第六話 生じる迷い(3) - 初恋は -
この世界にタダメシなど存在しない。
名も無き村に滞在中のノゾミは、その日は村長から魔女としての仕事を受け食べることを決意した。
その過程で異世界人の書いた書物のような体験をし、名も無き村にそれはそれは立派な蜜柑の大樹ネーブルを生み出してしまう。
滞在三日目
「村のものと相談し、魔女様の住まいを創ろうと考えております。何かご要望はありますでしょうか?」
昼前にようやく起きて外に出たらこれである。
もしかしたらずっと待っていたのかも知れない、かなり悪いことをした気がする。
昨日は魔法の使いすぎで昼寝をしたため、夜はダンダリオンに教わり貰った食材で保存食を作っていた。
それはともかく、これはどうしたものだろう。
申し出は嬉しい。
ここに居場所を創ってくれる、というのだから。
故郷は焼いてしまったし、そもそも何も残っていなかった。
カナデの住居に帰ることはできるけども。
それなら最初から飛び出さなければよかったのだから。
そこまで考えてはいるのに、断るための言葉が出ない。
結局、少し考えさせて欲しいと伝えることで解放された。
脚の調子も良くなった、枯れ木の杖もひび割れがなくなったし、保存食も用意した、ついでに鞄に木の板を仕込み丈夫にもした。
もういつでも出発できる。
歩きながら昨晩の残り物、日持ちしないもので空腹を満たしていると、イニシオンの仲間達が二人、自分を見つけて声を掛けてくる。
あの二人は昨日からエレノアの庵へ向かい遺物を整理してくれていたはずだ。
「おう魔女様。エレノア様の遺物、回収終わったよ。例の手紙は半分は燃やして、残りはあの樹の根本に埋めたよ。……折れた杖は森に還しといた。」
「ありがとう……お疲れさま。あれ読んだ?」
「まあ。よくある話、ではあるがな。……例の話は考えてくれたか? ウチの国へ来てくれるなら俺が、魔女様にはあんな思い絶対させねーよ?」
ラハンはイニシオンの従者の中でもっとも古株だと紹介された。
そして彼等も昨日からこの有様である。
第三王子の従者がいうのならきっと大丈夫だと思う。
多分、幸せな……。
〈ダンダリオン。……まさかとは思うけど、国へ来てとか、俺がって。もしかしてそういうあれだったりする?〉
〈そういうアレってなんだい? 言葉が抽象的すぎるねぇ!! もっとはっきり言っておくれ、なんだと思ったんだい? さぁ、さぁ、言ってごらん!!〉
明らかに面白がっている脳内に響く声、まあありえないし無視しておこう。
「村長さんにもさっき同じ話をされたよ。少し考えたい。」
「あーそうか。参ったな。俺達明日にはここを出発する予定なんだよ。……あー。まあいいや。もし明日までに決まらなくてもクレアシオンで俺達を訪ねてくれたらいつでも歓迎するからな。」
そのことは覚えておくね、とその場を抜け出す。
しかし、その後も村を回れば村人から同じ話をされたし、子供達に会えばもうノゾミが定住する話になっていてどんなお家がいいか聞かれてしまう。
陽が沈む頃には少々うんざりしていた。
夕食を済ませるときも考えていた。
うんざりしているはずなのに、断れない。
「ダンダリオン。なんでだと思う?」
〈謎かけかい? そうだねぇ。昨日から、というところがヒントかな。〉
「畑で魔法を使ってから、だよね。」
〈そうなる。姫はホームシックなわけではない。今まで当たり前にあったものを失い。そしてそれを与えてくれると言われていることに感謝しているし喜んではいるんだ。新しい居場所を自分の力で見つけたことをね。〉
「そう、居場所。きっとみんな良くしてくれる、と思うなのにもやっとする。」
〈それはね、彼らが姫を見ているか、姫の力を見ているのか、それがわからないからだと思うよ。そしてそんなこと誰に聞いたってその力が欲しいなんて言いやしない。〉
それもそうだ、ではこのもやもやはどうすればいいのだろう。
〈受け入れたい、差し出されたその手を握り返したい、そう思う一方で疑ってしまう。それは信頼するに値しないということだ。それをもやもやというのなら、もっとボクと姫みたいに言葉を交わし刻を重ねなければいけない。〉
「そんなゆっくりはしていられない……。」
ノゾミは家の外に出る、こんな村では夜に日を焚く意味もあまりないのだろう。
人の気配もしない、好都合だった。
浮遊の魔法を使い、大きく跳び貸家の屋根の上へ上がる。
この魔法は慣れたものだった、何度も必死に使ったから。
そろそろ空を飛ぶ魔法も使えるのでは? 明日にでも試してみようかな。
屋根に登ると一面が星の海であり綺麗な三日月が登っていた、暗いのに明るい。
城にいた時は夜遅くても篝火が灯っていたから、こんな景色は初めてだった。
あれからずっと急ぐように生きてきた、いつだって見上げればそこにあったはずなのに。
〈姫。何か考え事かい?〉
「ううん。何も。」
本当に何もしていない、時間を浪費することしかしていない。
ずっと考えててもらちがあかない。
なにもせずに眠るわけでもなく休む。
悪くない時間だった。
〈姫。一応言っておこう。ボクは姫の悪魔だ。魔女を殺すという契約に関わらず、ボクが姫と共に在りたいと望み、そう定義した。姫がこの村の魔女になっても、彼の国の魔女になってもボクには関係ない、だから姫がどんな選択をしてもボク変わらない、ずっと姫の悪魔で居続けるよ。〉
「……うん。」
時折そんな言葉を交わす。
本当に悪魔なのか疑わしい悪魔だった。
しばらく何もせず時を過ごしていると、ふと、下で扉を控えめに叩く音が聞こえた。
こんな時間に訪ねてくるにしては、危急の要件の叩き方ではない。
そこにいたのはイニシオンだった。
「起きててくれてよかった。こんな時間で済まない。やましいことじゃないんだ! 明日出発しないといけないから、もう今夜しかないと思ってさ。返事を聞いておこうと思って。」
屋根の上からイニシオンを呼び二人は今、屋根上、星空の下に座っている。
「夜這いかと思った。なんてね。……村長にも村の人にも、ラハンにも、今日はずっとそればっかり言われたよ。」
「違うって、俺は国に妻が待ってるんだ! その……ラハンの件はごめんな。」
今日の自分はどうかしてるとノゾミは思う。
月の光にでもあてられたのだろうか。
それとも一日中望まぬ人達から求められたからだろうか。
そうイニシオンだけは、悪魔と戦った日の夜に誘ってくれた。
もちろん、あの戦いを見てのお誘いだったのかも知れない。
それでもノゾミの力ではなく、ノゾミ自身を求められているのではと、どこか期待している。
「この村には妻の生誕祭の贈り物を創りにきてたんだ。またこんなものをーって笑われそうだけどさ。でも多分喜んでくれるんだ。」
ノゾミの思案には気付きもせず、嬉々として小さな鞄から布を広げノゾミに見せる。
山吹色のリボン、スカーフだろうか? 白い波紋と拙い刺繍の縁取りがある。
素朴だけどもこれは女性なら歓ぶと思うとノゾミは返す。
「だよな! それで、これはノゾミに。」
今度は真っ赤なリボンが出てくる、縁にはやはり拙い黒い刺繍、薔薇だろうか。
「これはお礼に?」
「そう取ってくれても構わない。ただ、実は……君が初恋の人なんだ。だから受け取って欲しい。」
……今何て言った?
「奥様がいるのに、数日前に会った私が? どういうこと?」
「アンプローズ王女。俺は君を知っているんだ。会ったことがあるんだ。君は眠っていて、俺は君を起こせなかった……あの城で。」
驚きで目を見開くノゾミ。
それは捨てた名。
もう誰も知るもののいない名前。
でも、それよりも何よりも
「私を救いに来た人はみんな……無事では済まなかったって。13番目の魔女がそう言ってたの……。」
自分に関わった人はみんなこの世を去った、自分のせいで、13番目の話を聞いてからずっとそう思っていた。
それもあった、だからこの村に居続けるわけにはいかないって。
きっとまた良くないことがあるって。
だから独りでいたほうがいいって。
「なら知ってるんだね。……私が100年寝てたことも、国はもう滅びたことも……私のせいで多くの人が薔薇に殺されたことも。」
俯き途切れ途切れに口を開くノゾミの肩をそっと抱き寄せイニシオンは言葉を続ける。
「君から咲いていた薔薇が怖かったんだ。いや、そんな君が怖くなったんだ。祖父と同じように逃げてしまった、すまない。」
ううん、と首を振り否定するノゾミ。
「もう私のことを知ってる人は誰もいないと思ってた……。よかった、貴方が無事でいてくれて。」
魔女エレノアの葬儀を見てからずっと頭から離れなかった。
自分が死んでも誰も悲しむ人はいない、だって誰も自分のことを知らないから、と。
骸に花を添える人はいるだろう、しかしその骸が自分だから花を添える、という人はいない。
自分の葬儀が行われても誰も来てくれない、それが私の価値なのだと、空から見ている自分がいる、そんな想像をして、とても悲しかった。
だから迷っていた、このまま13番目を追って、どこかで無価値に果てるか。
この村やクレアシオンで生きて、ノゾミ自身に価値を見出されたいか。
だから決められなかった。
私自身ではなく、魔女の力を見ている人達のお誘いにうんざりしていた、私自身を見てくれている気がしなかったから。
だからおかしなことを口走ってしまう
「貴方は私が死んだら悲しんでくれる?」
「当たり前だろう? 妻の眼の前でも号泣する自信がある。」
迷いのない返事がすぐにきた。
さらに続ける。
「だからまあ、帰る場所がないなら俺達の国に来ないか? 別に魔女として仕事をしなくても、命の恩人だしなんとかするさ。家に迎えることはできないが……。この村でもいい、みんな歓迎してくれるだろうし、一年に1回くらいは必ず抜け出して会いに来る。」
「それは奥様が怖いから嫌だ。」
自分の死を悲しんでくれる人がいる。
例えこの先、まともではない道を進んだとしても、その靭性に価値はあったと、たった一人でも泣いてくれる人がいる。
もう十分だった。
その手に握られていた赤いリボンを受け取り、手櫛で雑だけど後ろ髪を一房、贈り物で纏めた。
そしてイニシオンの額にノゾミはその額を重ねる。
「ありがとう。大切にするね。」
「ああ。やっぱり赤が似合うな。俺の直感は当たるんだ。」
こうしていると魂で触れ合っている、そんな気がしてくる。
もっと、と望んでしまいそうになる。
だからこそ言わなければいけなかった。
「お返事。私はやっぱり進む。13番目を追って。……どんなに離れてても貴方の魂の欠片はここにあるから、貴方のこと忘れないよ。」
「そうかぁ。いつでも戻ってきてくれ。俺の手元には君のものがないから少し寂しいけどな、まぁ持ってかえって妻にバレるのもマズイんだけどさ。」
もう進むことができる、だからお別れをしないといけない。
鞄の中身を思い出す、まともな贈り物なんてあるわけもなく。
「ごめん。見ての通り……何も持ってないから。」
「仕方ないな。それでも思い出はいつか色褪せる、忘れない間に来てくれよ。」
そう言われてノゾミは、忘れないで欲しいと望んでしまい。
唇を重ねてしまった。
ほんの数秒後、ぱっと離れノゾミは空を飛ぶ魔法を使う。
枯れ木の杖に乗って、闇の光の粒を降らせ、空へ月へと登っていく。
一刻も早く離れたかった、もっともっと、と望んでしまう前に。
振り返ると、大樹ネーブルの枝葉が揺れている。
またこの村に来るときは、きっと貴方が導いてくれるんだねと気付く。
導きの魔女エレノアとその杖 ネーブルが。
屋根の上で、まだ手を降っているイニシオンが見えた。
「さよなら。」
初恋は実らない。




