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第一話 古城に眠るお姫様(2) - もう一度眠りたい -

「……ここはどこ?」



夜風が少し寒かった。当たり前だった。この感覚は何も着ていない。

窓がこんなに大きかった記憶もない。今日は月がとっても綺麗。


扉は開きっぱなし。というか扉がない。

灯りもない。街がない。人がいない。返事もない。

かわりに城中が薔薇だらけ。


そして何故か胸元に薔薇が咲いてる。気味が悪い。

とりあえず根本から引っ張ってみたらあっさり抜けたので捨てる。

痛みもない。血も出ない。

薔薇を引っこ抜いた後は薄皮か、かさぶたのようなものが塞いでいる。

なんだったんだろうと小首をかしげる。


その日。100年の眠りの呪いを目覚めることなく眠り切ってしまった姫は目を覚ました。


ただごとではないと感じた姫は薄い掛布を身に纏い、裸足で部屋を出る。

外を見てわかった。ここは確かに城内、来賓用の東の塔。何故そこで自分が寝ていたのかはわからない。


(昨日は私の生誕祭があった。…………何か特別なことあったっけ?)


真っ暗な螺旋階段を覗き、躊躇うと同時に別のことを考える。現実から目を背けたくて。

手探りならぬ足探り。灯りもない上に蔓が這う階段は恐ろしかった。虫が足元にいたらどうしよう。


(……。お母さまにクラウンとティアラどっちが好きか聞かれてティアラって言ったら、お父様が頭を抱えだして。あとはー……。)


姫の顔が途端に険しくなる。

気にも留めていなかったあの件。

13番目の魔女の呪いが姫の頭に過る。


『アンタは18を数える生誕祭の日に眠りにつき。100年を悪夢の中で過ごす。何不自由なくぬくぬくと生きてたアンタが目覚めた時にどんな顔するのかっ 楽しみにしとくわっ!』


王宮付きの魔女にして13番目の末席に迎えられた最年少の魔女。イザベラ。

姫にとってはあまり好きではない教育係の一人だった。

というか半数くらいは嫌いだった。

むやみやたらに厳しく当たられる。理由もよくわからずに。


(色々と出来が悪かったのは認めるけど。)


やっとのことで階段を降りきり、姫の嫌な予感は少しづつ現実味を帯びてくる。

昨日の記憶と何もかもが違う。

崩れた壁、傾いた扉、穴の開いた部屋、おびただしい薔薇と蔓。

呼びかけにも返事がない、何もない、靴が欲しい。


ひたひた。人を求め城内を彷徨う。

父と母の部屋にも、厨房にも、魔女の詰め所にも、兵士詰め所にも、誰もいない。

足が痛い。


資料室に着いてようやく紙の束を見つけることができた。

そして理解してしまった。

この国は戦になったのだと。

今から90年前に。


(私が眠りについてから……10年後に。)


読めなければ良かったのに。

忌々しいほど日付だけははっきりと残っている紙の束。


姫を知っている人間はもうこの世にはいない。

「ここで死ぬのかな」

むしろどうして生きているんだろう、と考えずにはいられない。考えてもわかるわけもないのに。


(こんな格好で庭園に出れるし、地面に転がってても誰にも咎められはしない。なんて自由なんだろう。)


もう一度眠りたい。

もう起きなくていい。

涙は出てこない。

どうしようもない事態に脳は思考を止めている。


(ここにいれば誰か見つけてくれないかな。)


魔女であれば。

魔なるものと契約をしている魔女であれば、寿命は人のそれではない。

それでも100年となると厳しい気がする。


形を成さない無意味な思考の後、姫は突然立ち上がり虚ろな瞳で周囲を睨みつける。

13番目は言っていた。

どんな顔をするのか楽しみにしている、と。

つまり今どこかで自分を嘲笑っているのかも知れない、と。

いる。

どこかにいる。

そう思い出すと、全ての景色が怪しく思えてきた。

建物が邪魔。

塔が邪魔。

草木が邪魔。

薔薇が邪魔。


(あの魔女を殺したい。いいや、殺す前に、アイツも同じに目にあわせたい)


最低限、自分と同じように何もかも失くしてもらうべきだ。

どこにいる?

私はここにいる。

出てこないなら。


「アイツは絶対にどこかにいる。焼け。探して焼け。」


目についた建物の薔薇を指さし。力を奮う言葉を吐き出す。

瞬く魔に炎の塊が生じ、建物を覆う蔓を燃やす。

建物は石だから焼けない、しかし城中を覆う蔓を伝って炎は広がる。


魔法。

自身の生命力を自然界に存在する魂に与え命じ事象を生じる技術。

言葉は必要ない、しかし正確に早くどうしたいかを伝えるには言葉や身振り手振りが一般的なのも事実。


1つが焼けるのを待たず、姫は次から次へと辺りを燃やす。

炎の柱が生まれ、火の粉が舞い上がる。

深い森の中にある古城でそんなことをすれば当然森にも火がつく。

森が燃え始めても姫はお構いなしに焼却を命じる。


見回す限り火の海になった頃合いで、姫は胸元に違和感を感じた。

見下ろすといつの間にかまた薔薇が生えてきていた。

これも呪いだろうか。

気持ち悪い。

まだ蕾の硬い蒼紫の薔薇を掴みむしり取ろうとする。

すると茎が。

姫の身体から薔薇の花と繋がるその茎が出てきた。意味が分からない。


不思議なことに痛みも出血もない。

この薔薇の茎には棘がなかった。

そして引き抜かれた薔薇の茎は程よい長さに思えた。

なんの長さに?

杖の長さに。


13番目の魔女はこんな呪いのことは言っていなかった。もしかするとこの薔薇は神様とやらの贈り物かも知れない。

そんな風に考えた姫は、薔薇の枝を振りかざしまた魔法を行使する。


「あれを。潰せ」


言葉に応じるように、蒼紫の薔薇が花開く。

気持ち悪かったはずの薔薇の花弁は一枚一枚は透き通るような蒼と淡い紫色で、とても綺麗な花に思えた。

中心部は開き切らない。

紫色の光の粒が宙に舞う花粉だろうか。

香りを可視化するとこんな感じなのかも知れない。


事象が顕現する。

暗くて濃い闇の塊は御伽噺にある巨人の片腕のようで、巨きな手は塔を掴み力任せにへし折る。

姫は歓喜していた。この力があれば、あの魔女を殺せる。


まるで予行練習と言わんばかりに闇の手は城の壁を千切って投げ。

拳は壁を砕き。手刀は鞭のようにしなり木々を薙ぎ払った。


姫は出来が悪いと自覚していた。

そもそも真面目に勉学に取り組んでもいなかったから。

しかし目覚めてからは何故だろう、不思議なほどに魔力を感じる。

先ほど生み出した炎ですら見たことがない大きさと濃さだった。


13番目を殺すと考えても手段が思いつかなかった姫にとって、それはまさに天が与えた祝福だった。


灼熱の海の中で姫は笑っていた。

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