第九話 氷の葬歌(3) 氷墓に響く 鳴り止まぬ歌
「なかなかやるね。」
『だなぁ。それじゃ俺もそろそろ歌うぞ?』
攻撃が止み唐突にラヴィスの声が聞こえた。
ノゾミはそのラヴィスの声に、ハスキーな男性の声が応じるのを確かに聞いた。
なのに二人の声がどこから聴こえてるかわからない。
全方位から声が聞こえる、そんな気がして見回す。
しかし悪魔の魔眼を持ってしても、氷鏡に映るラヴィスがどれが本物かわからない。
<アムドキアスの力は音や声の操作にある。発する音の振動を曲げたり分散できる。>
<ラヴィスの魔法に合わせられると厄介ね。……あいつが歌うっていうのは?>
<そのままの意味さ。加えて彼女の楽器。弦の数と造り木の性質から見て、イス・ルーティア・ベルニカ。魔楽器の中でも特に歴史が深い。水を揺らし海の中までその音を届けると言われるほどの名器だ。雪の中でも土の中でもお構いなしだろうね。>
<他の音を立てて掻き消すとかはどう?>
<おすすめしない。ここら一帯から顰蹙を買いかねない。>
───かけて こけて それでもまた走る あの日の夢を追いかけて───
──『 はねて ないて でも走り出す あの人に追いつきたくて』──
二人の声が聞こえる、とても楽しそうの歌っている。
それが魔法でなければ、ずっと聴いていたかった。
ずもももっ
っと地の雪が膨れ上がり、ノゾミの3倍ほどの雪の塊、否ゆきだるまが現れる。
両手を振り上げる雪だるま、そのまぁるい手を振り下ろす。
ノゾミは避けながら、炎と黒鞭で片腕を吹き飛ばす。
<姫!? それは姫が使っていい武器じゃないと思うなっ!!>
こんな時にダンダリオンの声が可笑しそうに響く。
ノゾミの枯れ木の杖から迸る闇の鞭は、いつのまにか棘が生まれ、先端が黒いトゲトゲの塊になってる。
───鎖鉄球振り回すキミ その姿がおかしくて 一緒にあそぼと わーらわら───
──『 振り回す草ァ その姿は凛々しくて一緒にあそぼと ゆーきのこ』──
「鉄球じゃなくて、薔薇!」
どうやら真面目に戦っているのはノゾミだけらしい。
1m、子供サイズの雪だるまがわらわらと生まれ、ノゾミに襲い掛かる。
足元に靄がかかっていて冷える、足の感覚が鈍い。
ランプの灯火を纏い高熱の先端を持った黒針を無数に伸ばし全周囲の雪だるまを迎撃しながら氷鏡を砕くノゾミ。
しかし倒し損ねた雪だるまが首だけ、鋭い歯が並ぶ口がノゾミのランプを持つ手に飛びつき噛み付く。
鋭い痛みに歯を食いしばり、その手に闇を纏い雪だるまの頭を粉々にする。
手は千切れていない、出血が酷い、指も動く。
しかし出血はすぐに止まる。
気づけば足元の靄が下半身を覆うほどの高さになっている。
腕の傷口の血が即座に固まる。
ランプはすでに落としていた、傷はなさそうだ。
拾い上げるには手の感覚がない、仕方なく足元のランプに触れ靄から身を守る灯火を点ける。
<姫。口を借りるよ。空気の振動をよく見てて。>
言うが早いかダンダリオンがノゾミの口で大声を出す。
「やぁーアムドギアス! 今日のキミは特別ゴキゲンだね? よほど良い主らしい。」
『ダーンダーリオン! 最高だよ。今度また詩集の交換会でもしようぜっ! うちの主人のが多いけどなっ。』
「いいね。氷の葬歌の詩集なんてこの世に二つとないよっ。ちなみにボクも300冊くらい増えてるよ。」
<みつけた。>
黒薔薇の鞭を奮う。
<足りない。もう一撃。>
ご所望通り、ノゾミは自身の影からも黒針を伸ばす。
枯れ木の杖がみしっとなる感覚。
しかしその甲斐あって、黒薔薇の鞭が一点の鏡を砕く。
勢いそのままに何もない空間へ。
ガキンッ
鈍い音を立てて、何もない空間にヒビが入り割れる。
ぱらぱらと崩れる氷の盾、ひび割れた空間のその先に、変わらず座って歌い奏でるラヴィスがいた。
黒薔薇の鞭は氷の壁で止まったが、黒針がラヴィスを穿つ。
と思われたが、またもラヴィスの前の空間にヒビが入り止められる。
「わぁっ! 危ない。ぎりぎりセーフ。アムドキアスの声が少しだけ指向性を持っちゃって位置がバレたんだね。」
『俺のせいか。ダンダリオン。ずるいぞー。』
<姫!>
ノゾミはもう黒薔薇の鞭を霧散させて、杖を振り下ろしている。
魔女の鉄槌が振り下ろされる。
闇の奔流が頭上からラヴィスへ降り注ぐ。
しかしそれも阻まれる。
ラヴィスの頭上で闇が受け止められている。
<後がない、ここで決めて。あの速度で凍らせる過程のある盾を作れるとは……肉を持ちながら事象の領域にあるもの。あれが災いを冠するもの、か。」
言われるまでもない、ずきずきと痛む左手でランプを掴み、炎の矢を多角的に展開。
何本も何本も、一点えお狙って集中射撃。
しながら、ノゾミはラヴィスに向けて走り出す。
───終焉が鳴り響く 近づく影を 闇を振り払う光を───
──『 おわらせない 楽しい時を さぁ 光輝く饗宴を』──
光の粒、ガラスのような氷の結晶がラヴィスの前に舞う。
走るノゾミのあちこちを浅く切り刻む。
炎の矢は透明な氷の盾に逸らされている。
ノゾミはランプを掲げ、特大の火球を発射。
ダイヤモンドが焼けていく。
───光よ。夢に帰さん。───
──『光よ。無に帰さん。』──
先ほどのダイヤモンドダストが収束し光の渦が生まれる、それは光を反射し、目が眩むほどの光の奔流となりノゾミへ放出される。
「斬り裂け。闇の刃!」
枯れ木の杖にランプを引っ掛け、杖を両手で掲げ、闇と炎を生み出した固め固める。
闇と炎の奔流を巨大な刃にして、ノゾミは光の奔流へ振り下ろす。
ぶつかりあう魔法の恐ろしい圧。
吹き飛んだダイヤモンドダストがノゾミを傷つける。
枯れ木の杖が悲鳴をあげる、ランプのガラスにヒビが入る。
しかし、ふっと圧が弱まる。
ノゾミは闇と炎の奔流を振り切る。
悪魔の魔眼ははっきり捉えていた。
ギターを下ろし、両手を広げ立っていたラヴィスを。
一閃。
ラヴィスの胸が裂け、血を噴き出し、後ろへ倒れた。
ノゾミは杖にしがみついてラヴィスに近づいた。
ラヴィスのシャツとポンチョが捲れお腹が見える。
そこには大きなもう一つの口があった、アムドキアスの口、だろう。
無言で見下ろすノゾミ、ラヴィスが口を開く。
「負けちゃったなー。ねぇノゾミ。」
「……なに? ラヴィス。」
最後の瞬間、ラヴィスは手を抜いた。
氷鏡と氷盾で二重に隠れていたにも関わらず、ラヴィスは最初に座った場所から動いていなかった。
今気づいた、ラヴィスは彼女の両親の前で、ずっと歌っていた。
「歩けないから、私をお父さんとお母さんの間に寝かせてくれないかなー。」
ラヴィスはギターを抱きしめ、ノゾミに願う。
正直ノゾミもかなりキツい。
杖とランプを置き、ラヴィスを抱える。
その身体は想像以上に軽かった。
先ほど見たお腹を思い出す、口の異様さに目を奪われたが、恐ろしくスレンダーな体型だった。
それでも消耗しているノゾミは数歩運ぶのさえ厳しかった。
ラヴィスがギターで短音を発する、すると氷の墓に穴が空いた。
ラヴィスの望む場所に。
「負けちゃったから仕方ないよね。もうこのお墓は終わり。ここにとどまる魂は全てあるべき場所へ帰る。」
「そうだね。」
ラヴィスを寝かせる。
最後に手を抜いたかどうかなんて、今必要な話ではなかった。
その代わりにノゾミは別の言葉を伝える。
「ねぇラヴィス。この声、聴こえてる?」
「え?」
「貴方を呼んでる。」
「ふふ。ごめんね。私には聞こえないし、ノゾミももうあんまり見えてないの。なんて言ってるの?」
「…………お勤めご苦労様って。少しだけでも誰かの救いにはなっただろうって。偉かったねって。」
にぱっと笑うラヴィス。
「お父さんとお母さんかな。ふふ。ありがとね。」
「うん。……おやすみ。」
「おやすみなさい。ノゾミ、ダンダリオン、アムドキアス。」
ノゾミは魔法を使い、氷の墓を閉じる。
ラヴィスは両親と3人、川の字を描く形になって穏やかに息を引き取った、のだろう。
少しづつそこらにある魂が離れていくのを感じる。
冷気も弱まり、陽が少し眩しくて、熱く感じる。
<最後の言葉は、彼女の両親の声だったのかい?>
「……。そんなわけないでしょ。」
ここで寝るわけにはいかない。
それでも動けそうになくて少し休憩する。
幸い陽が出ていて回復が早い。
ランプの灯火を抱え、氷の墓の前に座り込むノゾミ。
雲はいつのまにかなくなっていた。
「嘘。言っちゃった。」
夕暮れ時の集落に、ノゾミはなんとか帰ってきた。
夜になる前に辿り着けたのは僥倖といえる。
あのまま夜を迎えていたら、本当に危なかった。
集落で一人の男が出迎えてくれた。
最初にこの集落で出会い、仕事を頼まれかけた男性だった。
「あんただけ戻ってきたってことは、そうか……やっと終わったか。」
最初の時と同じように、ついてくるよう促され一件の家に迎えられる。
それ以上その男は何も言わなかった。
家に入るなり、立つこともしんどくて、地べたに座り込み壁に背を預けるノゾミ。
男はお湯と果実の瓶詰めをノゾミの前に置き、自身もイスではなく地べたに座り込む。
余裕のないノゾミは遠慮なく頂き一息つく。
瞼が重い、しかし、男性が口を開く。
「俺が集落の長をやってる。氷の葬歌の件、礼を言っておくよ。終わらせてくれてありがとう。」
「やっぱり……あの子は最初からそういう……。」
最後の激突の際の手抜き。
負けちゃったから、といったラヴィス。
あれはつまり……。
「優しい子だったから。自分が始めたことをやめるための、きっかけ。言い訳が欲しかったんだ。不器用な子だった。」
「自分が始めたことなのに?」
「ああ。それが責任ってもんだ。あの子はあの子なりに、大きくなりすぎた自分の存在と、氷墓の噂をどうすればいいのか考えてたのさ。魔女や騎士や傭兵がが現れると、必ずあの場所へ連れて行ってケンカ売ってたよ。」
それではあの雪原道中も嘘だったのだろうか。
適当に話を合わせるために言葉を使っていたのかな。
「決して手を抜いたりはしてねえよ。今まではずっとあの子が一人で帰ってきた、怖い顔してな。あんな楽しそうに出て行ったのは初めてだったから、もしかするととはおもってたんだ。さてと……。」
集落の長は空になった瓶を片付けて、お湯のお代わりを持ってきてくれた。
「奥にラヴィスの部屋がある。そこを使ってくれ。」
「ここでいい。貴方が保護者?」
ノゾミの問いに頷く集落の長。
「そうか……まぁいい。氷の葬歌を殺したアンタに頼みたいことがある。悪いが明日、話だけでも聞いてくれ。」
なんだろう?
これは私がしたことに対する責任、なのかな。
ラヴィスの代わりに何かして欲しいと言うのだろうか。
部屋は少し寒かった、しかしそれ以上に眠気が酷くて、そのままノゾミは眠りに落ちた。
明くる日。
「改めて、一晩の宿ありがとうございました。私は魔女殺しの魔女。名はノゾミ。……頼みというのは?」
長に朝食を頂き、話を聞くことにしたノゾミ。
一晩寝たことで魔力は半分くらいは回復した。
気分も体調も優れなかった。
左腕の傷は、血が完全に固まっていた、放っておいても大丈夫だろう。
長は少し疲れた顔をしていた。
当たり前だ。
保護していた子が死に、その仇が一晩そこで無防備に寝ていたのだから。
正直、ノゾミはもう起きれなくなっても仕方ないと思ってた。
だから部屋は借りずに寝た、例え何をされても受け入れるべきだと思った。
それが復讐だと思うから。
人を殺めるものなのだから、いつ誰に刺されてもおかしくないのだから。
「この辺り一体の集落や村を守るために、『西の暴風』を殺して欲しい。」
長が口を開く、なんだそんなことかとノゾミは気が抜けた。
「構わない。頼まれなくても災いとなる魔女は殺す。つもり。……居場所がわかるの?」
「そうか、いや居場所まではわからん。ただ西の暴風は氷の葬歌を気に入ってた。氷の葬歌を引っ張り出すために、山の麓にある集落を襲ったりしたこともある。そこでだ。氷の葬歌を殺した魔女殺しは魔女の楽園を目指して進む、という噂を流そうかと思ってな。」
なるほど、ノゾミ自身を餌にするわけね。
鞄から地図を出し広げ打ち合わせをする。
「わかりました。今はここですね。そして魔女の楽園はここ。途中で糧秣を得たり、吹雪をやりすごすためにも、このまま集落を渡り歩く予定です。考えてるルートはこう。」
「妥当だな、やつは雪山の中にはあまり入ってこない。ラヴィスが言ってたが雪山の風は冷たいから嫌いだそうな。暑い風も嫌いらしいがね。どこで当たるかはわからんが、恐らくこのあたりの集落だろう。山から吹く風が強く冷気も弱まるこの辺りの集落は、奴にとって最高の舞台だ。」
なるほど……。一つ村がある。
「その村は何度も滅ぼされてはいるんだ。雪山での生活に限界を感じた奴らが山を降りてまたそこに集落を作り、村になる。その繰り返しだ。」
酷い話だった。
できれば楽園に行く前に片付けておきたい。
「……この名に掛けて、必ず殺します。」
次の目標が決まった。




