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第8話 蠱毒なレジーナ(2) -お金の価値 買えないもの-

中央地域サンプレセント共和国、ヘンリー伯爵家の邸宅。

時刻は夜22時。


伯爵とお別れの挨拶を済ませ、ノゾミは一直線に魔女レジーナにあてがわれた一階の隅にある部屋へ向かう。


罪状は定かではない、その魔女の死を望むものもいない。

しかしノゾミとしては十分だ。


毒を以て攻撃された。

追い出そうと嫌がらせをした。

オズワルドと仲違いをさせようとした。


これまでも何人の女性があの魔女に追い立てられ、悲しい思いを胸にここを去ったのだろう?

善良なお嬢様を演じて、大人しく当て馬になっておこうと思ったのに、攻撃してきたのは魔女レジーナだ。


これ以上、あの魔女に悲しい思いをさせられる人を増やす必要はない。




魔女レジーナは部屋にいた。

先程懲りずに何かしとうとしていたクレラと部屋で話している、クレラの表情は暗い。


悪魔の魔眼を発動させているノゾミが地に降り立ち、窓から見えたのはそれだけだった、部屋にいるのを確認した時点で魔法を撃っていた。


自身の影を一直線にレジーナへ向け伸ばす、最短距離でその心臓を狙う黒針に、レジーナではなく窓側を向いていたクレラが気付いた。

ガラス窓に小さな穴を開け、黒針が魔女を狙う。


レジーナはクレラに飛びかかられ、難を逃れた。


ノゾミは黒針を途中で曲げ、地を這うレジーナを狙う。

それも避けられた、と思う、手応えがない。

2人は窓の下に身を潜めたのだろう。

黒針を霧散させ、新たに闇の巨腕を生み出し、自身の影に従え近づく。


短い静寂。

突然、窓が開かれる。


部屋の中から大きな火の球が飛んでくる。


闇の巨腕で飲み込もうとするノゾミ。

しかし火の球が先に弾ける。

爆炎、爆風、爆音、急激な温度変化が炎の柱を生み出す。


爆風が窓ガラスを割り、地を抉る。


至近距離で破裂した爆炎で息ができなくなり、咄嗟に空を飛ぶ魔法で後退するノゾミ。


それを追うように魔女レジーナが悠然と姿を表す。


ノゾミが薄ら笑いを浮かべ口を開く。


「ごきげんよう! 大人しくしていれば随分とまあ好き勝手してくださいましたわね? たぁっぷりお返しさせていただきますわ!」


「さっさとここから出ていけば見逃してあげたのに! この泥棒猫め。この屋敷から叩き出してあげるわっ‼」


いきなり攻撃されたレジーナも即座に応じる。


「泥棒猫? 母親気取りでしょうか? 陰湿な小姑に付き纏われるオズワルドが不憫で不憫で仕方ありませんわ!」


ノゾミの従える闇の巨腕が振り下ろされる。


「あの子におかしな虫がひっつかないように振り払ってるだけよ! 貴方が一番たちが悪かったわ。アンプローズ!」


レジーナは手にするランプを掲げる。

灯る小さな火は、大きく大きく膨れ上がり闇を迎え撃つ。


同時にノゾミの前に小さな火球が膨れ上がり弾けた。


大した威力はない、しかし炎に面食らいノゾミの魔法がゆらぎレジーナの炎に押し負ける。

避けれる。

威力が削がれた炎に包まれる前に地を転がり避ける。


「だいたい貴方、一体何なの? 家の付き合いであの子に近づくやつは多かった。それが最近になって素性のしれない小娘が屋敷の中に入りはじめた。貴方だけではなく何人もね。気が気ではなかったわ。」


ノゾミの周りで小さな火球が次々生まれては連続で破裂する。


鬱陶しかった、どれも無視しようと思えば無視できる気はする、しかし気が散る。

反撃をと思ったら、一つだけ火球が大きくなる。

熱風に炙られ後ろに飛び退く。


「あら、ご存知ではない? 貴方とオズワルド様の距離を伯爵様は危惧しておいででしたのよ? もう少しご自身の年齢を考慮した距離を考えるべきでしたわね!」


座標指定魔法。

集中力を要し発動まで時間がかかる。

レジーナの足元にぽっかりと黒い穴が広がり、無数のちいさな手のような闇がレジーナを捉えようとする。


足元を炎の渦で焼き払うレジーナ。

そこへさらに黒い針が襲いかかる。

その右腕に傷をつける。

しかしレジーナは2度、3度と曲がり襲ってくる黒針を避け、燃える手で黒針に触れ、霧散させる。

さすがに警戒したのかじりじりと後退するレジーナ。


気づけば多くの侍女が侍女長がテラスまで出てきている、伯爵が窓を開け騒ぎを傍観している。

そしてオズワルドと先程巻き込まれたクレラが屋敷の入口でこちらを見ていた。




「自身の年齢? それを言うなら貴方もでしょう? 知らないと思っているのアンプローズ王女。」




わざわざ屋敷の近くまで下がっていたのはそれが理由か、とノゾミは無表情になる。

みなに聞かせたかったのだろう。

ノゾミの正体を得体の知れないものにして、みなで追い出したいのかも知れない。


「それなりに有名よ? 呪いをかけられ古城で一人眠り続けるお姫様の話。私の年代の魔女なら名前だって知ってるものもいるわ。誰にも助けてもらえずに眠りきっちゃったんでしょう、亡国の王女様!」


聞こえていたのだろう。

悪魔の魔眼を通して、みなが一様に驚きの表情を隠せないのが見えてしまう。


「そんなに珍しい名前とは思いませんけども?」


「ギルドの方から通達が来てたわ。幸薬の魔女イザベラが黒い髪の魔女に追われている、既に友人が返り討ちにあったってね。貴方でしょ? それに貴方のマナーちょっと古いのよ? 古式すぎるの。名前を聞いてもしかしてとは思ったけど。亡国の王女にして復讐のために魔女を殺すために魔女になったものアンプローズ。ちょっと長すぎるわ。」


13番目……やはりこの街に。

なら森で返り討ちにしたあの魔女はそのお友達ね。

それにしてもマナーが決定打になって正体がばれるなんて思ってもいなかった。


でも、そんなことはもうどうでも良かった、13番目の手掛かりをようやく見つけたのだから。


「貴方も人を殺した魔女でしょう? 伯爵夫人をその毒を以て殺害し、この家に寄生する魔女。」


確証はない、しかし最も利益を得るのは魔女レジーナだ。

公爵夫人さえいなければ、機嫌を伺う相手もいなくなり屋敷の中では絶対的な地位を持てる。

オズワルドを上手く篭絡すれば、未来の伯爵夫人もありえる。


何かおかしい気がする……考えが上手く纏まらない、何か違和感がある。


たくさんの火球が生み出され、一斉にノゾミに向け放たれた。


「私は魔女の生き方に殉じただけよ。」


多角的な攻撃、闇の奔流で全て撃ち落とすために魔法を揮う。

背中で足元でまた爆発が起きる。

地に投げ出されるノゾミ、しかしそれを予想していた、気構えがあった。

魔法は揺らがず、迫る火球を飲み込み逃げ遅れたレジーナの左肩を灼く。


「ぐっ‼ 逃げて‼」


突然大声を上げるレジーナの声に驚き、倒れたまま顔を上げるノゾミ。


闇の奔流がレジーナの後方、屋敷入り口に立つオズワルドとクレラに襲いかかる。


それに気付き魔法を霧散させようとするノゾミ。

しかし一瞬早く、何人もの女性の声が響く。


「土よ壁となり彼の者を守れ!」

「不浄なる闇を退けよ!」

「守って!」

「灯火となりて闇を照らせ!」


「好きな人を守るために! 力を貸して!」


声が響くのと同時だった、ノゾミは魔法を霧散させた。


そこで見たのは六重の壁。

火が水が土が風が光が渦巻き、オズワルドを守っている。


そしてオズワルドの前にタクトを手にするクレラが立っていた。


状況を即座に理解したノゾミの悪魔の魔眼は、テラスに同じようにタクトをオズワルドに向ける侍女長と侍女達を捉える。


倒れ伏したまま、ノゾミは杖を少し持ち上げ振り下ろす。


闇が伸び空に集い、テラスに降り注ぐ、鉄槌は振り下ろされる。


絶叫が響き3人の侍女が闇に灼かれ倒れるのを見た、侍女長はいない、どこ?


響く絶叫にタクトを構えノゾミの前に立ち塞がるクレラの全身が震え上がる。

呆然とテラスを見る魔女レジーナ。


「おかしいと思ってましたの、いくらなんでも手数が多すぎる……。どおりでどおりで。まさか魔女を6人も相手にしていたとは思ってもみませんでしたわ。」


ゆらっと立ち上がるノゾミ。


「彼女達は魔女じゃないわっ‼ クレラも侍女長も止めなさい。魔女と思われたら殺されるわよっ‼」


そう言い放ち一際大きな火球を飛ばすレジーナ。


大きな爆発、炎が庭の芝生を一瞬で焼き切る。


しかし炎の中から渦巻く闇を盾にしたノゾミが無傷で歩み寄ってくる。

真似っ子してみたのだ、思った以上に有効だけど些か消費が多い、とノゾミは思う、今のような広範囲の巨大な魔法には有効かもしれない。


「ずいぶん庇いますわねぇ? どうにも腑に落ちない点が多いですし、そのまま口を動かして頂けますか?」


ノゾミの言葉と共に黒針が放たれレジーナの足を貫く。


痛みにうずくまるレジーナをノゾミは蹴り倒し、杖を突きつけ見下ろす。


降りてきた侍女長は、オズワルドを守るように立つクレラのその前に立つ。

伯爵はまだ窓際で動いていなかった、俯き、成り行きを見ている。

テラスの侍女たちの騒ぎは収まっている、手加減はしたから死人はないはずだ。


「……私は魔女だから。リズと何人もの侍女が天秤にかけられた時、リズを、弟子を選ぶことはできなかったのよ……。」


語りだしたその話を、聞かないと気持ち悪いままで終わる気がして、ノゾミは耳を傾ける。


ノゾミの意識していない深層心理の部分では、この魔女を本当に殺すべきなのか迷っていた。

それは多くの侍女たちがこの魔女に協力していたせい。

その事実が、その手を止めている。

ノゾミはまだそれを知らない。


「リズは、伯爵夫人は明るい優しい子だった。でも人見知りが過ぎた。心を許した人とその他の差が激しい子だった。」


伯爵夫人は東の砂漠の出身であった。

日々を生きるだけでも過酷な環境で、親すらもいなかったリズは、その容姿だけを武器に日々を生きていた。


そして同じ街に住んでいたレジーナがリズの母親にリズを託された。

別の生き方を教えようとしたものの、リズには魔法の才能もなく、だからといって養うには重く、その生き方から解放してやることはできなかった。

幼い頃からのその生き方に影響だったのだろう、レジーナが気づく頃には手遅れだった、リズはその仮面を完璧に使いこなしていた。


そんなどうしようもない日々の中で、行商隊の視察に訪れていたヘンリー伯爵と出会ったのだ。

逃すことのできない幸運、にも関わらず、リズはレジーナの手を離すことができなかった。


驚くべきはシュヴァイル。

ヘンリー伯爵の器の大きさだった。

伯爵はレジーナも受け入れ、2人は中央にやってきたのである。


慣れない屋敷での生活、レジーナはすぐに馴染み、リズを支えていた。

人前に出してもヘンリー伯爵が恥ずかしい思いをしないよう、言葉遣いや作法、礼儀、マナーをリズに叩き込んでいた。


しかしリズは一生懸命だったがなかなか馴染めなかった、だがその人柄は多いに受け入れられていた。

侍女達も伯爵の友人たちも伯爵も、リズを認めていたのだ。


ただそれがリズには伝わらなかった。

何万語を費やしても、リズの疑心暗鬼は解けはしない。

侍女たちが悪気のない小言を言ってもそれを真に受けてしまう。


人は仮面を被れることを知っていた故に。




家中の侍女を全て追い出したい。


そう言い出したリズを伯爵もレジーナも説得できなかった。

リズは侍女たちを見るのが怖くてたまらなかった。

好意的な目も、軽口も、小言も、その裏に何かが潜んでいる、と。


そしてレジーナもまた疲れ果てていた。

子供も生まれ落ち着くかと思っていたのに、レジーナと二人のときだけは、ずっとその心の闇をレジーナに吐き出し続けていた。


そしてそれを知る伯爵は何も出来なかった。


レジーナの中の悪魔が囁いた。


リズには幸せになる権利がある。

そして十分に掴み取っている。

なのに何故、それを捨てたがるのか。

レジーナ。お前の人生が一体どれだけ犠牲になった?

後どれだけあの女のために人生を捨てるのだ?


お前は十分すぎるほどあの女の幸せを願ってきた。


では、お前の幸せは、誰が願ってくれるのだ?


と。


その後リズは毒に倒れ、命を落とした。

伯爵は何も言わず。

そしてレジーナは自身の幸せのために伯爵を求めた。

レジーナはずっとリズが羨ましかった。


しかし振り向いてはくれなかった、その心までは手にすることができなかった。

そしてそのうちに、オズワルドに恋する侍女達のことを知った。




言葉を切ってふいにノゾミを凝視するレジーナ。


「ねぇ亡国の王女。私達はみんな主の幸福を願い仕えてる。なら私達、人に仕えるもの達の幸せは、誰が願ってくれるの?」


ノゾミは答えられない。

ノゾミもまた仕われるものだったから。

ノゾミもまた仕えてくれた魔女たちの幸せなど考えたことがなかったから。


だからイザベラは怒ったのだろう。

だからレジーナはノゾミを一番たちが悪いと言ったのだろう。


考えても考えても答えられない。

ノゾミはただ顔を背けることしかできなかった。


「依頼を受けこの家に仕え、その感謝としてお金を貰ってはいるわ。でもどんなにお金が増えても、私は満たされない。あの銀貨の山が私の人生の価値だというなら、あんなものいらない。いくらあっても、あんなものじゃ、本当に欲しい物は手に入らない。」


一体どうしてこうなったのだろう。

この魔女に救いはない、伯爵は窓際から動かない。


俯き黙り込むノゾミを見て、レジーナは立ち上がり叫ぶ。


「さてと、アミィ!」


レジーナの頭に耳?

腰の後ろからだろうか、尾が生える。

悪魔の耳と尾? まるで猫みたいな、しかし真っ黒な影が生える。


警戒して下がり、いつのまにか下ろしていた杖を再び構えるノゾミ。


しかしすぐに攻撃には移らない。


魔女レジーナは穏やかな顔だった。

ランプの油はもう少ないのに、最後の力を振り絞り再び火が灯る。


赤い赤い情炎の炎。


それはあたり一面を包み、膨れ上がり、ネコ科だろうか?

獰猛な獣の形を創り、レジーナの背に従う。


ノゾミも杖を高く高く掲げ応じる。


「悪かったねアンプローズ。吐き出したらスッキリしちゃった。リズもこんな気分だったのかもね。私は殺す気でやる、ちゃんと反撃しな。」


「……私の名は、ノゾミ。魔女殺しの魔女 ノゾミ。」


「急になんだい?」


「わからない。ただ、貴方は色々と話してくれたから。少しだけ貴方のことがわかったから。私のことも貴方に知って欲しくなったんだと、思う。……もう、いいの?」


ちらりと、窓際に佇む伯爵に視線をやる。

魔女レジーナは振り向きもしなかった。


「いいのよ。そうねもう王女じゃなく魔女なのね。……ねぇノゾミ。貴方も女の子なんだから、いつかは大切な人と赦されない罪を天秤にかける日が来るわ。その時、貴方が一体どうするのか、私は先に行って特等席で見せて貰うのを待ってるわ。」


獣と化した情炎の炎が尾を引きノゾミに飛びかかる。

その様はなんだか鎖と首輪に繋がれた猫のように見えて。


その鎖を断ち切りたいと思った。

しかしノゾミはまだその術を知らない。

そしてもう遅い。


レジーナはもう倒れていた、全ての魔力を、生命力を使い果たしたのだろう。


炎に向けて鉄槌を振り下ろす。


空から降り注ぐ闇が、炎を地にねじ伏せ、その存在を喰っていく。

自身の命を断つために放たれた炎は、火の粉となって散り散りに舞い、儚く消えていった。


蠱毒の魔女レジーナは、穏やかな笑みを残しこの世を去った。


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