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第五話 顕現する悪魔(2) - 悪魔の魔法 -

王子様とお姫様が悪魔の雄叫びが響き渡る森で出会いました。




こんなところに人?

ノゾミは混乱していた。


あんな得体の知れない化け物と、悪魔の顕現体と戦う人。

私を助けてくれる人がいた。


茂みから立ち上がろうとする、しかし右脚の痛みが酷い。

もしかすると折れているのかも知れない、体験したことがない痛みと熱さ。


「…………。」


青年は驚きの表情でまだノゾミを見ていた。


悪魔と戦う4人の男達は、劣勢。

彼らはこの青年を追ってきたのだろう、最初は勢いよく飛び込んだものの相手は異形の化け物、悪魔ナフラ。

牽制攻撃に止めお互いに様子見をしている。


今しかなかった、立ち上がれなくても魔法は使える。

落下したにも関わらず、枯れ木の杖は奇跡的に手中にあった離さなかった。

杖を掲げ。離れて、と大声を上げる。


男達が引いたタイミングに合わせ杖を振り下ろす。


「全ての魔女に下る審判。魔女の鉄鎚!」


周囲の影から闇の奔流がナフラの頭上へ集まり、一斉に振り下ろされる。

ナフラの全身を闇の奔流が覆う、圧がその体を地へ縫い付け、そこにある魔力を喰い荒らす。

ナフラの輪郭を造る闇が抉られ、喰いちぎられ、霧散していく。


しかし悪魔ナフラは頭上から降り続ける闇の圧に耐え、立ち上がりはじめている。


ここまでは、想定内。

さらに言葉を紡ぐ、空いてる左手の指を立てる。


「貫け。枝に隠れし螺旋の黒針!」


魔法の二重奏。

ナフラの足元より生じるは、魔を喰らう闇の刃を帯びた鋭い木の根、捻じれて捻じれて螺旋を描き、ナフラの腹を貫かんとする。


上下から圧をかけ、ナフラを噛み砕こうとする獣の顎

ノゾミの視界が暗くなる、魔力の放出量が倍になり意識が飛びそうになる。

自身の頭と瞼を押さえ必死に目を開こうとする。


ナフラの出血はない、しかしその腹部が大きく抉れナフラの闇が飛び散り消えていく。


ピシッ


枯れ木の枝が音を立て、ひびが入り、表面の木が剥がれ落ちていく。

咄嗟にノゾミは魔法を止める。

これ以上は杖の魂が持たない。

膨大な魔力を受け止めきれずに自壊しそうになったのだ。


轟音と共に悪魔ナフラの身体を地に沈む。


「ごめんね。無理させたね。」


枯れ木の枝に額をつける。

それがノゾミなりの最敬礼であり、謝辞であり、感謝の印だった。


魔力を使いすぎた、それは即ち生命力の消費。

今すぐ眠りたい疲労があったが、さらに少しだけ生命力を枯れ木の枝に与え自壊を防ぐ。

なんとか杖の崩壊は止まった、しかしきちんと回復させなければ次はもうないと感じる。




ナフラは、起き上がった。




5人の男が慌てて武器を構える。

ナフラの腹はすでに元通りになっている。

しかしサイズが二回りほど縮んだ。3mはあった巨体が2mほどに。

代わりに手がより大きく、腕が太くなった。


そして静かに、静かすぎて不気味なほどに、ゆっくりとノゾミの方向へ歩き始める。


<姫! お腹の上にある丸い葉を食べて。少し辛いけど鎮痛作用がある。それから───>

「魔女殿。失礼する!」


頭の中と外から同時に声をかけられる。

突然身体を持ち上げられ抱きかかえられる、右脚を動かされた激痛にノゾミは歯を食いしばる。


「潮時だ。ラハン、シルヴァ、援護を。」

「あれほどの魔法を受けてピンピンしてる化け物だぞ。2人で掛かっても意味ねぇ、シルヴァ、殿下を頼んだぞ。」


ノゾミを抱えた青年は一目散に逃げ出す。

ラハンと呼ばれた貫禄ある若者は弓を放ち、青年とは別の方向へ移動を始める、多分囮だ。


他の3人は殿下と呼ばれた青年の背を守るるように一緒に後退する。


そしてノゾミは青年の腕の中で揺られるたびに右脚の激痛に耐えながら、全力で目を逸らし、葉っぱを食べていた。


<…………死にたい。>


<今の姫は本当に危険な状態だからね!? 本当に死んでしまうところだったからね!? なんにせよ一命を取り留めた。悪魔ナフラは必ずこちらへ来る。葉は5枚までにしておきたまえ、それ以上は毒素の方が強くなる。>


ダンダリオンが激怒している、疲労に激痛に怒りに恥辱、ノゾミは泣きたくなった。


ちらりと青年と目が合う、目を逸らされた。


「……薬草だから。見ないで。」

「あ、うん。」


後ろで轟音が鳴り土砂が飛んでくる。


悪魔ナフラの遠距離攻撃。

力いっぱいその大きな手腕を振り抜き地を抉る、投擲攻撃。


後ろの2人が立ち止まり丸い革の盾で防ぐ、しかし盾の面積が足りず剥き出しの部分を石に襲われ小傷を負う。

もう1人は後頭部だけを鞄で守り、肉の盾となって青年を守っている。


近づいてきては遠距離攻撃を繰り返ししてくる。

殺傷力のある目つぶしばかり、反撃もできず徐々に傷が増える、ナフラが獲物を侮らず、本気で狩りを始めたということだ。


もう1人、ラハンと呼ばれた男の弓の弦の音が何度も聞こえる、しかしナフラは標的を一人に定めまっすぐに追っていた。


「魔女殿。やはりどこか痛むのか。魔法はまだ使えるだろうか? 正直、これは厳しい。」


青年もその体に何度か石がぶつかっている、幸いダメージと呼べるものはないらしい、しかしその後ろの3人は確実にダメージが蓄積されていってる。


「ごめんなさい、右脚が。魔法も……杖も私もこれ以上は無理かも。」


現状を再確認していると、一際大きな土の壁が見えた。

3人の肉壁をものともせず青年にも届き、その体を吹き飛ばす。

ノゾミも放り出された、反射的に何かを掴もうとがむしゃらに手を伸ばす、何か硬いものを掴んだが、ぼきりと折れて地を転がる。


薬草のおかげか、右脚の痛みはかなり引いていた。

4人ともあちこちを押さえ、しかし起き上がっていた。

青年がノゾミの方へ駆け寄る。

ラハンが剣を持ちナフラの横合いから突撃をかける、囮は意味がないと悟ったのか合流するようだ。


<そんなに早く効かないし、そこまで効果があるわけないんだけどね! ほんとに姫は不思議だね。 >

ダンダリオンの軽口は無視した。


ラハンの剣が深々とナフラの横っ腹を切り裂く。

そして合流。


ナフラがゆらりと立ち上がる。


周囲の空気が変わった。


異変にみなが気づき、一か所に集い武器を構え警戒する。

逃げるべきか、戦うべきか、みな判断できずにいる。




─── その揺り籠は 檻にして棺 ───




低い、とても低い女性の声が聞こえた気がした。


森がざわめき枝葉を伸ばし、ノゾミ達を遠巻きに取り囲む

木漏れ日すら遮られ道がなくなり、暗い闇に包まれる。

そして森が動き出す。


木が蔓が根が、槍となり棘となり槌となり、一斉に襲い掛かってくる。


5人の男は円陣を組み必死に災いを斬り返す。

それでもなお手が足りない、終わりが見えない、絶望しかない。


それが悪魔の魔法。真の力。


ノゾミは手にした二本の杖に視線を落とす。

すでに限界を迎えている枯れ木の杖。

そして実を結ぶ蜜柑の 生木を手折られた 杖。


辺りを見回しても、斬られた木 しかない。


もう生木の杖を使うしかなかった。

立ち上がり悪魔の魔眼を使い、蠢く緑の先に佇む悪魔ナフラを見つけ。

自身の影から闇の黒針を伸ばし穿つ。

あっさりとナフラの身体に闇が突き刺さる、しかしナフラの魔法は揺るぎもしない。

そして黒針は返す針でノゾミの左手を刺す。


魔法の暴走、手折られた木の復讐。


その光景を目にした5人の男達。


森が檻なす子守歌は高まる。


<ダンダリオン。何か……>


尋ねる前に、返事の前に、男達が動く。

道を切り開くために3人が一方の森が成す檻を攻撃し始め、他の2人がその背を守る。


「魔女殿、君だけでも逃げてくれ。」

「女性を一人で行かせる気ですかい、殿下も行けよ!」


傷が増えるのも辞さない、後のことを考えない3人の猛攻。

絶え間ない攻撃の応酬。


踊るような青年の二本の剣が、先の見えない森の檻を斬り開いていく。


道が開いた。




その開いた道から悪魔ナフラが首を出す。

回り込まれていた。


近づいてくる。

その大きな腕を振り上げ、振り下ろす。

4本の剣がそれを辛うじて受け止める。

なのにその腕を斬ることが叶わない。


次の一撃を青年は跳んで避ける。

その間に2人の男が刃を当てる。

そして3人とも、森の槍が身体に浅く刺さる。


反撃をしようとする青年を森の鞭が遮る。

またナフラが両手を振り上げ、振り下ろす。

2人の男はまた下がり、背を守ってくれていた男とぶつかる。


ナフラが青年に対しまっすぐに爪を立てて腕を振り抜く。

その腕の脇をすり抜けざまに一太刀、青年はさらに前へ、ナフラを下から上へ斬り上げる。

さらに振り下ろされる左手、青年はこれもぎりぎりを避け、横一文字の剣で反撃、もう片方の剣をナフラの頭に突き立てる。


ナフラの纏う闇が宙に舞う、無造作に引き抜かれる剣、しかし傷跡らしきものは残せず。


男の一人が槍に持ち替え、さらにナフラの頭部に突き立てる。

しかしその槍は引く前に穂先を喰い破られた。

その隙に青年が右腕を十字に斬り、もう1人が左腕を斬る。


ナフラの強烈な横凪ぎの爪。

大きすぎる動作故に2人の男はそれを読み2人掛かりで盾を構え防ごうとする、が止めきれず吹き飛ばされる。


ナフラがついにノゾミの元へ踏み込みその腕を振り下ろす。

割り込む青年、二本の剣を交差させその腕を刃で受け止める。

ナフラは刃が食い込んでも、その腕を引く気がない。

青年もまた圧が強すぎて押し返すことも、裂くこともできない。

しかし引く気もない。


ノゾミは意を決して、蜜柑の生木の杖に額を押し付ける。


「後で気が済むまで暴れていいから。今だけ。」


ナフラはそのまま左腕を持ち上げる。


「この人達を守るために。力を貸して。お願い!」


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