第六話 生じる迷い(2) - 蜜柑の杖 その名は -
名も無き村 二日目。
ノゾミは暇を持て余していた。
脚の痛みは昨日に比べ良くなっている。
昨日魔女エレノアの葬儀の後、イニシオンに村の中を案内してもらったが、1時間ともたず脚を引きずって歩いてしまい、それが見つかってまた貸家まで運ばれてしまった。
今日はゆっくり村の中を回っている。
といっても広くはないし、民家に勝手に入るわけにもいかない。
わかったのはこの村は静かで平和で、ゆっくりと時間が過ぎてるということ。
おかげで余計な考え事をする時間がある。
産業と言えるほどではないが、この村の村長宅には織り機が少数あり常に数人の働き手が生地を作り、中央に行商を行い硬貨を稼いでいるらしい。
森は自然が豊かなため、日々の生活には少し余裕があるらしい、しかし行商を行う最大の目玉は魔女エレノアの創るものだったため、少し雲行きが怪しくなっているようだ。
今は織り機での作業を見ていた所だ。
パタンパタンと何がどうなっているのかわからない、が、少しづつ布が出来上がっていく様はとての不思議だった。
外ではこの布の染め物をしているらしく、何故かイニシオンもそちらで作業をしていた。
どちらの作業も面白そうで少し触ってみたかった、が、これ以上邪魔をするわけにもいかない。
〈姫。何も手ぶらでここを発つ必要はない。少し路銀稼ぎ、というより労働をしてみようではないか。今後旅を続けるにあたって必要になってくるはずさ。森の中ならば日々の糧に困ることは少ない、しかし寒くなる時期や平原であればそうもいかない。〉
〈一理ある。……どうすれば?〉
一理あるのはわかる、興味もある。
しかしどうすれば良いのか、一体自分に何ができるのかがわからない。
〈街ならば店での雑用、掃除など色々とある。もちろん見返りも少ない。しかし姫は魔女だ。魔女にしかできない仕事は未だに多い。いずれはあの織り機のように、異世界人のもたらす工業知識で誰にでもできることは増えるだろうがね。〉
なるほど、それもそうだ。
ではそういう仕事はどこの誰から貰えばいいのだろう。
〈魔女の仕事は大掛かりであったり、難解なことが多い。だからこそ魔女の仕事なのだがね。ならばそういった仕事は一般人のもとではなく町や村の長、国の王や貴族など少し階級の高いものに集まるのが道理だ。〉
なるほど、つまりこの村長の家だ。
さっそく村長に声をかけてみる。
村長は魔女であることを明かすと諸手を上げて喜んだ、少し演技臭かった。
しかし食べ物や貸家のことを考えると、ノゾミの方から切り出すのをずっと待っていたのかも知れない。
頼まれたのは土壌の改善だった。
次の収穫を安定させるためにも種を捲く前の田畑や、家畜が食べて地肌をさらす平野に活力を与えて欲しいということだった。
まったくわからなかった。
思わずできないと言おうとしたが、頭に声が響く。
〈できるよ。もっとボクを頼って聞いてくれたまえよ、寂しいじゃないか?〉
頼もしい限りだった。
忘れそうになるが、これでも叡智の悪魔だった。
必要なものは肥料。
枯れ木や落ち葉などがあればあるほど、魂が宿っていればなお良い、らしい。
ちょうど暇をしていたらしいイニシオンの仲間も村長の元へ仕事がないか聞きに来た、驚いてはいたがイニシオンから何か言われていたのだろう、快く手伝ってくれることになった。
毎年この時期に魔女エレノアに依頼していたらしく、肥料は一つの小屋に集積され十分にあった。
それを運んでもらい畑に撒いてもらう。
ここからはノゾミの仕事だ。
肥料の元と土に生命力を与えた上で、両者をよく混ぜれば良いとダンダリオンは言う。
ずいぶん簡単なお仕事だ、それもそのはず肥料の散布くらいは誰でもできる、土と混ぜることもできるし、生命力を与えることも大抵はできる。
それを畑のような広範囲にすることが魔女でなければ難しいというわけだ。
蜜柑の杖を手に、思った言葉をそのまま魔法として詠う。
「実りがためにこの地に眠れ。」
紫色の闇の光の粒が畑一面に降り注ぐ。
一部の枝や葉っぱは色が若返る、土が盛り上がり畑一面が何度も何度も隆起してそれらを呑み込んでいく。
見た目には綺麗な黒色になった。
「後は灰を撒いてくれればいいと思う、細かい調整はこの畑に眠る木々と土がしてくれると思う。」
ノゾミがダンダリオンの説明をそのまま口にしながら振り向くと、畑の持ち主も作業を手伝ってくれた男たちも、念の為見にきていた村長夫婦も目を見開いて固まっていた。
「えーっと?」
〈姫の魔法がおかしいんだよ。この際だから多くの人におかしいと言われるといい。自分の力が明らかに一般的ではないと認識すべきだ。街でこんなことをすれば噂どころか姫を利用しようとするものまで現れかねないからね!!〉
ダンダリオンは本当に計算高いと感心する。
常に一石二鳥三鳥を狙っているようにおもえる、効率的だしわかりやすいし。
でも自分の無知さや考えの浅さを見透かされてるようで、ほんのちょっとだけ悔しかったりもするので黙っている。
「わかっちゃいたが、相変わらずとんでもない腕だな魔女殿。普通は先に穴を掘ってからやるもんだぜ。」
「エレノア様でも一刻はかかっていた作業を……。」
少し怖がられている気配もする、しかし、気にせず次は?
と聞いてみる。
「あの魔女様、休憩なされては?」
「? 別に全然疲れてないよ?」
あれ以来、蜜柑の杖はとても良くしてくれている。
魔力の消費も少ない、特にこうして他人のために魔法を使う時は。
攻撃魔法は使っていないのでなんとも言えない、でもこの在り方を杖は認めてくれているらしい。
一度は自身に牙を剥いただけに、今は蜜柑の杖で魔法を使うのが楽しいまである。
ダンダリオンが聞く必要があると言ったわけだ。
「魔女様ありがとな。すごく元気になったみたいだ。」
別れ際に畑の主からお野菜を貰ってしまった。
そして次の田畑へ向かう。
途中で村長達は自分の仕事へ戻っていった。
男達が手伝ってくれたのもあって、頼まれた土壌の改善は午前中だけで終わってしまった。
そして鞄はお野菜でいっぱいになっている、重そうにしているのに気づかれたらしく途中からラハンという男の人が持ってくれた。
こんなことで魔女殿が疲れる必要はない、と。
一部はお昼ごはんに使ったがそれでもまだまだある。
ダンダリオンが保存食の作り方を訓えてくれるというので期待しておこう。
脚の調子は違和感はあるものの、もう問題ないように思える。
村を一周してエレノアの墓まで来ていた。
何かしていなければ、考え事をしてしまう。
ふいに蜜柑の杖が何か言ってるように思え、杖に額を当ててみる。
〈前から気になっていたけど、もしかして姫は魂の声が聞こえるのかい?〉
「うーん。声というか、なにか言われた気がする、というか。」
〈そういうものもいるよ。異世界人の中にも何かが聞こえるというものはいる。動物と意思の疎通ができるものも多い。しかし植物や石、無機物などの魂の声が聴こえるものはそう多くはない。ボクらは顕現すれば聞こえるけどもね。一節には聴こえるのではなく、聴こえて欲しいという魂の望みが起こす事象とも言われているよ。〉
「このエレノアの眠る場所に植えて欲しい、みたい。」
〈ならば村長に許可を取るべきだろう。行こう。〉
「うん。」
許可はあっさりと出た。
村長夫婦は次は何をやらかしてくれるのか、という期待もあるのだろう、再び同行するらしい。
エレノアの眠る場所へ戻る間に、子供達や手すきのものもノゾミを見つけてついてきた。
村中の畑や付近の草原でも魔法を使ったため、ノゾミはすでにちょっとした有名人だ。
イニシオンも作業を終えたらしくやってきた。
従者たちから言われたのだ、あの魔女をなんとかして国に迎え入れられないかと進言された。
もう誘ったが、まだ返事は貰えていないと言うと、なんとしてでもーと言われた。
昨日まであんなにノゾミを警戒していたのに? 手のひら返しが早いなと苦笑するしかなかった。
ノゾミはエレノアの眠る場所に立ち、その場に蜜柑の杖を突き立てる。
杖はこう言ってる気がした。
この場で魔女エレノアと共にこの地を見守りたい、と。
ノゾミとしてはこれからもよろしくして欲しいと思っていただけに、別れたいと言われるのは少し寂しかった。
でもそれが蜜柑の杖の望みなら仕方ない、無理強いはよくないと思い直し村長に許可を取ったのだ。
地に立てた杖を握り、その杖では最後の魔法を詠う。
「望みがために花開き実を結べ 蜜柑の杖 ネーブル。」
畑の時とは桁の違う生命力の奔流が杖に流れ込む。
熟していた実はただちに地に落ちる。
そしてその実から幹が、杖も幹となり、絡まって絡まって天を目指し伸びていく。
そして次々と実を結び、蜜柑の大樹がそこに生まれた。
「これがネーブルの望み。それと多分、導きの魔女エレノアの望み。」
実が落ちてくる。
子供達が一斉に飛びかかる。
これでは喧嘩になってしまう、かなりの疲労感はあったがまだいける。
どうする?
ネーブルに限界まで生命力だけを与え、選択を委ねた。
蜜柑の大樹 ネーブルはさらに実を結び、いくつかを切り離していく。
ノゾミは立っていられずネーブルの根本に座り、その光景を目を細めて見ていた。
一人の年長の女の子、オレンジ色の短い髪の元気な女の子が持っていたザルで蜜柑をどんどん受け止め、それをみんなに行き渡るように楽しそうに分配していた。
蜜柑を手にワッと散っていく子供達。
気付けばオレンジ色の髪の、その女の子の分はザルに一つしか残っていなかった。
あっちゃーとでも言いそうな、苦笑いをしている。
そこへ出遅れた子供が一人やってきた。
その女の子は目を逸らしてしまう。
しかし、意を決したのか最後に残った蜜柑を出遅れた子供に渡してしまった。
出遅れた子供は感謝を述べ笑顔で去っていく。
残された女の子は少しカオを曇らせていた、が、気を取り直して歩き始めた。
トンッ
ノゾミは気怠い身体で走って、その子の肩を叩き引き止める。
「今日は我慢しなくていいよ。」
女の子の手を引き、再びネーブルの元へ。
(この優しい子のために、もう少し頑張ってくれる?)
まだ生命力を絞り出す。
ネーブルもそれに応えるように実を3つ、女の子のザルに落とした。
「わぁ! ありがとう!!」
笑顔が戻ってくれた、良かった。
走って離れたあと、振り返り笑顔で手を振ってくれた。
つられて笑顔で手を振り返した。
といってもさすがに限界だった。
根本に背を預け本格的に休むことにする。
ぽすっとノゾミのお腹の上に実が落ちてくる。
これは偶然だろうか、労いだろうか、感謝だろうか。
「ありがと。」
さっそく頂く。
甘い。
でも疲れすぎた。
これはもう寝るしかない。
おやすみ。
その大樹は正色にネーブルと名をつけられ、村を見守り小さな森を作っていった。
その甘さは村を潤しエレノアという町が出来たのは、もう少し先の話だ。




