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第十話 西の暴風(3) -のぞみが為に-

『氷の葬歌』を殺した『魔女殺しの魔女』。

自分のしたことの責任を取り、『西の暴風』の討伐に乗り出すノゾミ。


その道中に立ち寄った村で会ったのは、魔女以外の人を『災いの種』と呼び殺そうとする『魔女の楽園』の魔女。

元6番目の魔女ヴァニラ、元11番目の魔女テレーザ。


そんなことはおかしいとかつての教育係を否定しようとして、言葉に詰まるノゾミ。

そこへ『氷の葬歌』の敵討ちと言わんばかりに現れた『西の暴風』メアリー。魔なるものゼピュロス。


村を守って欲しいと、指輪を託した村の魔女。


晴れのち嵐、銃弾を伴って、村に激しく降り注ぐ。




村の被害を減らそうと外へ誘導しようとするノゾミ。

ノゾミが村を気にかけていることに気づき、攻撃目標を村に切り替えるメアリー。

お構いなしに西の暴風を撃つ楽園の二人。


メアリーの背には黄色い鳥のような翼が生え、その髪は9つの束に分けられ、それぞれが独立して伸び蠢いている。

ノゾミは髪の槍を避けようとし空気弾を被弾。

楽園の二人は二手に分かれ、建物を盾に銃による射撃で攻撃。

三者三様の攻撃を『西の暴風』メアリーはものともせず防ぎ、反撃までしてくる。


「姫!」


ヴァニラが物陰から飛び出し射撃。

宙に浮かび風を纏うメアリーには、小さな魔法では届きもせず、楽園の二人の有効手は限られている。

メアリーも銃の威力は知っているのか、全ての銃弾を丁寧に対応する。


ノゾミはとにかく3人を外に引きずり出したい。

痛む胸を抑えながら、黒針の魔法による連撃。

メアリーの髪がそれを叩き軌道を逸らされる、さらに別の髪が渦を巻き一直線に突いてくる。

手数が違いすぎて話にならなかった、転がるように髪を回避し地面をタッチ、髪を土で絡めとる。

しかしあっさり引き抜かれ、さらに防御に使った髪も攻撃にまわり三本の髪が向かってくる。


闇の奔流で髪の槍を灼く。

さすがに怯み、髪を戻すメアリー。


楽園の二人の方は身を隠していた建物が風のミキサーの魔法でぐちゃぐちゃにされる、テレーザは巻き込まれるのを直前で回避し、ヴァニラが造った土の壁に退避しながら応戦。

しかし巻き上げられた建物の残骸が土の壁をあっという間に破壊する。

膨れ上がる炎の球は爆発を起こし、メアリーの風を一部相殺する。

その炎の余波の中を髪の槍が突撃し、二人を攻撃。

またも散開する二人、しかし盾になりえる目ぼしい建物はもうない、足を止めず走り続ける。


ノゾミは杖を振り下ろす。

頭上に集めた影から伸びる闇が、メアリーに向け打ち下ろされ……否、高みにあるメアリーに向け放たれる。


楽園の二人に気が行っていたメアリーに直撃。

しかし、空に向けて放たれた鉄槌は、メアリーを地に縫い付けることはできず、あっさり抜け出される。


二人への追撃を止め、ノゾミに近づきながら9本の髪全てによる全方位攻撃。

しかしノゾミの闇の渦は辛うじてそれを防ぐ。

メアリーもまたノゾミの闇に灼かれることを嫌がる、さらに横合いから射撃音が聞こえる。


「鬱陶しいわね。」


実はメアリーもそこまで余裕ではなかった。


(魔女殺しちゃんの闇は結構魔力を持ってかれる、あの銃弾は当たるとヤバ目だし、片方に集中すると片方に撃たれる。)


どちらも当たりどころが悪ければ大きな傷を負う、そして易々と防げるものでもなかった。

メアリーは仕方なく、村の外に出たところまで飛び、ノゾミと楽園の二人を視界に収める。


挟み撃ちにしていても互角とは言えない戦いだった、これでメアリーは目の前に集中できる。

ノゾミの後ろに楽園の二人が従う形になっている。

正直ノゾミとしては、この二人を守る理由はなかった、しかし、その後ろには半壊しているとは言え村がある。

崩れた家に埋もれた人を救出しようと、村長と村の魔女が中心になり村のものと行動している。


悪魔の魔眼でそれを見て、後ろに攻撃を逸らしてはならないと、気を引き締める。


「3人でよってたかって、なんであんたらが好き勝手やるのに付き合わされてるわけ? そろそろあたしの自由にさせてもらうよん。」


<風魔ゼピュロス。ボク達悪魔よりも純粋なる事象、風の化身。言葉は持たず、その体が、その生き様が、その存在が風を名乗るもの。かのものの行いは、全て風の仕業と呼ばれるのだ。ちょっとあれは今の姫では夜でも無理かもしれない。最悪、地に潜り引くことも考えておいて。>


<穴掘りは大雪原で鍛えたもんね……。引く気はない、悪いけど付き合って。>


<御意。>


オールフリー。

3人を一方に集めたことで『西の暴風』メアリーの自由なる攻撃が始まる。


風魂が地を抉り、風の刃が唸り、髪の槍が四方八方から迫る。

ノゾミもまた地の壁ではなく巨岩の形成で凌ぎ、穴を掘ってやり過ごし、闇の奔流で灼き反撃に出る。


楽園の二人は最早着いてこれない。

メアリーの攻撃を躱し、土の魔法で防ぐことも満足にできず、自然となんとか対抗できているノゾミの影に入り、それをサポートする形になる。


3人がかりでの防御と反撃、それでも押され気味。


最初に異変に気づいたのはノゾミ。

一瞬視界がぐらつき、ふらっとする。

楽園の二人も頭を片手で押さえ、それでも動いている。


「姫! この辺りだけ空気が薄くなっています! 高い山にいるような状態になっています!」

「どうしろっていうの!?」


テレーザがノゾミに言う。

低気圧による頭痛、酸素濃度の低下、頭が回らないノゾミが言い返す。


<派手な攻撃に隠し隠蔽している魔法だろう。散布系の魔法を撃ちたまえ。空気を薄くしている魔法の元を探し叩こう。>


ノゾミは防御の魔法を使いながらも、少量の生命力の粒をただばら撒く。

風に乗って、紫色に光闇の粒は後方、村の中心へ向けて流されていく。

その風の出所は、西の暴風の翼。


闇を凝縮し撃ち出す。

その闇の塊は口を開き、西の暴風の翼に食い掛かる。

しかしメアリーの髪の槍三本にあっさり串刺しにされ霧散する。


だがその間にテレーザとヴァニラの撃った炎と土の塊が、銃弾と共にメアリーに放たれる。

その一気呵成の集中攻撃すら、メアリーが手元で起こした風の刃に土は切り裂かれ、翼から吹いた強風に炎が消え、髪の槍が銃弾を弾く。


ノゾミは二人の攻撃に重ね、翼を狙い同じ魔法をもう一度放っていた。

ようやく、メアリーの翼に魔法が喰らい付き、周囲の空気を薄くしていた魔法が霧散する。


「あー。ほんっと腹立つわね! もーいいわ。やるわよゼピュロス!」


翼に喰らいついた闇を弾き飛ばし、翼を広げじゃらりと音を立てて杖を掲げるメアリー。

その間も3人の攻撃は続くものの、全て髪の槍で撃ち落としている、完全に防御に回られると厳しい。




───鎖された鳥は自由を求め 狂しいほどに羽ばたき続ける───




メアリーの頭上に風が渦を巻き始める。

黄色い魔力の、生命力の粒と周囲の砂を巻き上げ、ぐるぐるぐるぐる、小さな球が形成され次第に大きくなっていく。

それを糸、否、鎖が繋がれ空間に固定される。

球は暴れ出す、それでもなお束縛され、その効力を発揮できずもがき、膨れ上がり続ける。


渦巻く風の中央に穴が空いた、空を映す瞳が開き、ノゾミ達を見た、人の丈をゆうに超える瞳孔と目があった。


悪寒を感じたノゾミが地に手をつける。


「貴方の主の望みがために、何ものも通さぬ岩楯を!」


村の一面を覆うほどの傾斜した絶壁を生み出す。

消耗も多い、指輪の宝石にヒビが入る。

それでも壁の向こうにある風の瞳を思い出すと、悪寒がする。

足りない、それでも指輪と枯れ木の杖の限界がちかい。


ヒュゴッ


聞いたこともない、しかし風の音とわかる、異様な音が聞こえた。

少し遅れてバラバラと、岩楯を無数の小さなものが穿つ音。

岩楯が削られる音がする。

上を見れば、傾斜して風を受け流しているその岩楯の頂上部から恐ろしいほどの砂利が飛んでいくのが

それはすぐに砂嵐になる、空が見えない。

この壁の向こうは地獄に違いない、息もできず、無限の砂利の弾丸に撃たれ続けるに違いない。


岩楯に穴が開く。

やはり壁の向こうは地獄だった、昼間なのに砂利のノイズがかかって空も地平線も見えない。

急ぎ補強をする、しかし、次はどこが破られるかわからない。


「ダンダリオン。敵の位置覚えてるよね。当たらなくてもいい、ここから撃つ。」


<左10度 距離127m 高さ16m。その位置が彼女の心臓だ。その頭の上には魔法がある。あの魔法はまだ続きがあるに違いない、魔法ごと貫くつもりで撃ちたまえ。>


「鎖された(さされたとり)が、解き放たれたら……。」


青い顔をしてノゾミの言葉を聞く楽園の二人、もう彼女達にできることはなく、ただ震えて岩楯とノゾミを交互に見るしかできなかった。


ノゾミが杖を掲げ、岩楯の影を伸ばす。高く高く。

砂嵐の中を空まで闇を伸ばすだけでも苦しい。


「立つ鳥後を濁さず。身勝手に荒らすものに制裁を。」


魔法を詠う。

しかし、発動前に岩楯が斜めに裂ける。

その裂け目から、空の瞳がこちらを見ていた。


魔法を二つに変更。

指輪で壁を塞ぎながら、鉄槌を振り下ろす。


天高くより降り注ぐ闇の塊が、奔流となって空の瞳とメアリーを撃つ。

岩楯の亀裂が塞がり切らない、直す側から削られる、こじあけられていく。


メアリーが僅かに魔法に触れたのか、空で揺らぎ高度を落とした。




───鎖千切り 飛び立てメアリー 空の海の果てを目指して───




地に落ちながら、メアリーの口が言葉を紡ぐのを悪魔の魔眼が捉える。

メアリーの魔法が空の瞳の鎖を砕く。

束縛から解放された黄色い風の塊は、翼を広げ、渦を巻き飛んでくる。

魔女の鉄槌を受けながらもなお、ゆっくりと岩楯に向かってくる。

風の渦の中心、空の瞳がノゾミをじっと見ている。

岩楯がガリガリ削られる音が聞こえる。


「止まれ! 止まれ!! とまれー!」


岩楯の修復を止め、魔女の鉄槌を大きく広げ、押し潰さんとする。

裂け目が広がる、楽園の二人はノゾミの前に必死に土の壁を作り、入り込んでくる砂嵐を防ぐ。


受け取った指輪がポロポロと崩れてゆく。

枯れ木の杖がヒビ割れていく。


パキッ


指輪の宝石が、枯れ木の杖が、砕け散る。

砕け散る落ちる側から粉々になっていく。

空の瞳を押さえつけていた鉄槌が効力を失う。


枯れ木の杖に巻いていた蜜柑色のスカーフが舞い落ちる、掴もうと手を伸ばした。


岩楯に大穴が開き一陣の風が全てを浚った。




手は届かず、その身を吹き飛ばされ地面に座り込むノゾミ。

楽園の二人も地に伏せていたが、もう立ち上がっている。

メアリーの大規模な魔法は、その効力をほとんど失っていた、村にその爪は届かなかった。


手を広げると枯れ木の杖の一部だけが残っていた。

結局、気の利いた名前が思いつかず、無銘のままお別れになってしまった。


どすっ


髪の槍がノゾミの脇腹を突き刺した。


砂煙の先からメアリーが歩いてくる。

杖なく魔法を使う、その手に闇を纏い髪の槍を焼き切ろうとする。

千切ることもできず、メアリーは易々と髪を抜き戻す、血塗られた赤い髪を。


「やっといい顔になった〜。メアリーを使うとあたしのコレクションもいっぱい潰れるのよねぇ、指輪とか5、6個吹き飛んだかも。相殺されちゃったけど、魔女殺しちゃん、もう杖ないの? 合わない杖しかないなんて運が悪かったね!」


「姫、よくやりました。後は任せなさい。アイム!」


楽園のテレーザは悪魔の名を呼び、炎の剣を交えメアリーに接近戦を挑む。

ヴァニラもそれに続き、土の手を生みメアリーの自由を奪おうとする。


「はいはい。まだ回復してんだけど。おばさんと遊んでも楽しくないのよね。」


メアリーの足元で風が渦巻き集まっている。

風は細かい光を帯びて、周辺の地面や木々から集まってきている、恐らく生命力を奪っている。


メアリーは髪の槍、これも魔法だろうが、それしか使っていない、にも関わらず楽園の二人を楽にあしらう。

さらに暇を見ては蹲るノゾミに攻撃が飛んでくる。


杖なき魔法では軌道を逸らすのが精一杯で、軌道を逸らした結果、脚の腕の肉を抉られ、急所以外を貫かれる。

骨は大丈夫だろうけど、血が飛び散る、あまりの痛みに叫びたくなる。


<姫、潮時だ。地中に逃げるしかない。あの二人ではアレは無理だ。>


魔法を使おうと地に手をつけたところを貫かれ、手を地面に縫い付けられる。

痛みで魔法が霧散する。


「まずはその悪魔の瞳から〜。」


応戦しながらなのに楽しそうに顔を歪ませつぶやくメアリー。

ノゾミの右目に向け、髪の槍が迫る。


黒針で槍を弾こうとする、しかし、直線的な黒針を髪の槍は正面からぶつかり消滅させた。

何事もなかったかのように、髪の槍はノゾミの右目へ


「ぁっ……。」


ズキッと痛みが走る。




ノゾミの胸元で。




ひゅるっ




ぱんっと音を立て、髪の槍が弾かれる。

続けてノゾミの右手を地面に縫い付けていた髪の槍が弾かれる。

槍が弾けた衝撃で手の傷が広がる、しかし、もう痛みはなかった。


「なんで? お前がそこにいるの?」


痛みの元、ノゾミ自身の胸元に視線を落とす。

そこに、しおれていた。

青と紫色の花弁を持つ薔薇が。


「どうして? 守ってくれるの?」


薔薇から伸びた2本の細い触手は土に潜り、多少太くなって地面から根を伸ばし、メアリーの髪の槍を必死に弾いていた。


「なによアレ気持ち悪い。」

メアリーが引く。


「あの……薔薇……。」

かつて同僚の腕を喰った、恐怖の薔薇を見てヴァニラが呻き手を止めてしまう。


「今は好都合!」

気になって仕方ない、それでもいまやるべきことをなすテレーザ。


<やっぱりキミの仕業だったんだね。>


ノゾミはただ呆然と、その両手でしおれた薔薇を包んでいた。


<姫の異常な生命力、回復力、傷の治り、無痛状態。だいたい彼のせいなら納得できる。彼はずっと姫を支えていたのさ。姿も見せず健気に。>


メアリーの髪の槍が何度も襲ってくるのを、薔薇の触手の鞭が弾き続ける。

触手は何度も槍に貫かれ、少しづつ少しづつ押されている。


「だって私は、お前を折って、ちぎって……捨てて、踏んで……。」


<…………。心を操られ、他を呪うことになっても、魂だけは好きにはさせない。今見ているものこそが彼の魂の本心なのだろう。>


無言のノゾミ、続けるダンダリオン。


<自分の意思ではなくても人を呪った、謂れなき報いを、彼は甘んじて受た。それでも姫を影から支えた。なんとも頑固で誇り高いものだ。>


<…………。察するに……罪滅ぼしではないかな?>


思い当たる節が多すぎた。

そして言われて気づいた、ノゾミを呪ったのはこの薔薇ではない。

13番目はおかしくなったと言っていた、ならなぜ、今こうして、自分を守ってくれているのか。

あれだけ、理不尽な怒りをぶつけられて。


すごく都合のいいことを口にしそうになる自分が嫌になる。

自分のことしか考えていなかったあの時の自分に吐き気がする。


それでも、今は。


メアリーの髪の槍が触手を絡め取り、力比べに持ち込む。

触手がぶちぶちと音を立て押される。


<姫。まだ赦してあげないのかい?>


萎れた薔薇を掬い上げ額を当てて。


「ごめんなさい。ずっとずっと気づかなくてごめんなさい。……ありがとう。」


萎れた薔薇に涙が落ちる。


薔薇が涙を飲み込み、少しだけ花が開く。


「今だけでもいい。守るために力を貸して。」


青紫の薔薇が縦に振れる。紫色の綺麗な光の粒が舞い落ちる。


涙が溢れ続けた。


初めて知った。

赦し合うということ、わかりあうということ、その喜びを。




───のぞみがために咲き誇れ 闇に咲く薔薇 アンブラシア!!───




自身の体から薔薇の杖を抜き取り掲げる。

花が開く。陽の光を浴びて花弁は透き通る、青色と桃色の薔薇。

闇の光の粒が辺り一面に広がる。紫色に光輝くその粒は、風に乗って村へ生命力を運び、人々に生命力を与え、その傷が癒えていく。


メアリーの髪の槍に絡め取られていた触手が力を取り戻した、逆にその髪を締め付け、半ばから髪の槍を八つ裂きにする。


ノゾミが立ち上がる。

痛みは感じない、立たせてくれるものがいる。


アンブラシアの触手がノゾミの胸に突き刺さり血を吸う。

違う、これは吸ってるというより、循環している、血を共有している。

この一体感からくる多幸感が愛おしい。

今ならなんだってできる気がする。


メアリーに対峙し悪魔の魔眼を再び開き、アンブラシアを構える。


「二人とも。行くよ。」


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