表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/31

第七話 渦巻く恋影(2) -愛着は執着に-

「魔女……ですか。」


応接室に後から入ってきたヘンリー伯爵は齢40程だろうか。

口髭とブロンドの短い髪、彫りの深い端正な面持ち。

商いでここまで登りつめたのだろう、ところどころに金の装飾のある黒い正装だが、帯剣もしておらず飛んだり走ったりするには些か動きづらそうな印象。

中肉中背、そういうところに無駄はない好感の持てる人物だった。


なのにいきなり顔を顰められた。

事情を聞いているだけにやむを得ない反応とわかっている。

気にした素振りも見せず、立ち上がり挨拶をする。

鞄と杖は足元、両手でスカートの裾をつまみ会釈。


「お初お目にかかります。『フリーデン』より依頼を承って参りました。魔女 アンプローズと申します。よろしくお願いいたします。」


かけたまえ、と伯爵も対面に座る。


直前に郊外の人気のないところで身綺麗にはしてきた、しかしぼろぼろな服はこれ以上綺麗にすることができず、そこも不安だったが座っていいらしい。

魔女というだけで追い返されるのでは、とも思っていたがとりあえず及第点は頂けたようだ。


「さて話は聞いているかも知れないが───。」


『フリーデン』で聞かされた話、二回目である。


新しい情報は御子息の名はオスワルド・ヘンリー、18歳。

将来は父親と同じように商人になりたいという一方で、大陸西部に広がる先の見えぬ大地、人類未踏の地アスガルドの先を見たい、という夢もあるようだ。


ヘンリー伯爵としては強く逞しく育って欲しいと願っていたものの、オスワルドが幼いうちに妻に先立たれた。

それからは危険には身を置かず、商人として人並みの幸せを、と今は望んでいるらしい。


そして妻に先立たれ件の魔女、レジーナを母親のように慕っている、しかし些か度が過ぎる、一線は超えていないと思うが時間の問題のように思える、と。


出された紅茶には口をつけず相槌をうつノゾミ。

もしも男女の関係になっていると話はややこしい。

そもそもノゾミ自身がそういった経験に疎い。

しかしノゾミには秘策があった。


〈ダンダリオン。〉


〈すごく嫌な予感がするんだけども、なんだい姫。〉


〈わかってると思うけど、頼んだわよ。〉


〈おままごととはいえ、自ら姫を他人に触れさせるのは気が進まないなぁ。そうだねぇご褒美の1つでもあれば、といっても肉のないボクには姫から受け取れるものは少ない。たまには愛の言葉を囁いてくれるとボクももっと燃えるんだけどなーあ。〉


〈アイシテルワダンダリオン。〉


〈ダメダメだねー!!〉




「ところでアンプローズ嬢はどこか名のある家の方ではないだろうか? まだお若いのにずいぶんとしっかりされている。正式に我が家の魔女として迎えいれたいくらいだ。」


話題が変わるらしい。

お茶を一口飲み、切り出される。

応じるようにお茶を頂く。

まあ普通は魔女といえど作法など習いはしない。

……伯爵が聞きたいのは恐らくこれだろう。


「お褒めいただき嬉しく思います。しかし、わたくしの作法は憧れ、からの独学にございます。見苦しくなければ良いのですが……。魔女としても若輩ゆえ人に教えられるほどのものは持っておりません。」


申し訳ありません、と付け加え。


「ふむ、失礼ですが、おいくつで?」


「今年で18を数えます。」

「本当に?」


嘘は言ってない。

伯爵の目が鋭く、こちらを伺っている、審議を見極めようとしている。

さて、この賽はどうだろう?


「魔女殺しの魔女 アンプローズと契約する魔なるもの叡智の悪魔ダンダリオンの名に懸けて。」


単純に黒髪であの名だと、異世界人と間違われる可能性もある、いちいち否定するのも面倒だ。

それにもう捨てた名だが、偽名として使うぶんには慣れているぶん楽だと思いこういう時に使おうと決めた。

自分が考えた自分を定義する名は、そう呼んで欲しい人に明かすことにしよう、と思い今回はこの名を再利用している。


一応は元本名だから嘘でもない、ただ誰も知らない名というだけだ。


「契約する悪魔……なるほど、レジーナよりは信頼できそうだ。……人を殺せるのかね?」


「すでに二人ほど。そしてもうひとり、必ず。」


つまり伯爵も件の魔女レジーナの契約する魔なるものを知らないということだ。


「……その若さで、か。まあ良しとしよう。書状にあったが今部屋を用意させている、さすがにその服は困る。新しいものを用意させるので着替えなさい。他にどうしても必要なものがあれば、キミにならある程度は便宜を図ろう。晩餐の際に息子に引合せるつもりなので用意を……」


「服は……。」


このままが良いと反射的に言いそうになる、思いとどまった、がもう遅い、やってしまった。

伯爵に再び睨まれるノゾミ。

続けなさい、という意味だろう。


「服は……このままでありたいと思うのですが……お許し、願えませんか?」


仕方なく俯き気味のまま続ける。

ローブを握る手に力が入る。

人にはみすぼらしい格好かもしれない、しかし万が一、着ていない間に処分されたらと思うと一時も手放してはいけない気がした。

ドレスもローブもリボンも、みんな大切な人から貰ったものだから。

それは愛着ではなく執着。

今それに気付いた。


それを見た伯爵が表情を緩ませた。


「ふっ。なるほど。恐ろしい名をもち人を殺したという魔女が18歳を名乗るのに違和感があったが……信じるよ。年相応の可愛らしさもお持ちのようだ。」


だがさすがに修繕はして頂く、部屋に針子をやらせるのでそこは譲って貰いたい、と。

ノゾミも断る理由もなかった。


「寛大な処遇に感謝いたします。」


「ふっふっふ。もう騙されないぞ。ではまた後で会おう。」


ノゾミが顔をあげる前に伯爵は部屋を後にした。




〈結果オーライではないかな。〉


あてがわれた部屋で湯浴みを済ませ、本格的に身支度を整える。

魔法を用いて服もさっさと洗い、今は針子さんの作業を見せて貰っているところだ。


魔法にしか見えない。

新しい布をあて縫い合わせているのに、表面からでは縫い目がわからない、完全に一枚の布に戻ったかのように見える。


幸いカナデのローブには小さな魂が宿っているため、布と魔力があれば魔法を使うことで元の姿に治してくれる。

針子さんには驚かれ感心されたが、どう見ても針子さんの手作業のほうが凄い。


ものの半刻ほどで着ているものが全て新品のようになった。

さすがにこれは気分が善い。

姿見があったので修正を加える。


髪型を弄る。

普段はいつ解けるかわからないからしないが、左右で小さく三編みを作り後ろで交差させリボンで纏める。


ローブは肘まで降ろし肩を出す、察するに美魔女は色香で攻めてくるはずだ、こちらも負けてはいられない。


思いつきで部屋にあった花瓶の薔薇を拝借する。

魔法を使い花の生命力を保ちながら、蒸気で包み込む。

薔薇から零れ出る水分を集め冷やしローズウォーターを創り香水の代わりにした。


うん、魔法便利。

以前は常用していた香水だが、久しぶりに嗅ぐ匂いはとても華やかに香りとても良かった。


改めて姿見を確認する。

我ながら似合っていると思う、特にイシニオンからの贈り物の赤色のリボンをつけた自分の姿を気に入っていた。


針子さんたちは明日は瓶をもってきますので、良かったら……と言い残し仕事に戻っていった、明日の仕事が増えてた気がする。


〈さてダンダリオン。後用意できるものは?〉


〈ふふふ。ないよ。そもそも姫は姫だから、ちゃんともとの姫に戻ればなんにも問題ないはずだよ。一つあるとすればそのリボンだ。さきほどのやりとりを見るに、ローブはともかく、そのリボンだけは誰にも触れられたくないんじゃないかい? ボクは姫が執着できるものが増えるのは善いことだと思っている。なので触れさせまいとする言い訳は考えておきたまえ。安易な拒否と否定は今回はマイナスに働く。もちろん恋人からの贈り物なんて言えばその場でおしまいさ。〉


〈うん、わかった。〉


自分が思ってた以上に、強い執着心が芽生えていた。

それを圧える必要はない、隠しておきなさいと、そういうことだろう。


さてそろそろ晩餐の時間だ。

美魔女などに負けはしない。

少々御子息を弄ぶことになるかも知れない、それはそれで良い薬になるかも知れない。

女の戦いの幕開けである。




杖と鞄はさすがに部屋に置いておき晩餐の時を迎えた。

上座に当主ヘンリー伯爵。

次席に子息のオスワルド。

三席目、オスワルドの対面にまさかのノゾミの席が用意された。

四席目、オズワルドの隣に件の魔女レジーナがいる、その美貌は概ね予想通りだった。


確かに年齢に対して恐ろしい美貌と言える。


しかし出せばよいというものではない、ちちしりふとももうでにわきまで隠す気のない赤と白のドレス、セミロングのプラチナブロンドの髪が波打つ。

真っ赤な口紅を引き、爪も同じ赤色。

赤色が好きなんだと一目でわかる。

金のピアスやネックレス、ブレスレットなども大振りだがだからこそ似合っている。

そしてお肌が年齢を加味すると恐ろしく綺麗な小麦色だ、健康的な色香を纏っている。

しかしその表情は一見柔和に見えるがノゾミを見る目が口元が笑っていない。


なるほど。

これは若い男性には目に毒だ。

話を思い出す限りオズワルドが幼い頃からこんなのが近くにいたらしい、それは色々と歪むのもわかる気がする。


ふと、よく奥様がこんなのを許容したなと思う。

後で伯爵様に確認しておくほうが良いかもしれない。


「友人の娘さんで、少々家のほうがごたついていて我が家で預かることになった。将来は我々と同じく商いの道、しかも東の海の方を視野に入れているらしい。期日はわからないが仲良くなさい。レジーナ殿もよろしくおねがいします。」


伯爵様……盛大に設定を盛りましたわね。


〈まあ問題ありませんわ。出番ですわダンダリオン。設定の補強と、それに関する話題のでっち上げ、任せましたわよ?〉


〈海となれば少々専門的な知識が必要となる、いざとなれば姫の口を借りるよ? その時は合わせたまえ。〉


〈くれぐれも言葉遣いには気をつけなさい?〉


〈仰せのままに。〉


作戦会議終了。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ