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第六話 生じる迷い(1) - 知らない魔女 -

13番目の魔女を探す道中、立ち寄った魔女の庵で知った人の底なき悪意。

その悪意に曝されたであろう、導きの魔女エレノアは契約する悪魔に喰われていた。

顕現した悪魔ナフラとの戦い。

圧倒的な力の差、純粋たる暴力、に一度は地に堕ちるノゾミ。

そこへ現れた青年イニシオン達の助力もあり悪魔を退けることに成功。

魔女エレノアの骸と共に、一行は名も無き村へ帰還する。

そして夜が明けた。




「ふおおおおおおおお……。」


3度寝から目覚めたノゾミ。

昨晩は村に着いたあと、石造りの民家を貸し与えられた。

のは覚えている。


その後全てを放棄して、そこにあったベッドに飛び込み、即座に眠りに落ちた、はず。

目が覚めるたびにベッドの温もりに誘われ、全てを委ね惰眠を貪り、今ようやく眠れる気配がなくなったところだ。


野宿に慣れたつもりではあった、しかしやはりベッドは違う、素晴らしい。

屋根もある、素晴らしい。


起き上がろうとして右脚の鈍い痛みに気づく。

歩けないほどではない、しかし確かに痛みがある。


灯りの魔法を使う、少し脚が赤く腫れている気はする。

昨日は完全に治ったと思っていたけども、気のせいだったのだろうか。

なんにせよ服を着れば目立たないし、無視することにした。


慣れぬ家の中で服と窓と扉を探し当て、外に出る用意をする。

枯れ木の杖と蜜柑の杖と、蜜柑の匂いがする鞄もあった。

鞄を開ける気にはならない、間違いなく潰れた蜜柑でべちゃべちゃだ。

二本の杖も両方持ち歩くと両手が塞がる。

しかしどちらかを選んで置いていくのは抵抗があった。

短い付き合いとはいえ二本とも、無ければ命を落としていた、どちらの杖にも感謝しきれない。


結局、杖を両手に持って外に出ることにした、なるほど、こういう時ステッキやタクトは便利なんだろうなと思う。

なにはともあれまずは水が飲みたい、さすがに喉がからからになっている、それと何か食べたい、昨日の昼は結局食べていない気がする。




良い天気だった。

名も無き村には貸し与えられた家と同じような石造りの平屋が散発的にあり、田畑があり、遠くに簡素な柵があり領域を主張している。

平原のど真ん中、見渡す限り半分は平原が続き、半分は遠くに森が広がっていた。

太陽はもうすぐ頂点に差し掛かる程度、一体どのくらい寝ていたのやら。


綺麗な水の入った桶が家の外に置かれていた。

誰かが気を利かせてくれたのかも知れない、ありがたく頂く。

桶の半分くらいは飲み続けてしまった、おかげで調子が整う。

すぐに蜜柑の杖で魔法を使い始める、桶の水を空気中から補充し、さらに鞄の中身を全て洗い流し家の裏手に埋める。

さくっと生乾きにした空の鞄を身に着け、準備完了。

さてどうしようか。


<おはよー姫。もう動けるんだね、やっぱり姫はどこかおかしいよ、チートだよ。どうしてあれだけ魔力を使って生きているのかも不思議だし、脚の骨折はどうなったんだい、普通1週間以上は立つのも苦痛なんだよ?>


ダンダリオンの言葉が頭に響く。

やっぱりこの右脚は骨折していたらしい、本当にどうなっているんだろう。

とは言われてもダンダリオンにとっては不思議なのだろうけど、ノゾミは骨折の経験がないのだからその『普通』がわからない、魔法の消耗に関してもだ。


<おはよ。……昨日はありがとね。お腹空いた、どうすればいい?>


少し気恥しい念話を返す、何故? この悪魔に感謝の言葉を伝えたことがあっただろうか、無い気がする、多分それだ。


<ふふ。どういたしまして。とは言ってもやはり体を動かすのは姫だ。あのような災いと相対した際、ボクが指示をしてから姫が動くという形式は通用しない。そして視ることができなければボクの知恵も経験も役には立たない。視たくもない嫌なこともあるだろう、恐ろしいこともあるだろう、しかし目を背けずにいて欲しい。姫は独りではない、同じ世界をボクも一緒に視ているからね。>

<わかった。>


<さてお尋ねの件だが、人から何かをもらうなら物々交換が基本だ。金属が一定の価値を持つ硬貨があれば町で使えるが、こういう村や集落であればそうもいかないこともある、基本的には労働が対価と考えた方がよい。しかし姫ならばこの名も無き村へはすでに労働を支払っている、寝床もあたえられただろう? 他にも見返りを期待してみよう、まずは昨日の5人の男達を探してみたまえ。>


「おーい。おはようノゾミ。ようやく起きたか。」


ダンダリオンと話している間に次なる目標がやってきてくれた。

イニシオンだ、二本の剣を腰に下げ、昨日と同じくらいの軽装姿、何か美味しそうなものを手にこちらへ向かってくる。


「おはよう。久しぶりにすごくよく寝れたわ、ありがと。」


「いやー。起きてくれて助かった。ちょっと来てくれ。あ、あとこれ。」


枯れ木の杖を預け代わりに差し出されるトマトを受け取る、食べてよいということだろう。

真っ赤な果実に額を当て頂きます、と。

齧る前に歩き出すイニシオンに並び尋ねる。


「どこへ?」


「導きの魔女エレノア殿を地に還す、キミからも手向けの花を贈って欲しいと思って。」


葬儀だ。

一般的には穴を掘りそこへ遺体を安置して埋める。

地域によっては火に還してから骨を埋めたり、骨を細かく砕いて湖や空に還したりする。

動物などの肉に還すこともあるが、珍しい方だ。

魂を解放するために誰かに肉を与える、というのが根本的な考え。

そうしなければ魂は動かぬ肉に囚われ、病や呪い穢れといった災いとなると言われている。


それは村の中、少し離れた侘しい場所だった。

そこへ仕事の合間に駆けつけたのだろう、50人程もの人が集まっている。

一様にみな暗い顔、小さな子供の中には泣いている子もいる。


一組の男女がみなに一輪の花を渡してまわっている。

地に開く穴の中に導きの魔女 エレノアが眠っていた。

心臓を貫いた剣の傷を隠すように、衣類はそのままで首のあたりまで布をかけられ、その布の上に花が添えられている。


二人も花を受け取り、それに倣う。


「エレノア殿はこの村にとって大切な存在だったんだろうな。これから大変だろうが、きっとエレノア殿が見守ってくれるだろう。」


遺体の前に膝をつき、イニシオンが言う。


分かる気がした、面識のない他人の葬儀。

しかしここに集まった人の数、恐らく集落の全ての人が訪れているのだろう。

そしてその顔、この花の数を見れば、どれだけ慕われていた、どれだけ求められていたか、推し量れる気がする。

これがきっと彼女の価値の一部なのだろう。

少なく見積もっても、これだけの人がその死を悲しんでくれている、別れを惜しんでくれている。

彼女の死を知れば、あの庵にあった手紙の主達もこの地を訪れるかも知れない。


ノゾミは思い出したくもないことを思い出していた。


「そうだね。…………イニシオン、エレノアの庵へは?」

「ああ、今朝方、仲間達に見にいってもらった。」


「……手紙の束があった。半分は見ないほうがいい、ここにいる人達にも見せないほうがいい、と思う。」

「善い杖を創る人だった、他に魔除けの木彫りとか、色々と作っている魔女だったよ、俺の家にもいくつかある。……心なき人もいるからな。」


ノゾミが言いたいことをイニシオンは知っていた、というより想像がついていたのかも知れない。

本当に知らない事ばっかりだ。


恐らく村の代表だったのだろう、花を配っていた一組の男女が手元に残る花を一本一本丁寧にその遺体に添えていく。

つられるように何名かがそれを手伝う、そして土で覆われていく、土に還っていく。

ずっとそれを見ているノゾミ、それを見て動きそうにないと感じたイニシオンは外套を地に敷きそこに座るよう促す。


一人、また一人とその場を去り、日常へと戻っていく。


全ての人が立ち去るまでさほど時間はかからなかった、二人はそれをずっと見送っていた。




「そういえばノゾミは、なんであの森にいたんだ?」


ようやくイニシオンが口を開いた。

別のことを考えていたノゾミは少し返答に困る。


「人を探してる。……イザベラと言う魔女を。殺すために。」


しかしはっきりとそれを口にした、どのような反応をされるのだろう、少し怯えながら。


「穏やかじゃないな。……それはどうして?」


ノゾミは今度こそ返事に困り黙り込む。


13番目の魔女の呪いで何もかもなくなってしまった、だからあの魔女も同じ目に遭わせてやりたかった。

まずはその家を壊してみた。

13番目の魔女は怒っていた。


『あの家にあった薬でどれだけの人間が救われるかわかってるの?』


自分の為にではなく、他人の為に。


魔女は全て排除しなければいけないと思ってた。

国に仕えていた13人の魔女を思い出し、そう思っていた。

森で会った名もなき魔女などまさにそうだった、人を騙し陥れようとする人間。

人を不幸にしようとする魔女を多く見てきた。


しかし次に会った魔女エレノアは……。


「魔女は悪いものだと思ってたから……今少しわからなくなってきてる。」


葬儀が始まってからずっと考えていた。

13番目を殺せば、どれだけの人が悲しむんだろう。


私が死んでも……私のことを知ってる人がそもそもいない。

私はまだ何もこの世界に残していない、何も生みだしていない。

価値のない私が、13番目を殺して良いのか。

そもそものはじまりですら、自分のせいなのだと知ったのだから。


私がこの感情を我慢すれば良いのでは……?

そもそも、私が全て悪いのでは?

もしかして魔女はみな私にだけ辛く当たるのでは……?

もしそうだったら、どんなに簡単なことだっただろう。

そんなわけはなかった、カナデがいた、そう思い込みたかっただけ、そう言い訳をしたかっただけ。

その方が楽だから、悩むことも考えることもしなくて良くなるから。


「良かったら俺の国に来ないか? 魔女なら生活にも仕事にも困らないし。俺だって多少の融通は効くしさ。わからなくなってるものがわかるまででもいい、どうだろ?」


唐突な申し入れに面食らう。

居場所を与えてくれる、それはとても魅力的な話。


「ありがと、少し考えてみる。……でも多分それじゃダメだと思う。」


少しだけイニシオンの顔が曇る。

しかしすぐに気を取り直して、村を案内すると言ってくれた。



寄せられる厚意はありがたく受け取るべきだと思う。

でも与え続けられて、それで満たされてはいけない。

満たされたままでは、求めなくなる、入らなくなる、進めなくなる、止まってしまう。


今はまだその時ではない、そう思う。

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