第七話 渦巻く恋影(1) -負けるわけにはいかない戦い-
「ごきげんよう。突然の訪問失礼いたしますわ。わたくしアンプローズと申します。『フリーデン』から指示を受けて参りました。ヘンリー伯爵様にお取次ぎ願えますでしょうか?」
都市の中でも比較的開けた場所にある邸宅。
庭には噴水が見え、門には守衛がいる、貴族の館。
ノゾミは今、名を変え言葉遣いを戻しこの場を訪れていた。
何故こんなことになっているかというと、お金のため、要するに数日後のご飯のためでもある。
時は少し遡る。
ここは大陸中央にある、サンプレセント共和国。
世界で唯一、国王を持たず、民の意思で動くとされている民主主義の国。
中央に南方から流れる大河を挟み都市が広がっている。
北に湿原、西に森、南に寒山、東に砂漠、北東に鉱山を持つ。
一年を通じて気候の変動が激しい地域である。
中央というだけに交通の要所であり、その発達した工業力から得られる生活の質が多くの人を引き付け人口の増加が止まらない。
そうこの地には異世界人が多く定住している。
そして異世界人がもたらした『貨幣』という通貨概念の発信地でもある。
その恩恵は計り知れず、大陸では最も強大な武力である異世界人を多数抱え、広い国土を持ち、先進的な工業力を持ち、各地との交流、交易の心臓部にもなっている。
将来的にはサンプレセント共和国が大陸の覇者となりうるのではと噂されてもいる。
13番目の魔女の行き先の手掛りを求め、ノゾミはこの地に降り立った。
名も無き村から空を飛ぶ魔法で、半ば逃げるように飛び立ったノゾミは色々と思案を重ねた末に一つの結論に至った。
旅を終わらせるために、一つ知りたいことを教えてもらうために、13番目の魔女を殺すために進もう、と。
道中に遭った魔女は……人の為にならないと思ったら殺そう、と。
僅かに変化があった。
『魔女によって不幸な目に遭う人をなくしたい。』
その根本的な部分は変わっていない。
しかし13人の魔女しか知らなかったノゾミは、他の魔女を知れば知るほど、魔女の見方に偏見を持っていたのに気付いていた。
その心の変化の兆しはこれからもきっと、何度もあると確信している。
そして皆殺しのままでは、きっと変化は訪れない、もっと知る必要があると感じていた。
城壁に囲われ全ての道が石畳、三階建て、四階建ての建物も多く、中央の大河の上には東西を結ぶ立派な石橋が架かっている。
東西に関わらず全体的に北側が発展しているようで南側の郊外、城壁の外には田畑が目立つ。
全てを回ろうとすれば一体何日かかるかわからない。
〈人が多ければそれだけ情報も増える、それだけ情報も分散する。それでは効率が悪い。共和制を詠うこの街には御用聞きという場所がある、国の中で発生する問題を集め、その解決のために人を斡旋する場所だ。共和制ギルド、名をフリーデンというらしい。東部中央にある大きな建物を目指してみたまえ。そこでイザベラに関する話を募るのが良いだろう。ただそのためには対価が必要だ、この都市では基本的に貨幣か価値のあるものを求められる。貨幣がなければパン一つ手に入らない。そこで仕事をして貨幣を手に入れる必要がある。これもギルド、フリーデンで解決するはずだ。〉
ノゾミは頭が痛くなってきた、ダンダリオンの情報量が多すぎる上にやりたいことに辿り着くまでの手順が多く、時間もかかる感じがある。
ダンダリオン自身はこれらの知識を筆頭魔女カナデを通じて得ていたが、ノゾミは100年の間、新たな知識を得ることなく眠っていたわけだから、複雑化していく世界に置いていかれるのは当然と言える。
〈ねえダンダリオン。〉
人や馬車が行き交う往来、商店に人を呼び込もうとする掛け声、喧騒。
たくさんの人が行き交う場所でノゾミは感じた違和感を疑問にする。
〈この街、なんだか魂の存在が感じられない。〉
綺麗な町並みにところどころある樹木や緑、軒先に並ぶみたこともない飲食物。目で追いきれないほどに溢れるモノ、モノ。
それらの多くが魂の宿らぬ抜け殻のように見える、目に飛び込んでくる色彩が尽くつまらない。
〈この都市では工業技術が発展しているからじゃないかな。技術の進化は少ない労力で多くのものを生み出せる。一つ一つのモノを短時間で生み出し、消費されてゆく。消費される時間が早くなるほど、多くのモノが必要となる、それらが不足しないようにさらに効率よくモノが作られる。モノが行き交う度に対価が生まれ人々は貨幣を得る、その貨幣が人を豊かにするそれがこの都市なのさ。それが異世界人がもたらした資本主義というものだ。〉
〈資本主義。そこには魂なんて必要とされていない?〉
〈それはまた別の話さ、姫はどうも極端から極端に走る傾向にあるね? もう少し柔らかいほうがボク好みだ。周りを見給え。モノを買う者、売る者、双方の顔を。どちらも満足しているように見えないかい? この都市に生きるものにとってはそれで良いのだ、それが良いのだ。〉
ダンダリオンの言うとおりだ、この街には魂の存在をあまり感じられない。
けれど、あの名も無き村と同じように人々の顔は明るく、笑顔がある。
〈姫が感じているそれは、未知への恐怖と好奇心さ。じきに薄れ慣れてゆく、その過程でこの街を好ましく思えるようになるかも知れないよ。もしくは姫は魂の声が聞こえないから不安なのかも知れないね、まるで見知らぬ世界に入り込んでしまったように感じているのかも知れない。何も聴こえないというわけじゃないだろう?〉
〈うん。微かになにか聞こえはする。でもここは、雑音が多すぎる。〉
こぢんまりした三階建ての建物が探し求めた場所、ギルドフリーデンであった。
中に入ると昼にも関わらず部屋の中は明るくて驚いた。
何か燃やしているのか変わった匂いがする、壁や机の上にたくさんのランプが灯りを生み出していた。
部屋の中にはカウンターがあり、ついたてで仕切られた一つ一つのスペースに窓がある、そこに対面するように椅子が置かれている。
仕切られたそのスペースに一対一で座り、一方が口を開き、一方が忙しく紙に文字を綴っている。
窓口にいる人が御用聞き、ということだろう。
そして壁面には何枚もの紙が針で打たれている。
これが御用聞きに寄せられた話、なのだろう、老若男女に関係なく多くの人がそれらを見ている。
ノゾミも壁に群がる人の中に混ざり目を通して見る。
○○が欲しい。○○という人物を探している。○○の手伝いを求めている。
大雑把に分類するとそんな感じだった。
期日をいつまで、報酬は、となっている。
報酬はほとんどが銅貨、銀貨何枚という書き方、たまに報酬が書いてないものもある。
先程町中を眺めてきた感じとしては、だいたい銅貨5枚くらいで一食、という感じだろうか。
ノゾミは名も無き村で用意した保存食をほとんど使い切っていた、何をするにしてもここらで糧秣を用意したいところだが、それにはそこそこの仕事が必要になる、のはわかった。
飲食店の手伝い、一日で銅貨30枚。
何をすればいいのだろう?
芋の皮むきなら先日体験したばかりである、魔法を使えば難しくはない。
人探し、銀貨10枚。
銀貨とは銅貨何枚なんだろう? 大陸中を探せと言われたりしないだろうか。
住み込みの家政婦の募集。一日で銀貨1枚。
仕事内容が細かく書かれている、食事を作ったり掃除をしたり、なかなか大変そうに見える。
飼い猫探し、銅貨5枚。
依頼主は小さな女の子、らしい、名前と年齢がわざわざ書いてある。
しかし猫探し、この世で最も難しいのでは……。
なかなか見ていて楽しい。
この街では生活に余裕があるのだろう、と感じる。
そのくらい他愛も無い、安そうな仕事が多くある。
同じように仕事の紙を眺めていた人がその中から何枚かを取り上げ窓口へ持っていく。
なるほど、早いもの勝ちなのだ。
しかしそうなると、報酬が高そうにも関わらず残っている仕事というのは、何かしら難点があるのだろう。
「ん? 高い教養、善き作法を身に着けた若い女性……。」
技能を持つ人を求めているらしい。
一日で銀貨10枚。
〈ふむ。貴族など身分の高いものが、伴侶を探しているのかも知れないね。しかし家柄などに言及していない点はややおかしい。しかもこのように場で広く募っているのもなおさらおかしい。少々結末に興味のある話ではある。〉
〈なら決まり。〉
他の人に倣いその上を取り上げ、カウンターの窓口へ持っていく。
しかし杖を見せ魔女であることを告げると、そのまま二階へ向かうように言われてしまった。
なんでも魔女向けの難しい案件が他にもあるらしい。
ただその案件も先方が求める人物となかなか巡り会えずにいるため受けてくれるなら助かる、と言われる。
ずいぶんと急な階段を登ると二階は一階の半分以下の広さしかなく、壁面に張り出されている紙も少ない。
カウンターには眼鏡をかけた老婆が一人だけいて目を見開きノゾミをじろじろ見ていた。
得体の知れない気味の悪さに下がりたくなる、しかし、一度は受ける気になった依頼が手にある。
不躾な視線に怯みながらもその老婆に紙を手渡す。
「えーっと。この仕事を受けようと思って……。」
「こちらは初めてのようですね。……ああ、この依頼ですか。」
「あ、はい……。」
なにかすごく厳しい当たり方をされている気がする。
視線もだが口調も鋭い、思わず背筋が伸びてしまう。
「マナーは問題なさそうですね。どうぞお掛けください。」
立ってて正解!
「失礼いたします。」
なんだろう、久しぶりのこの感覚に緊張する。
そこから数分ほどそもそもの『フリーデン』に関する説明を受ける。
ほぼダンダリオンの説明と同じだったため、半分は聞き流し相槌をうつだけに留めた。
「さてこちらの依頼ですが……。」
ようやく本題だ。
教養や作法、年齢も問題ないでしょう。
この依頼はこの国の貴族、ヘンリー伯爵家からの依頼になりますので、くれぐれも失礼のないようお願いします。
その上ですでに何名かがこちらの依頼を受けているのですが……どうもお家の事情で御子息様に女性をあてがいたいそうなのです。
というのもこの御子息様はまだ齢18なのですが、こちらの家に仕える150歳を超える魔女に夢中のようでして……。
その魔女は契約により未だに30中盤の美貌を備えているようなのです、魔女の中にはそういうものも多々いますし、私も一度目にしたことがありますが……。
あれは少々目の毒ですね。
契約する魔なるものもわかりません。
そこで伯爵様はなんとかしてあの魔女から、もう少し歳の近い方に目移りして欲しい、というわけです。
他の貴族の方にも当たっているようなのですが……。
難航しているようですね。
相手が魔女ということもあり、無理に追い出したり、無理矢理別の者をあてがったところで、二人で家を離れるだけの力がありますから、苦肉の策といったところでしょう。
かといって素性の知れぬものを家に迎え入れたくはないようで、本命は他の貴族の娘から探すようです。
要するに当て馬ですね。
ゆえに無茶な要求はないと思われます。
なんらかの魔法や魔なるものの力を使っている可能性もありますし、貴女のような本当に若い魔女でしたら伯爵様もお喜びになるでしょう。
お伝えできる話はこのくらいになります。
ノゾミから特に聞きたいことはなかった。つまり30歳に見える美魔女に魅力で勝て、というわけだ。
自分自身の魅力に自信があるわけではない、しかし、負けるわけにはいかない。
「その様子ですと受けてくれるようですね。定住者というわけではなさそうですし、期間中は伯爵様のお家にお邪魔するなり手配していただく旨を一筆しておきます、こちらの書状をお持ちください。」
こうして昼過ぎにノゾミは伯爵家を訪ねたところである。




