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第一話 古城に眠るお姫様(3) - 夜明けはまだ遠いらしい -

城が燃えていることに気づき。魔女は飛び起きた。

杖を掴み風に乗る魔法を行使し魔女は住処を飛び出す。


遠くに見える巨きな焔。

しかし夜明けは近い。

朝露と霧に加え、この空気の感じなら早朝の雨も期待できる。

森が焼失することはないと踏む。

あの憎たらしい薔薇があのような暴挙を見逃すはずがない。

であれば姫の御身にことが生じた可能性が高い。


城に近づいていく。

突如、城の中庭辺りから闇が噴き出し、塔を掴みへし折った。

まだ城に魔女がいる。

そして何か目的を持ってまだ城を破壊する気でいる。

しかしあの力は。

あれほどの事象を生み出せる魔女が世界に何人いるだろう?


西の暴風。楽園の主。氷の葬歌。

災いを冠する魔女達、その体を現わす二つ名である。

しかし目の前に広がる事象は己の知る全てを否定する。

であれば新たな災いを冠する魔女を観測することになるのかも知れない。


勝ち目のない戦いになるかも知れない。

魔女は齢130。

明日もわからぬこの身を惜しむことはなくても。

力及ばず倒れることだけはしたくない。


熱気渦巻く城の上空に辿り着く。

姫がいた塔はもちろんのこと、古城はもはや瓦礫の山になっていた。

姫の生存は絶望的。

しかし下手人が姫を捕らえている可能性。

一縷の望みに賭けて城跡に降りてゆく。


いた。

闇よりも深い黒い長髪。真っ白なドレス。薔薇の杖?


「ダンダリオン。目を。」

<わかっているのだろう? 早く行きたまえ。確認しなくてもそーだよ。ボクが見間違えるわけがない>


男性の軽々しい声が魔女の頭に直接響く、同時に視える世界が変わる。

魔女の左目、悪魔の魔眼は距離があっても、炎のゆらぎで朧気な姿でも鮮明に捉えた。

間違いなく姫だった。

眠りから醒め、炎渦巻く城の中で立っている。


100年ぶりに見るその姿に涙腺が緩む、しかし状況は予断を許さない。


魔女が知る姫はお世辞にも出来が良かったとは言えない。

だが先ほど見た魔法は恐らくは姫の手。

あの忌々しい薔薇の杖も気に入らない。


1つの可能性がある。

あの呪いの薔薇が姫の肉を乗っ取っている可能性。

最悪は常に考えて立ち回ること、それこそがこの魔女の長生きの秘訣だった。

しかし魔女は心を感情を優先し、その生き方を捨てた。


「姫様。ご無事ですかっ。」


一直線に姫の元へ向かいながら言葉を投げかけた。


声に気づき姫が振り返る、声が聞こえた方向へ薔薇の杖を向けて。

目が合って魔女は急制動。軽率な選択だったと知る。

それは長年仕えてきて初めて見る表情、怒りを湛える姫の姿を魔女は初めて目にした。

次の言葉が続かなかった。

本当に近づいて良いのだろうか、魔女の頭に警鐘が響き動けなくなる。


<口を借りるよカナデ。>


動けぬ魔女の頭に軽口が響く、とほぼ同時に魔女の口が開く。


「ひーめー。ご機嫌麗しゅ~う。ボクがこの日をどれだけ待ちわびたことか。実に100年! なのに100年ぶりに見るキミの顔は曇っている。目が吊り上がっている。そんな姫見たくないよっ 炎に照らされるキミの顔はもっと憂いをにじませ気怠そうな顔ではにかむべきだとボクは思うよ~?」


「ダンダリオン!? じゃあ……カナデ?」


見たこともない老婆が空から降りてきて、とんでもない早口でペラペラしゃべりだす。

思わず姫の目が丸くなる。

知っていた人物。

それも3番目に会いたかった人だった。

驚いた。嬉しかった。涙が零れそうになって歯を食いしばって耐えた。それでも表情が歪んだ。


<助かったよ。ダンダリオン。良い判断だ>


口が動かない魔女の思考。それを無視して彼女の口はまだしゃべる。


「そのとーり! こんなしわくちゃになってたらわかるわけないよねぇ! ふふ。良い顔になったね。ボクもニコニコだよ、こんな顔じゃ伝わらないけども。ほらカナデ笑って笑って!」

<しわくちゃで悪かったね。そろそろひっこみなさいな。>


「カナデに聞きたいことがあるの。代わりにダンダリオンが教えてくれるなら、それでもいいけど?」


無茶苦茶言われて憤慨する魔女は地に降り立つ、辺り一面はまだ炎の海。

談笑している場合ではないのだから。


「なんなりと。と言いたい所ですが、とりあえず場所を移しましょう。わたしの住居にご案内いたします。」

「13番目はどこにいる?」


やっと自身の悪魔から主導権を奪い返す魔女。

そこへかぶせられる冷や水。再び硬直する魔女。


<誤魔化しても誤魔化さなくても危ない>

<わかってる>


「今もいるかは定かではありませんが、10年ほど前の居所でしたらわかります。地図があるほうが説明しやすいでしょう。なにぶんわかりづらい場所ですので」

「そう。まだ付き合いがあったんだね。」


次の言葉が咄嗟に出てこなかった魔女。

じっと見つめる姫。その目は黒い。

陽の光の元ではあんなに蒼いのに、暗い瞳に炎が揺れている、それは映り込みか、それとも……。


仕切り直しがいる。さきほどから熱気で体力が削られてもいる。


「そういうわけではありませんが。ひとまずお乗りください。筆頭魔女のカナデも昔の話、老婆にこの熱気は少々酷でございます。お願いいたします。」


杖を尻に敷き風を掴み空に浮きながらの懇願。二人乗りは力を使う。


姫はようやく薔薇の杖を下げる。

すると握っていた茎が突然鞭のように跳ねて、姫の胸元に突き刺さる。

すぐに茎がしぼみ伸するその様は触手のようでもあった、薔薇はまた姫の胸元へ戻った。

花弁を少し閉じ控えめに咲いた姿で、そこが定位置であると主張するように。


「……便利ね?」


姫は平然とそれを受け入れていた。

くすぐるように薔薇を一撫でし魔女の前に横乗りをする。

魔女は少しだけ安堵した。

もし今背中を取られたら平静でいられた自信がない。

忌々しかったはずのあの薔薇の行いも良かった、凄惨な場面だったはずだが痛みもない様子。

姫はあの薔薇に親しみすら持っているように見える、僅かに綻んだ顔がそんな風に見える。


未だ炎に包まれる城跡から飛び立つ。無言で。

昔、魔女が姫を乗せて飛んだ時はもっと饒舌だった。

なのに今は何を見ているのかもわからない。

今は次の言葉が紡がれることを恐れている。

一刻も早くこの逃げ場のない空から逃げ出さなければ。

夜明けはまだ遠いらしい。

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