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第十話 西の暴風(2) -響く轟音-

大陸南部に広がる大雪山。

雪と氷に閉ざされたその山の北西の裾に小さな村がある。

南から冷たい山風が吹き込むその地は、北に平原、西に森を持つ交通の要所とも言える場所ではあった。

もっとも北に行っても何もない、西の森の中には『魔女の楽園』と呼ばれるあまり良くない噂の場所があり、南と東は大雪山であり、恵まれているかというとそんなこともない。


そして噂によればこの村は、存亡の危機に直面していた。

今この村には楽園へ向かっている『魔女殺しの魔女』が近づいていて、その魔女を『西の暴風』が追いかけてきている、というのだ。


地獄の扉が開きそうなそんな村を、昼前に一台の馬車が来訪した。




「ちょうど良いですね。私達はその『西の暴風』と『魔女殺しの魔女』の討伐の為に出向いたのです、探す手間が省けた、というものです。」


白いベレー帽とチョッキ、マント、スカート、その下に黒い長袖のシャツとタイツを着込んだ茶色のショートヘアの中年の女性。

制服のように思えるぴしっとした着こなし、彼女は村の長に『魔女の楽園』の使者、テレーザと名乗った。


「それはありがたい。この村にも魔女はおりますが、どちらも手に余るとのことで、噂を聞いた一部のものも怯えております。中には村を離れたものもいますが、離れてどこへ行くと言うのでしょうね。北も北東も『西の暴風』に蹂躙された跡ばかり。ところで、おふたりで、でしょうか? 中央の異世界人と魔女の討伐隊が『西の暴風』に全滅させられた話は私も小耳には挟んでおりますが……。」


「魔女の相手は魔女がするのが一番です。それに話を聞く限りでは、うまくいけば『氷の葬歌』を倒した『魔女殺しの魔女』とも共闘出来そうですし。」


桃色の短い巻き髪が爽やかな印象を与えるヴァニラと名乗ったまだ若い、妙齢の婦人が軽い感じで答える。


「それはともかく、もう一件の方さっそく取り掛からせて貰いますね。」


「魔法の才能というのは探そうとしなければ見つかりませんからね。楽園なら師には困ることもありません、数年で魔女として修行を受けお返しします、そうすればこの村もより良くなるでしょう。」


楽園の使者テレーザとヴァニラは、魔女となり得る人間を探して連れて帰り、修行を受けさせ立派な魔女に育てて故郷にお返しする、という話を村長に通していた。


魔女になるならば、今世界で最も多く魔女が集まり日夜研究に勤しんでいる『魔女の楽園』で修行を行うことが一番の近道であり、それが世の為人の為に繋がるのだと村長に説明をしていた。


村長もまた断る理由はなかった。

この村にも魔女はいるが、日々の仕事で手一杯である。

万が一倒れられては、まだまだこの村は魔女なしでは何かと不便が多い、将来の投資と思えば悪くない話であった。

その家族も一緒に行くことができるとなれば、断る理由もない。

魔女だらけの町、となればどこよりも安全で快適に違いないと思うのが普通なのだから。


二人はさっそく手分けして、特殊なガラス玉を持って村の人々を訪ねて回る。

そのガラス玉には砂が入っている、手をかざし魔力が多ければ、砂に宿る魂がその手に引き寄せられる。

魔力の変換効率、好まれているかどうかは、砂の煌めきの増減でわかる仕組みだ。


楽園への切符、となれば人々の関心も高く、昼前だったのもあり、人々は早々に仕事を切り上げお昼前にほとんどのものが抽選会を終えた。

結果として二人の子供が、楽園の使者のお眼鏡に止まった。


「さて、それじゃちょっとお家の方で説明させてもらいますので、お邪魔しても?」


「では村長さん、少し作戦会議と行きましょうか。」


二人は別れ、そこで一度お開きとなった。




「こんにちは。旅のものですが、少し食料など分けてもらいたいのですが、宜しいでしょうか?」


村の農家で一人の女性が銀貨を一枚ちらつかせ、交渉にあたっていた。

黒髪長髪、羊毛のマント。オレンジ色の布が巻かれた枯れ木の杖を持つ女性。


「ああ、構わんが。あんたもしかして魔女かい? ならちょっと村長のとこへ顔出してくれないかい? なにやら困りごとみたいでな。」


どこへ行けば? とノゾミはさらに訪ねたところ、農家のものが案内を買ってくれた。

昼下がりの村には活気が戻りつつある。

随分と広いし家屋も多い、もう数年経てば町と呼ばれてもおかしくはないくらいに。


ズドンッ


何か重い音が聞こえた。

農家のものと顔を見合わせて一緒に首を捻るノゾミ。


「村長の家はそこ……。」


目的地に到着する前に、村長の家の扉が勢いよく開き、中から男性が転がり出てきた。

何かを恐れ逃げているような。


ズドンッ


地面に何かが弾けた、と思ったら地を這う男性が突然肩を押さえ地べたに伏せる、その肩からは血が溢れている。


ノゾミは悪魔の魔眼を発動。

その目は家の中で片手で何かを持ち上げている中年女性を捉える。

直感的に、あれが男性の怪我の原因と感じ魔法を奮う。

二人の間に土の壁を形成する、農家のものが男性に走り寄る。


ズドンッ


土の壁の一部が砕けた。

やはりそうだとノゾミは確信する、薄暗い家の中で、中年女性の手元に小さな火が見えた、恐らくは魔女、ならば。


ノゾミは自身の影から黒針を伸ばし中年女性を攻撃する。

中年の女性は急いで扉を閉める、黒針が扉を貫く、しかし手応えはない。

大騒ぎする農家のものの声が人を呼ぶ、次々と人が集まってくる。

魔女は家の中だ逃げ場はない、とノゾミは村長の手当てを優先して魔法を使う。


生命力をその血に分け与え、傷を塞ぐ速度を大きく向上する。

血はすぐに固まり出血は止まった、魔法でできる治癒とはこのくらいである。


お風呂に入る時に使っていた目隠し用の布があったのを思い出し、火で炙ってから、生み出した浄水で浸し、さらに生命力を付与した布を傷口にあてがう。


村の魔女だろう、救急用の箱を持って走ってきたが、ノゾミの治療を見て、上から包帯を巻く程度しかできなかった。


「黒髪、長髪の魔女……。」


治療を受け少し落ち着いた村長は呻くように言葉を絞り出す。


「私は魔女殺しの魔女 名をノゾミ。一体何があったの、あの家にいるのは魔女なの?」


「え、うそ!? まじですか!? 姫様!?」


村長が答えるより前に、白い服に身を包む妙齢の女性が現れ、驚いた顔でノゾミを見ている。


「……? だれ?」


姫と呼ばれたのでノゾミは反応し顔を向ける。

しかし見覚えがない、服装にも、その顔にも。

第一に、桃色の髪の知人などいない。


「私です! 6番目の魔女ヴァニラです! お目覚めになっていたんですね! どうしてこんなところに? あ、テレーザー!! 姫様がいるよっ!! 11番目のテレーザもいるんですよ。」


途中で大声を上げるヴァニラ、言われてみれば、少し老ければこんな顔かも知れない、髪の色がわけがわからない。


ヴァニラの声に応じるように、村長の家の扉が開き、中年の女性、11番目の魔女テレーザが姿を現す。

こちらも記憶と違う、もっと若かった気がする。

右手に何か鉄の塊を下げ、信じられないものを見るような顔でゆっくりと近づいてくる


いや、今はそれよりも。


「……テレーザ。あなた、村長に何をしたの?」


「黒髪長髪……。」


質問には答えず、村長と同じように呻くように言葉を紡ぐテレーザ。


「あの鉄の塊が光って音がしたと思ったら、こめかみを熱いものがかすったんだ。あいつは、俺を殺す気なんだ、助けてくれ!」


村長が必死にノゾミに訴える。

ノゾミとしては知らぬ人物でもない、警戒はしているが、元教育係の振る舞いに習い、ノゾミも杖を下ろし土の壁を崩す魔法を使う。


村長と農家の男と村の魔女とノゾミを挟むように、テレーザとヴァニラが立つ。

騒ぎを聞いて寄ってきたもの達はよくない空気を読んでそれを遠巻きに見守る。


「私達今は『魔女の楽園』の魔女なんです。それで『楽園の主』様から命令を受けて、『西の暴風』と『魔女殺しの魔女』の討伐。それと魔女の才能がある人の保護に来ていたんです。姫様はどうしてこちらに? というか姫様も魔女になられたんですか!?」


「ヴァニラ。私が聞いてるのは、この人に何をしたかよ。聞こえなかった?」


「ご、ごめんなさい……。姫様すごい怖くなってる……。えっとですね、災いの種を刈り取っているんです。」


「災いの種?」


「はい! 『楽園の主』アルテミシア様が仰ったんです。遠くない未来に、異世界人や人が結託し、普通の人がもっていない力をもつ魔女を、恐ろしいという理由で殺し尽くす、『魔女狩り』が行われるだろうって。だから『魔女の楽園』は未来の魔女を保護し、少しづつでも災いの種、異世界人や人を刈り取っていこうと決めたんです。アルテミシア様の世界でも罪なき魔女がたくさん殺されたと仰っていました。だから悲劇が起こる前に、それを防ごうって! 彼もこの村のものも、みんな災いの種です。幸い二人の未来の魔女は保護できましたけどね。」


何を言ってるのかノゾミには理解できなかった。

村長が何をしたと言うんだろう。

村の人が何をしたと言うんだろう。

ただ恐ろしい未来を作る可能性があるから殺す?


否定しようとして黙ってしまうノゾミ。

ヴァニラの主張、『楽園の主』アルテミシアの考えはおかしい。

しかしノゾミ自身もまた、『魔女によって悲しい思いをする人が増えないように、全ての魔女を排除したい。』そう望んで、魔女殺しの魔女と自身を定義した。


あの時の自分は、どれだけ頭に血が昇っていたのだろう。

何も知らなかった、ただ目の前の、自分の国にいた13人の魔女だけが全ての魔女だったあの頃。


でも


人の為に杖を作り、心なき言葉を浴びせられ狂った魔女がいた。

人の為に生涯を尽くし、最後に自身の幸せを掴み取ろうとし過ちを犯した魔女がいた。

人の為に望まれるままに詠い、禁忌に足を踏み入れていた魔女がいた。


彼女達は本当に殺すべきだった?

彼女達はその生き方に対して、報われた?


そんなことはない。

彼女達にはもっと、相応しい未来があったはず、あるべきだ、なくてはならない。


では彼女達を追い込んだ「人」こそが『災いの種』なのだろうか?

それも違う。


彼女達を想ってくれる人達もたくさんいた。

死を嘆き、悲しんでくれる人がいた。

例えそれが間違っていても、支えてくれる人がいた。


なら私は今、何がしたい。




ヴァニラとテレーザが何かノゾミに熱心に話しかけている。

その間で村長と農民と村の魔女が怯えている。

その周りで村の人々が不安がっている。


「姫様は魔女になられたのですから大丈夫です、魔女の楽園は魔女であれば誰でも受け入れてくれます。


「お待ちなさい。黒髪長髪……。姫様が魔女殺しの魔女ではないのですか?」


「薔薇の杖もってないじゃないですか。」


今、私は、人々を不安にさせる、この二人の魔女をどうにかしたい。

その方法は……?

殺せば良い?


迷う。


そこへ突風が吹き荒れる。


民家が数棟崩壊し、その瓦礫は風に乗って鋭く、まるでギロチンのように空を舞う。


ノゾミは杖を地に刺し大規模な土壁を形成。

悪魔の魔眼に映る全ての人を守る。


土壁を叩く恐ろしい音。

悲鳴。

そして風が止み響き渡る声。


「いたいたみつけたー。魔女殺しちゃんだよね? そっちは楽園ちゃんとこの子かな? まぁいいや。よくも葬歌ちゃんをやってくれたね? 代わりにもならないだろうけど、せめて暇つぶしに弄ばせてもらうよ!」


杖を持った子供が空から地に降りてきて、ノゾミが形成した土壁の上に降り立つ。。


足首まである金髪は腰の位置くらいから強く赤身を帯びている、髪がいくつもの束になっていて宝石のついた髪留めで纏められている、9束くらいだろうか、重そう。

レジーナほどではないが扇状的な赤い服を着ている。

そして身体中のあちこちに貴金属の装飾品、姫時代のノゾミでもこんなにたくさん装飾品をつけている下品な女は見たことがなかった。

加えて杖まで金属、穂先には指輪やネックレスがジャラジャラしている。


「西の暴風……ね。」


「そうよ。私が世界で一番自由な暴風 メアリー様よ! そうでしょう!? ゼピュロス!!」


その背中に黄色い、鳥のような翼が生える。

同時に風の塊が飛んでくる。

当たれば風に殴られた上に吹き飛び叩きつけられる。

しかし悪魔の魔眼は形なき風すら、その僅かな空気の揺らぎを読み取り、朧げな輪郭をノゾミに見せる。

杖の先に闇の巨塊を生み出し、風の塊に叩きつけ喰らい霧散させる。


ヴァニラとテレーザが鉄の塊を構え、メアリーに向け、そして轟音が鳴る。


メアリーは風を身に纏い、迫る鉄の小さな塊を逸らす。

さらに楽園の二人はそれぞれ火球と土の球を打ち出す魔法も交え攻撃。

それを土壁の向こう側へ降りて避けるメアリー。


ノゾミは土壁を土砂に戻す、周りにいた人は逃げ始めている。


楽園の二人は同じ魔法で追撃を加える。

それをメアリーは宙に逃げ回避、二人の魔法は後ろの村長の家に直撃。


「ちょっと。3人とも、外でやりなさい。」


どうすればいいかと動き始めるノゾミはローブを引っ張られる。

振り返ると、村の魔女がローブの裾を掴んでいて、握った手を出している。


「なに? 今忙しいの!」


「これを使ってください。その代わり村を守って下さい! 私では力が足りない。やりたくてもできないから。」


手を出すと、そこに黄色い宝石のついた指輪が、その掌に乗せられた。

トパーズの石。

決して安物ではない、宝石自身に魂が宿っている。

でも。


「……私が使うと、こじょ指輪じゃ耐えられずに壊すかも知れない。それでもいい?」


「構いません。指輪はまた買えます。でも人の命は買えません。その指輪で誰かを助けられるなら、安いものです。」


「わかった。やれるだけやってみる。」


村の魔女は頭を下げ、タクトを取り出し走っていく。


<ならば村の外に誘導しよう。空を飛ぶ魔法と小さな攻撃魔法で、村の中にいるほうが飛来物が多くて却って危ないしね>


「わかった。」


借してもらった指輪を中指にはめ、ノゾミも戦線に戻る。




楽園の二人の持つ鉄の塊、ダンダリオン曰く銃と弾というらしい。

そういえばそんな武器が異世界人の書いた本にあった、実物を見るのは初めてだった。


楽園の二人は魔法の消費を抑え、左右に分かれ銃による攻撃を続けている。

『西の暴風』メアリーは宙に浮き、弾を風でいなし、家屋を薙ぎ倒すついでに二人に飛来物で反撃をする。


ノゾミは村の外に向けて走り出す。

足が地につくたびに、一歩一歩小さな土の弾を生み出しメアリーを撃つ。


「なにそのしょっぱい攻撃〜。」


にやにやしながら土の弾を楽々避けてノゾミを追いかけるメアリー。

しかし、リズミカルに弾き飛ばされる土弾の中に、突如混ざった鋭い黒針がメアリーの首を掠める。

返す針で後頭部を狙う、が、メアリーはそれを前回転して避ける。


しかしその首筋からは血が流れた。


「……。」


<来る。全速力でまっすぐ飛びたまえ!>


ダンダリオンの指示に従い空を飛ぶ魔法を使う。

さきほどとは比べ物にならない、風の球がノゾミがいた地面を抉る。


<適当に反撃しながら 左! 方向はそのまま!>


メアリーを見ながら、低空を駆け一直線に村の外へ向かうノゾミ。


後ろから楽園の二人の銃の音も聞こえる、3人とも追ってきている。


獲物を見るような目で追ってくるメアリーの追撃を全て躱し、村の外に飛び出すノゾミ。

するとメアリーは村の入り口で急に反転。

村か楽園の二人にかはわからない、しかし、風の渦が家屋をばらばらにする。


また銃声、ノゾミもこれ以上外に引っ張り出すのは無理と判断し、急いでメアリーと村の間に入るべく反転、着地と同時に黒針を放ち、続けて黒鞭を奮う。


メアリーの髪が、うねった。


束ねられた9本の髪がうねり伸び、黒針を折り、黒鞭を弾き、銃弾を弾き、さらに3人目がけて襲い掛かる。


ノゾミは咄嗟に指輪をはめた手に闇を纏い、メアリーの髪の鞭を弾く。

しかし一瞬遅れて飛んできた風の塊をもろに受け吹き飛ばされる。


中央に浮かぶメアリー。

魔なるものの翼を背に、その9本の髪を波うたせ、口角を吊り上げ、笑っている。

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