九話 西の暴風(4) -風の鳥-
───のぞみがために咲き誇れ 闇に咲く薔薇 アンブラシア!!───
薔薇の杖を頼りに立ち上がるノゾミ。
『西の暴風』メアリーは髪の槍を2本も失ったことに震えている。
人から花が生えてきたこと、それを平然と受け入れている『魔女殺しの魔女』を知り震えている。
メアリーは飛翔、数m上空へ、大規模魔法を使った後で魔力は半減している。
今は目の前の得体の知れない何かから距離を取るべきだ、と。
「災いよ。地に堕ちなさい。」
即時、ノゾミが杖を振り下ろす。
とてつもない速度で空に、空に昇るメアリーのさらに上に、恐ろしい速度で闇が集い、堕ちてくる。
メアリーは避けようとした、しかしメアリーの飛翔速度を以てなお、躱しきれない広範囲攻撃。
メアリーだけが夜のような闇に包まれる。
闇に灼かれる直前に、渦巻く風で頭上の攻撃を防いだ。
ひゅるるっ
風切り音。
頭上を防いでるメアリーに向け、薔薇の杖の触手が迫る。
2本の触手を3本の髪の槍で辛うじて防ぐ。
しかしさらに鋭い黒い針が3本、別々の方向から迫ってきている。
それすらメアリーは残りの髪の槍を総動員して止める。
紙の槍1本ではどれ一つ受けきれず時間稼ぎしかできない。
2本の髪の槍を束ね強靭にした本命の槍で、順次迎撃する。
ズダン
メアリーの左上から血が飛び散る。
楽園の魔女、テレーザがここぞとばかりに銃撃、この戦いの中で銃弾が初めて【西の暴風』に届いた。
ノゾミはその威力を見て恐ろしい武器だと確信した。
魔法のような生命力も必要としない、指を操作するだけのただの鉄の塊。
それが人を殺しえる力を持っている。
相手が村人であれ、『西の暴風』であれ、当たればお構いなしの力。
たった指一本で人を殺しえる力、脅威以外の何物でもなかった。
「うっがー!!!!!!」
メアリーがノゾミの放った全ての魔法と触手をかいくぐり、楽園の2人に向かい、特大の空気弾を撃つ。
それを見た2人は、もう魔力も残っていないのだろうか、ノゾミの方へ逃げてくる。
助ける道理はなかった、しかしノゾミは闇の塊を生み出し、空気弾を丸呑みして霧散させる、とばっちりは勘弁願いたい。
よほど頭に血が上っているとみる。
空気弾を喰らって迫る口のようなものがある闇の塊へ、風の刃を飛ばして斬る。
まっぷたつ。しかし闇の塊は勢いそのままにメアリーへ迫る。
それを見てメアリーは杖を十字に振り払う。
闇の塊が6等分され今度こそ霧散し、ない。
メアリーの周辺で闇の塊は破裂、ドス黒い闇の光の粒がメアリーに浴びせられ、その身を灼く。
叫ぶメアリー、そこへさらに振られる触手の鞭、それと闇の鉄球もとい黒薔薇の鞭。
ぎりぎり杖を掲げるも、威力を殺しきれずメアリーが地に堕ちる。
視界を遮るほどの土煙。
金色の髪の槍が7本、一斉に飛び出してくる。
しかしノゾミの悪魔の魔眼にはお見通しだった、闇の奔流がメアリーの髪の槍を灼き尽くした。
灼ききられた紙は、生命力を失い真っ白になり風に乗って飛んでゆく。
宝石のついた髪留めが地面に落ちる。
煙が晴れ姿を現したメアリーの髪は、足首まであったのがミディアムロングくらいまで短くなっている。
「……出なさいゼピュロス。ただし私の意識は好きにはさせない。」
緩やかな風がメアリーから流れてくる。
それは次第に、次第に、強くなっていく。
<さぁて。風魔の顕現体のおでましさ。姫、大丈夫かい?>
「今なら誰にも負ける気がしないわ。まだ堕とされ足りないみたいね。」
メアリーの身体が変化する。
背に這えていた黄色い鳥の翼は1対から2対4翼に。
その頭上に風の輪っか、翼のある風の冠が。
服が裂けて破れ空へ飛んでゆく。
その四肢と身体が黄色い羽毛に包まれる。
よく見れば靴も破れ、その足は鳥のような足に変化していた。
宙に浮くと髪が伸びる。
さらさらの長い金髪は、髪留めを失ったことで、自由に風にたなびいている。
杖にじゃらじゃらとまとめてつけられていた装飾品達があるべき場所に収まっていく。
そのいくつかは翼にも、全身が杖というわけかな。
メアリーの邪悪な笑みがなければ、綺麗な鳥人間に見えたかも知れない。
空に黄色い鳥のような姿をした少女。風魔ゼピュロスが顕現した。
「まさか葬歌ちゃんにも見せたことなかったこの姿を見せるなんてね。さぁて、遊ぼっか『魔女殺し』!」
「ダンダリオン。鳥の調理方法。」
<羽をむしり、内臓を取り、鍋に水を入れてよーく火を通したまえ。闇を以て。叩いておくのを忘れずに。>
ゼピュロス・メアリーはその追い風と大地の自然から、ノゾミは自信と繋がる薔薇の杖が浴びる陽光から、膨大な生命力の回復を行いながら戦っている。
ゼピュロス・メアリーは上空を旋回しながらノゾミに向けて魔法を降らせる。
対するノゾミは民家の屋根くらいの高さで宙に浮き、地上への余波を防ぎながらの戦いになった。
一度はゼピュロスと同じ高さまで空を昇ったノゾミだったが、回避したゼピュロスの魔法が地上へ向かったため降りざるを得なかった。
そしてノゾミを有効射程に収めるためにゼピュロスもまた高度を落とし、この形となった。
───空の大地を鳥が往く この手に溢れる輝き目指し 風のふくまま気のむくままに───
渦巻く風が槌鉾となり落ちてくる。
それを闇の巨腕が打ち砕く。
無数の空気弾が、降り注ぐ。
悪魔の魔眼がその空気の振動を読み取り、まるで針鼠のごとく、無数の黒針が空気弾を貫く。
しかしそれでも防ぎきれず、空気弾は着地と同時に弾ける。
渦巻く風が生まれ地上のいたるところに生まれる、大地をかき混ぜる風のミキサー。
家がぐちゃぐちゃになり、その破片が散乱する。
村の被害は増えてゆく。
楽園の2人はもうノゾミの視界の端っこの端っこにいる。
銃の有効射程を超えた高さにいるゼピュロスに対し、とりえる手段がなかった。
民家を盾にゼピュロスの動向を見て逃げに徹している。
それでもヴァニラはノゾミを置いて逃げることができず、ただ見ているしかできなかった。
「これが……災いと災いがぶつかるということ……。」
テレーザはヴァニラの隣でうずくまり頭を抱え怯えて震えている。
浅はかだった、愚かだった。
あんな化け物達を異世界の武器を得た程度で倒せるわけがない。
井の中の蛙とはまさにこのこと。
「姫様。なんでその薔薇を平然と使えるんですか、おかしいですよ。……やばっ!」
ヴァニラもノゾミへの恐怖心は拭いきれない、あの人喰い薔薇の存在を知っているから。
魔法が自分達の方へ流れてくるのを見て、ヴァニラはテレーザをひっぱり逃げ続けている。
薔薇の杖の触手もゼピュロスの高さまでは届かず、降ってくる魔法を撃ち消すことしかできず、ノゾミは決め手に欠け防戦一方になっている。
埒が明かない。
「ずっと上向いてるから首が痛くなってきた。」
地上から魔法を撃っても距離がある分対応されやすい。
ゼピュロスの攻撃の標的に明らかに村も入っていた、なのでノゾミは村全域にアンテナを張っている、ゆえに離れづらい、いずれ集中力が切れればミスが起きる。
ゼピュロスの狙いはそれ、か。
<鳥を調理するにはまず捉えなければならない。その後堕とす。網を張ろう。誘導してはならない。気づかれては本当に手の打ちようがなくなる。>
「楽に言うね……。アンブラシア。」
ノゾミの影から巨大な黒い影の槍が現れ捻じれ捻じれ、ゼピュロス目掛け放たれる。
空気抵抗を切り裂きかつ推進力にする黒槍は、恐ろしいほどの速度でゼピュロスの翼に穴を開けた。
ゼピュロスの翼を貫通した黒槍はその先で闇の光の粒となり霧散する。
連射はできない、しかし黒槍だけでも十分、仕留めうる可能性があるとわかりさらに黒槍を撃つ。
その間にゼピュロスの魔法が降ってくる。
また一つ防ぎきれず、民家が風に押しつぶされぺしゃんこになる。
二射目。
先ほどよりも激しく空を舞うゼピュロス、悪魔の魔眼とダンダリオンの知見が機動を読む、しかし躱される。
ゼピュロスの反撃はノゾミへの集中攻撃、ノゾミは巨大な闇の渦を生み出しそれらを全て飲み込む。
そして闇の渦から三射目の黒槍が放たれる。
ゼピュロスは難なく回避。
しかしそこへ畳み込む黒針が迫る。
ゼピュロスはそれを黒槍と一瞬誤認し回避。
そして罠を踏む。
何もない空間から突如、闇の塊が口を開きゼピュロスに噛みつく。
脚を噛まれたものの即座に反撃し闇の塊を消したゼピュロスは、一瞬、ノゾミから目を離してしまった。
その隙にいくつもの黒針が複雑なジグザグ軌道で迫る。
ゼピュロスは慌てずに、避けれないものは風の刃で切り裂き、避けれるものは避けた。
そしてノゾミに反撃を、しようとしてまた何もない空間から現れた闇の塊に、今度は何か所も一斉に噛まれる。
噛まれて噛まれて噛まれて、ゼピュロスは苛立つ。
その全身から吹き出した風の刃は四方八方に放たれ、まだ起動していなかったノゾミの座標固定魔法が切り裂かれる。
何十個もゼピュロスの周りを囲んでいた闇の塊が切り裂かれた姿を現し霧散していく。
「あー鬱陶しい。さっきから霧散させてるのに、それでもまだ魔力をしゃぶられてる感じするし。」
霧散させた闇はそれでもなお僅かに力を保ち、空にいるゼピュロスの空間に粘っこく残りその生命力を貪っていた。
天上の支配者となったゼピュロスはいつのまにか忍び寄る闇に囲まれていたことに気づき苛立ちノゾミを見下ろす。
───悪しき魔女を地に堕とす 振り下ろされるは 魔女の鉄鎚───
ゼピュロスの背を痛打する闇の塊。
今までゼピュロスが回避し、後逸した闇は全てその場に留まりなりを潜め。
そして今、天上の支配者よりさらにその上で、再度魔法を成し振り下ろされた。
絶叫。
少しづつ、少しづつ溜めていた闇が完全にゼピュロスを捉え堕としていく。
闇はゼピュロスの身体に喰らいつき、吸い込み、堕ちていく。
逃れることもできず、その体は地面に叩きつけられ穴を生み出す。
それでもなお、穴に向け闇が落ちていく。
闇が堕ちきる。
ノゾミは静寂に包まれた穴へ飛び、中を覗き込んだ。
穴の中から瞳がノゾミを見ていた。
それを認識した途端、猛烈な風がノゾミを叩きつけ、その身体を宙に浮かせる。
───あたしを縛ろうとするもの こんにちわさようなら 風の鳥メアリーは 世界一自由なの───
ノゾミの空を飛ぶ魔法が不発する、風が掴めない、『西の暴風』ゼピュロス・メアリーは今まさにこの周囲の風の全てを掌握していた。
風に囚われているのに、さらに急激に息が苦しくなり、頭痛がしてくる。
風の瞳の真ん中にゼピュロスがいる、ノゾミを見ながらゆっくりと暴風を纏って飛翔してくる。
その長い金髪が槍となって襲ってくる。
アンブラシアの触手がそれを迎撃する、数で押し負ける、今は僅かにゼピュロスの髪の槍の方が強い。
闇の渦で防ぎきれず、ノゾミの身体の末端にいくつもの髪が突き刺さる。
何ヶ所か髪が多く刺さった場所が外側に力を入れ、ノゾミの身体を内側から裂く。
痛みはない、しかし出血が多すぎる、囚われている風の牢獄の与える気圧がその身体から血液を絞り出していた。
赤い血を吸った髪は引き抜かれメアリーの足元で一本の螺旋の槍となる、風の瞳はその回転を、その突風をさらに加速させる。
ぱちっぱちっと、メアリーの身体のあらゆる場所にある貴金属が、魔法の杖が弾けていく。
最大の一撃が来る。
ノゾミはアンブラシアを構え、振りかぶる。
───天を駆けろ あの輝きを手にするために 遮るものは許さない!!!───
───望みが為に打ち砕け 悪しき魔女を 赦しはしない!!!───
ノゾミの杖の先の一点に集められた光り輝く闇が。
枷から解き放たれた風の鳥メアリーが。
激突した。




