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第九話 氷の葬歌(2) -雪山に響く鎮魂歌-

大陸西部『魔女の楽園』で13番目の魔女はノゾミを待っている。

決着を着けるためにために西へ向かおうとする、しかし、その行く手には災いを冠するもの『西の暴風』の狩場と『氷の葬歌』の支配域を通らざるを得なかった。


大雪山ルートを選び厳しい雪山の中を進むノゾミはとある集落で、ラヴィスという少女に仕事を頼まれる。


屈託無く笑いよく話すラヴィス、ぽつぽつと、歩み寄るノゾミ。

二人の楽しい雪原行は良く晴れた日の下でゆっくり進む。




「ねぇねぇ。ノゾミはさ。この世を去った人と、また会いたいって思ったことある?」


一体何の雑談なんだろう。

ラヴィスの意図が読めない、深い意味はないのかも知れない。


「うん。ある。お父様とお母様と、他にもたくさん。ラヴィスは?」


「私もお父さんとお母さんに一番会いたいなー。」


「一人で、あの集落で住んでるの?」


こんな厳しい環境の中で、女の子がたった一人で生きていけるだろうか?

正直ノゾミにそんな自信はない、つい先日思い知った所だ、頼もしい相棒がいるから今を生きている。


「うん。でもみんな良くしてくれるからねっ! この服の材料とかだって貰ったものだし」


「その袋の中には何が入ってるの?」


「ひーみつ。仕事道具だよ。」


背負っている袋はラヴィスの上半身がまるまる入りそうなほど大きい、重量物ではないのだろう、ラヴィスの足取りは軽い。


お昼前に着いたのを思い出し、鞄から保存食を取り出す、野菜をつけたもので酸っぱい、それが良い。


「あ、ごめんね。まだ食べてなかったんだ。もし人を蘇らせるお墓があるって言われたらどうする?」


野菜をまた一口、ぽりぽり食べて間を濁す。

この世を去った人が戻ってくる?


「それはそのお墓に遺体を埋めれば蘇るってこと?」


「そうそう、そんな感じ。」


なんだか軽い口調なのに、内容がすごく重い。

確かにもう一度会いたい人はいる。

しかし遺体はない、二人ほど遺体はあったけど、それぞれその人を大切に思ってる人がいた、だからノゾミにどうこうする権利はない。

それになにより……。


「遺体は無いからどうすることもできないかな。それに自然の摂理に反するもの。魂が離れた肉は朽ちて、別の肉の糧になる。誰かが望んだからといって、誰もが蘇っていたら、新たな肉が生まれる糧が減ってしまう、と思う。」


証明はできない、ただ漠然とそういうものだと思ってる。


「そーじゃなくてー。大切な人にまた会えるかも知れないってわかったら、ノゾミはどうするの?」


「……。多分、そのお墓には用はない、と思う。死んだ実感がないから。目の前に遺体があったとしても迷うと思う。不自然だからじゃなくて、私はもうそれを受け入れてるから。かな、なんだか難しいよ?」


ラヴィスは? と聞こうと思ってやめた。

良かった、と言われたから。


「実は今向かってるのがそういう噂のあるお墓なんだ。私は墓守の仕事をしてるの。雪で埋もれちゃうから、たまに雪掻きしないとどこにいったかわからなくなっちゃうんだよ。」


なるほど、この若さで生きていくだけのものを得られる仕事とは何かと思っていた。

こんな地域での遠い場所での重労働なら若い人がやるべきだし、報われるべきでもある。


……さっき集落であった男性とかがやるほうが良いのでは、とも思ったが、そこは上手く利用されているのかも知れない。


「ノゾミは強い人だね。誰だって大事な人がいなくなったら、藁にもすがるよフツー。」


「寂しい人かも知れないよ?」


突然ラヴィスがノゾミの手を握る。


「寂しい人はこんな暖かい手してないんじゃないかな。」


「手が冷たい人の方が、心が温かいって言わない?」


「聞いたことなーい。」


そう返されるとノゾミは返す言葉がなくなり苦笑するしかない。


「私は18歳だけどラヴィスは?」


「15歳って言われてる。」


本当にまだ若かった。

もし妹がいるならこんな子が良かったな、なんて思いながら雪原を進み続ける。


「墓守なら、そういう噂を聞いてきた人の遺体を埋めたりしたこともあるの?」


「いっぱいあるよ。」


「そういうのって、辛くない?」


「ちょっとだけ。でもみんな私より辛そうだから、頼まれたら断れないの。私のお父さんとお母さんも埋まってるしね。」


「優しいね。……やっぱり蘇りはしないんだね。」


わかってた。

それでも会いたい、という気持ちを人は抑えられない。

それを抑えられるノゾミはやっぱ自分は寂しい人なんだって思う。


……もしあの人が目の前で冷たくなっていたら、私はどうするだろう?

もし私があの人の目の前で冷たくなったら、あの人はどうするだろう?


「ああ、ごめん。嘘ついた。一人だけ、今の話を聞いても一人だけ、その人が目の前で冷たくなったら、私もそのお墓を訪ねると思う。」


「おやぁ? どんな人? どんな人?」


「秘密。」


「はいはい。」


あの人も同じように思ってくれてたらいいな。




「着いたよ。やっぱり埋もれてるね。」


そこには一本の枝葉のない大木が立っている、多分これが目印なのだろう。

窪地にある少し開けた空間には他に何も見当たらず、雪の丘に囲われている。


ラヴィスが手を離し、大きな袋を開ける。

そこから出てきたのは楽器、ずいぶん弦の数の多いギターだった。


雪山で音を鳴らすのは確か危険だったのでは?


思わず身構える。


そんなノゾミに気づかず、ギターを構え鳴らし、詠い始める。




───その声を届けたいから とどまれ魂 この丘に───




とても綺麗なソプラノの歌声による祝詞で始まり、ギターが二重、三重に音を響かせる。


周囲の丘に積もる雪が溶けていくように見える。

その下に土が見え……ない。

足元の雪は変わらない、なのに辺り一面の雪壁が溶けていく。

これは、魔法。


雪壁の下見えたのはラヴィスの髪に似たアクアマリンの鉱石、そして。

無数の人間。


10人や20人どころではない、皆一様にやや後ろに傾いている。

目を閉じ、腕を組む人が鉱石、いや氷の中にいる。


それは間違いなくお墓。




楽器を鳴らす手は止めず、ラヴィスは巨大な氷の墓の前に立ち、土を盛り上げ椅子を作って座り、引き気味のノゾミと相対する。


「改めまして。私は氷墓の魔女 ラヴィスだよ。『氷の葬歌』と呼ばれる方が多いけどね?」


先ほどまで談笑していた時と変わらず、にぱっと笑い、改めて自己紹介をされる。

ノゾミは言葉が出てこない。

辺りを何度も見直して、その異様さをようやく口にする。


「ここにいる人達は、本当に死んでいるの?」


まわりの雪でもない、氷でもない、地面でもなければ木からでもない。

間違いなく氷の中の人間から、極僅かな魂の気配がする。

ざわざわと、耳障りな魂の声が微かに聞こえる。


「うん。……中には瀕死の人や病気で息も絶え絶えな人も居たけどね。」


「この人達はみんな、誰かが連れてきたっていうの?」


貴方が殺したわけではなく?

こんな場所へこれだけの人が誰かに連れてこられたなんて、ノゾミは信じたくない。


「そうだよ。異世界人の人達の知識さ。今は助からない命でも、死ぬ前に遺体を冷凍保存しておけば、いずれ助けられる方法が見つかるかも知れない。コールドスリープって言うんだってさ。助ける方法が見つかったら解凍して助ければいいって。」


そんなことがあり得るのだろうか?

しかし、それを信じる人がいたから、ここにこれだけの人が眠っている。

だけどこれは……どうしても否定したい気持ちが湧いてくる光景だった。


「確かに魂の気配はある、声も微かに聞こえる、けど……。」


「ノゾミも聞こえるんだ? 私も聞こえるよ。ふふ。あーそれじゃあ誤魔化せないな……。」


「なにを。……。ラヴィスの両親もここに?」


「ここにいるよ。このお墓の始まりの二人だからね。まさかこんなたくさんの人と眠ることになるとは思ってなかったよ」


ラヴィスが目線を投げた場所、その座っている場所の背後に、まだ若い男女が眠っていた。

けれど、ノゾミにはその二人からは。


「ねぇラヴィス。その二人からは……。魂の気配も声も感じられない。」


「そうなの。ちょっと体調を崩して一週間ほど詠いに来なかったら、なくなっちゃってた。だから今は3日以上は間隔が開かないように頑張ってるんだよ。」


どちらも黙ってしまう。

いつのまにか雲が出てきて影が差している。

ギターの音に死者の声が重なって聞こえる。

囁くような声、呻くような声、すすり泣く声。

とても悲しい調べだった。


「今まで蘇った人は?」


「いない。」


ラヴィスにもこの死者の声が聴こえているはず。

それでもなお、これからもずっと、こんなことを続けるつもりなのだろうか。


「私だってね、こんなことはおかしいって思ってるよ。でもね、この地に来る人はどこからか噂を聞きつけてやってくるんだ。棺を背負ったりして、こんなところまで。そして私に望むの、氷の葬歌を望むの。あんな姿を見せられたら、私断れなくって。」


えへへ。と笑う。


それはわかる、こんな過酷な環境で人を担いでなんて、正気の沙汰とは思えない。

それでも一縷の望みに縋ってやってくる人を、誰が拒める?


「……やめなよ。貴方もここにある魂も、望みをもってくるものも。誰も幸せになれないよ。聴こえてるんでしょ? あの声が。わかってるんでしょ? ここに縛られることを望む声じゃないって。こんなの……生きてる人が勝手に望むことでしょっ!」


「言ったよね、私は望まれたから断れないって。応えたいんだよ。……どうしてもやめさせたいなら。やってみなよ。魔女殺しの魔女。」


ラヴィスを傷つけたくはなかった。


「ふふ。怖いなぁ。キミがこの山を出るまではずっと見張っておかないとね。」


後日、ここを砕きに来ようかと考えた、それも考えを読まれたように先回りされる。


ノゾミは鞄からランプを手に取り、端っこへ投げ、そして杖を構える。




「よーし。それじゃ、一緒に歌っておくれアムドキアス。」


『ああ。今日は陽気に詠えそうだ。』


「ダンダリオン。目を貸して。」


<仰せのままに。>


ギターのボリュームが上がる、ゆったりした曲、なのに一字一句がはっきりと聞き取れる力強い言葉。


───私と貴方で奏でる鎮魂歌  雪と踊り 氷と戯れ 疲れ果てたらおやすみなさい───


歌が全て魔法になる。


ノゾミの周囲、全面が氷に覆われ、そこにラヴィスの姿が映ってる。

何十という氷の鏡、さらに雪がちらつき視界を遮る。

それどころか降る雪に触れると、肌がじゅっとする感覚。

闇属性と同じ、この降り注ぐ雪が全て生命力を奪いにくる。


ノゾミは突風の魔法を、使おうとするも不発。

さらにじわじわと雪に灼かれ続ける。


<ここの自然は葬歌の味方だ。雪も風も使えないと見ていい。大地や木々も怪しいと思いたまえ!>


ノゾミは杖の代わりにランプを掲げ熱を纏い降りしきる雪を防ぐ。

さらに杖を振り、先ほどラヴィスがいた場所を狙い闇の黒針を伸ばす。


びしっ とあっさり鏡に穴が空く。

手応えはない。

返す針で今の鏡を割る、そこにラヴィスの姿はない、しかし他の氷鏡にはラヴィスが未だに座っている姿が見える。


ならば、とさらに黒針を伸ばす、波打つように、じぐざぐに、次から次へと氷鏡を割っていく。


───鏡に映るその姿 手を伸ばしても触れられない 遠ざかるだけのキミはどこにいるの───


見渡す限り全ての鏡を割った、しかしラヴィスがいない。


割った氷鏡があった場所から雪玉が飛んでくる。

悪魔の魔眼は正確に雪玉を捉える、ノゾミは手で払う、しかし異様な硬さに痛みを感じ、さらに手の甲が灼ける。

そしてそれが今度は無数に全周囲から襲ってくる。


自身を中心に闇の渦を生み出し、雪玉を全て掻き消す。

そして氷鏡が再度生成されるのを目にする。


一方的な展開。

降りしきる雪を防ぎ、敵を探す、居所を外したら反撃が来る。

使える手まで限られてる。


───最高の夜を白く染める雪空の下 熱く激しく ロンドロンド───


足元の雪が塊になる、ノゾミの悪魔の魔眼はそれを正確に捉えている、しかし悲しいかな。

ノゾミはそこまで運動能力は高くなく、足元も深い雪で不安定、雪塊はノゾミの脇を通り過ぎる際にノゾミの身体を回すように叩く、そして次、二つ目に叩かれる、さらに三つ目に叩かれ振り回される。

バランスを崩す攻撃か、ダメージはそれほどでもない、しかし方向感覚が狂う、どこを向いていたかわからなくなる。


ならば何も律儀に真ん中にいる必要はない。

氷鏡の一角を闇の奔流で吹き飛ばし、カウンターの雪玉もそのまま潰し走って陣取りをした。

追ってきた踊る雪塊にランプの炎を浴びせ溶かし切る。


<姫。闇を杖から伸ばし、そして杖を振るいたまえ。このままでも消費するだけだ。>


言われたとおり、なるほど、黒鞭。


<もう少し細く、小さく靭くしよう。武器の扱いに慣れていなくても同じような魔法の使い方をしているから、感覚的に使いやすいだろう。いざとなれば狙いの場所へ飛ぶように、必要最低限を魔法で操作すればいい。>


なるほど消耗がかなり少ない。

氷鏡を叩き割り、カウンターの雪玉も手首の操作と魔法で落とせる。

魔法の誘導を魔力ではなく腕の操作で肩代わりしてるわけだ。


しかしいくら氷鏡を割ってもラヴィスの姿が見えない。

歌も演奏も止まない。


ふっと、ノゾミの頭上が真っ暗になる。

天高くに巨大な氷塊が浮いていた。

次の瞬間、それは凄まじい速度で地に放たれた。

咄嗟に闇の巨腕に切り替え、がむしゃらに腕を奮い粉砕する。


「すごい。まさか一撃だなんて。『西の暴風』に匹敵するよ。」


「それはどーも。」


氷の葬歌の声は楽しそうに笑っていた。

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